第58話 消えたふたり
——この王子様、何か知ってるのか?
ドングラン王子は周囲を見回し、梢社長が手にしていた“とんがり帽子”に目を留める。
「その帽子は? ツバサさんのものかな?」
「そう! 彼女のなんだけど、ここに帽子だけが落ちてたの!」
「フム……」
ドングラン王子は腕を組み、顎に手をやり、親指と人差し指で軽く挟むようにして考え込んだ。
そんな中、サブリナがおずおずと口を開く。
「あのさー、この先の二つの部屋を見て見ない? そこにいるかもだし」
「そうねそうね! 一応、確認しなきゃね」
梢社長が奥に向かって歩き出す。
ドングラン王子が顔を上げる。
「根界の扉にはいなかったから、いるとしたらボス部屋だね」
「根界の扉って何です?」
僕が訊ねると、ドングラン王子はちらりと僕に視線を向ける。
「異界とここを繋ぐ扉です。そこを通って来たんです」
彼は、さらりと説明して梢社長の後を追った。
根界の扉というのが気にはなったが、とりあえずは二人のことが心配だ。僕もその後を追う。
ボス部屋の前に到着すると、梢社長は躊躇うことなく扉を押し開ける。
ドングラン王子は「私が先に行こう」と言いながら腰に下げた剣を抜き、部屋へ踏み込んだ。
サブリナは僕の服をがっつり掴み、背中に隠れるようについてくる。
「モリッチ!いざとなったら私を庇って死んでくれよ!」
「だったら部屋の外にいなよ!」
「外も、一人は怖い」
——だよねー。
僕も剣を抜いて構える。
ボス部屋の中は、以前来た時とまったく同じだ。
少し広い空間が広がっている。
……ただ、いわゆる“ ボス ”はいなかった。
「何も‥‥‥いないですね」
僕が呟くと、ドングラン王子が頷く。
「たしか、ここってゴブリンロードが出るんだよね?」
王子が梢社長に尋ねる。
「普通はそう‥‥‥」
「倒しちゃったからですかね?」
僕が聞くと、梢社長は辺りを見回しながら首を振る。
「それはないよー。倒してもリポップするもん」
「そうだね……これはちょっと問題だ」
ドングラン王子は何か納得するように頷くと、ふと顔を上げた。
「いったん、ダンジョンを出よう。みんなにも話したいことがある」
そう言って、王子は剣を鞘に収めた。
▽▽▽
ダンジョンを出た僕らは、事務所でテーブルを囲み、王子の話を聞くことになった。
とりあえず、お茶を配るが、オフィーやツバサさんのことを考えると、のんびり飲んでいる気分にはなれない。
ドングラン王子はお茶を一口飲んだ後、ゆっくりと話し始めた。
「ちなみに、セーシアは“大樹移転計画”の話は知ってるよね? どこまで聞いてるかな?」
——大樹移転計画?
「ううん、あんまり知らないよ。お姉ちゃんに聞いたくらい」
——お姉ちゃん?
さっきから知らない情報がポンポン出てくるな……。
そんな僕の様子に気付いたのか、ドングラン王子がこちらを見て言う。
「森川さんやサブリナさんは……知らないですよね?」
僕らは揃って頷く。
「それが関係してるの?」
梢社長が尋ねる。
「たぶんね。それで心配になって慌ててこっっちに来たんだよ」
「ドングラン王子様ご自身が‥‥‥」
僕が呟くと、王子がじっと僕を見る。
「森川さん、“ドングラン王子”って呼ぶのはやめてください。ここでは同僚ですし、年上の方に敬称付きで呼ばれるのは、ちょっと面映ゆいので」
「え、年長者って……? 王子様はおいくつなんですか?」
「私は22歳です」
——ツバサさんより年下!?
「げ! 年下だー。じゃあドンチーな!」
サブリナは王子の肩を叩き、ウヒヒと笑う。
——サブリナって、なんかスゲー。
「ははは、お好きにどうぞ」
鷹揚に笑うドングラン王子。……改めドン殿下。
「もしかして、オフィーも社長も‥‥‥」
「オフィーは私と同い年ですね。セーシアは……まあエルフですからね」
ドン殿下は、社長をチラリとみて、震える手でカップを口に運ぶ。
——社長!いま殿下を睨んだよね? 彼、怯えてるよ!
「それよりドンちゃん! 知ってる事を、はよ!」
梢社長がズイッと身を乗り出す。
「そうだった。実は、ここにある大樹を我々の世界に転移しようとする計画があってね。早ければ年内にも、それを実行しようとする強行派がいるんです」
「そんなことできるんですか!」
僕は思わず声を上げた。
「正直、分かりません。推進派の者たちは“極大転移魔法”を使えば可能だと言っていますが、私はその方法に懐疑的です」
彼は一旦肩をすくめ、続けた。
「それに、今日、強硬派の連中が“実験”をしているという情報が入って‥‥‥」
「まさか! その実験に二人が巻き込まれた?」
梢社長が息をのむ。それに、ドン殿下が頷いた。
「そのまさか、の可能性が高いね」
彼は一度、僕らの顔を見回してから続ける。
「極大転移魔法といっても、基本は召喚魔法だからね。さっきのダンジョンに魔素を持つゴブリンがいなかったことを考えると、その可能性が高い。そして、たまたまダンジョン内にいたオフィーとツバサさんが転移してしまった……」
「じゃあ、二人はそちらの世界にいるってことですか? それなら戻ってこればいいだけじゃ……、オフィーもいるんだし」
「戻ってこられる状況なら、だけどね」
ドン殿下がゆっくり首を振る。
「強硬派の連中は、いわば僕らと対立する立場にあるからね。すんなり解放してくれればいいけど……」
「そんな……」
梢社長が俯き、頭を抱える。
「じゃあ、こっちから迎えに行けばいい。殿下なら、王子の権限で何とかなるんじゃないですか?」
ドン殿下が悪いわけじゃないと分かっているのに、思わず食って掛かってしまう。
「それが、そう簡単な話じゃないんだ。実験自体が秘密裏に行われているので、正直どんな状況で、どのように転移させられたのかも分からない」
それに‥‥‥、と彼は一瞬、躊躇うように口を噤み続けた。
「強硬派を推しているのが、僕の兄、カルビアン第二皇太子なんだ」
僕は言葉を失う。
一気に、梢社長もサブリナも固まる。
重い空気を払うように、ドン殿下が大きく息を吐いた。
「とはいえ、心当たりがないわけじゃあない‥‥‥」
「お願いです! 彼女たちを探し出してください!」
気づけば、僕はテーブルを叩き、ドン殿下に向かって叫んでいた。
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