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梢ラボラトリー(株) 世界樹の守護者って正気ですか!?  作者: 鷹雄アキル
第二章

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第55話 調停者の宿命


 午後になり、ツバサさんは「お兄ちゃんが来ると思うので帰ります」と言い、そそくさと会社を出た。


 岩田さんを「兄さん」、次男を「お兄ちゃん」と呼ぶあたり、兄弟間の微妙な距離感が垣間見えた。


 しばらくして現れたのは、岩田さんともツバサさんとも似ていない、細面で長身の男性だった。

 スリーピースのピンストライプスーツを颯爽と着こなし、なかなかの美男子である。


 彼は事務所に入るなり、勢いよく——

「どーもー! こんちわー!」と大きな声で挨拶をし、さらに、パソコンにかじりつくサブリナを見つけると——

「あ! サブリナさんミッケ!」と、満面の笑みで手を振った。


 一方、当のサブリナは珍しく、「よ」 と片手を上げるだけの素っ気ない対応だった。


 ——やばい、この人、完全に陽キャじゃん。


 たじろぐ僕に向かって、梢社長が手を出しながら紹介する。


「新しく仲間になった森川くんです。よろしくねー」


 僕は慌てて名刺を差し出し、お辞儀をする。


「森川裕一です。よろしくお願いします」


「こりゃご丁寧にありがとうございます! 税理士の岩田浩司です。社長からはコーちゃんって呼ばれてまーす、よろしく!」


 ぺこりと頭を下げる岩田浩司、通称コーちゃん。


 彼は僕の名刺を手に取り、じっくりと眺める。


「へぇー、これが噂の名刺ですねー。面白そうだからもらっときまーす」

 軽い調子でポケットにしまった。


 始めて名刺を受け取ってもらえた。しかし‥‥‥


 ——めっちゃ軽いんですけど、この税理士さん大丈夫?


「あ! 今、俺のこと軽薄な男とか思っちゃったりした? いいのいいの! 仕事も楽しくやんなきゃだよねー、でしょ?」


 僕は曖昧に笑いながら、「ですねー」と相槌を打つ。


 なんだろう。彼の声は「大きい」というより「よく通る」感じだ。

 しかもテンションが高く、いちいち視線で同意を求めてくるのが、ちょっとだけウザい。


「こっちで話そー」


 社長がソファーのある方へ案内する。


 その後、浩司さんによる「御社の決算月は3月でー……」と、この会社の経理レクチャーが始まった。


 本来、税理士が説明する話ではないのだが、社長が異世界エルフの梢さんなので仕方がない。


 総務も経理もいない現状、手続きや事務処理はすべて岩田兄弟に丸投げされているのだろう。


 ——記帳とか、どうしてるんだろ?


「納品書と受領書、それから請求書、領収書の類はぜーんぶ取っておいてくださいねー。まとめて僕が取りに来まーす」


 浩司さんが指を折りながら説明する。


「それとー、納品書と請求書の発行、入金確認は……」


 梢社長が伺うように僕を見つめてくる。

「森川くん、やってー」


「もちろん、それくらいなら大丈夫です」


 僕が答えると、「やったー!」と喜ぶ梢社長。

 

「けっこー今まで面倒だったんだよー」


 ——まあ、そりゃそうでしょうね。


「モリッチでもできる管理システム作っといたから、あとで教えんぞー」

 パーテーション越しに、サブリナが声を掛けてくる。


 サブリナ、普段のキャラから想像できない優秀さ!

 企業会計まで理解してるとは……忘れがちだけど、彼女は天才ハッカーだったんだと改めて思い出す。


 しかし、そんな彼女にまで会社の中身が筒抜けで大丈夫なのか?


 ……ウン。この会社なら大丈夫! 問題なし!


「じゃ、あとは昨年度までの決算書を見ておいてください。その後に詳細を説明したほうがいいんで」


 浩司さんは手元のノートをぱたんと閉じた。


「ちなみに、取引先って『喫茶こかげ』と『ピンク亭』しか知らないんですけど……この会社、大丈夫なんですか?」


 ——僕の給料にも関係する大事なこと。


 すると、浩司さんは「アハハ」と大声で笑った。

「そりゃー、こかげさんとピンク亭だけじゃ大赤字でーす!」


 チラリと梢社長を見ると、彼女は腕を組みながらウンウンと頷いている。


「そもそも御社は、不動産収入や株、債券、ファンドの多角的資産運用で利益を上げてるんで、野菜が売れなくても問題ないですねー」


「え!?」


「もしかして、野菜やハーブだけで儲けてると思いました?」


 そりゃ‥‥‥、無理ですよねー。


「広原町だけでも御社が所有するビルがたくさんありますし、他にも古くから取引のある商社や研究所ともお付き合いがある。まぁ、その辺はおいおいってことで」


 浩司さんはクスリと笑う。


「入社から散々な目に遭ったと聞いてます。取りあえず、時間をかけて少しずつ知ってもらうのがいいですねー」


 そう言いながら、浩司さんはソファーから腰を上げた。


「あー、それと森川さん、僕と同い年だから気を使わないでねー」


 いきなり砕けた調子で話す浩司さん。改めコーちゃん。


 ——いや、気を使ってないのはあなたでは?


 彼は、そう言って事務所を出ようとしたところで、ふと立ち止まり、僕の方を振り返る。


「それと……ツバサのこと、ありがとね」


「ツバサさん? ツバサさんがどうかしたんですか?」


「うん。昨日、何だか嬉しそうにしてたからさ。あんな顔のツバサ、久しぶりに見たよ」


 それだけ言うと、「じゃ、また!」と軽く手を振り、会社を出て行ってしまった。


 ——ツバサさん、何かバレてませんか……?


▽▽▽


 その日は夕方から大雨が降り出した。


「ヤバー、雨だー。モリッチ、車で送ってよー」

 チャリ通のサブリナがすり寄ってくる。


 今日は朝の天気予報で雨が降るのは分かってたから、僕は車で来ていた。


「チャリはどうすんの? 明日困るだろ?」


「明日も迎えに来てくれればいいじゃんさー」


 ——VIPかよ!


 とは思いつつも、なんだかんだお世話になってることもあり、送っていくことにした。


 ついでに『喫茶こかげ』で夕食をとることに。

 

 ちょうど夕食時で、テーブル席はすべて埋まっていたので、僕とサブリナは並んでカウンターに座る。


 僕はいつものから揚げ定食を、サブリナはキノコの和風パスタを注文。


 バタバタしていた詩織さんと淳史くんも、一通りオーダーをさばき終えたようで、ひと息ついたところでカウンター越しに話しかけてきた。


「ねえね、ツバサちゃんとあったんだって?」


「よく知ってますね。昨日、会社で会いましたよ」

 そう答えながら、サブリナの方をちらりと見る。


 ——情報源はここか?

 まさか、ダンジョンのことは言ってないだろうな。


「どう? まじめで可愛い子でしょう」


「はぁ、まぁ……そうですね」


「好きになっちゃった?」


「……僕ももういい年ですから、そんな一目惚れみたいなことはないですよ」


「そういうの年齢関係ないしー」

 詩織さんが僕の空いたカップにお茶を注ぐ。


「あんまりそういうこと言ってると、彼女に迷惑になりますよ」


「うーん、でも結構おしゃべりできたんでしょ?」


 ——おしゃべりって……。


「彼女、いい子なんだけど、人が苦手なところあるからね。森川くんなら合うのかなーと思っちゃって。お節介でごめんね」


「人が苦手……か」


 正直、僕自身もそうだ。


 梢ラボに入って、周りに恵まれ、こうして今も働けているけど、ついこの間まで引きこもっていたわけで。


 それに、僕には彼女みたいな凄い資格があるわけでもない。


「でもなんでだろう? 彼女って根暗じゃないし、気配りもできて頭も良い。人が苦手っていうイメージが湧かないですよ」


「甘いね! ツバッチーは間違いなく人が苦手だよ」

 サブリナがフォークをくるくる回しながら、気楽な口調で言う。


「結構さ、イワッチのとこでは、彼女もいろいろプレッシャーがあってキッツかったのかもねー」


「きつい? なにが?」


「そりゃーそうだろー」

 サブリナがフォークを天井に向けて振り回す。


「なんてたって、エリートファミリーだぜ」


「エリートって……サブリナだってそうだろ?」


 サブリナはニソリと口元をゆがめ、悪い顔をする。


「我はアウトサイダー!」


 ——あ、そう。って、いや、そうじゃなくてさ。


「生まれた時点でエリートの定めを背負ってるってことだよ。モリッチにはわっかんないかなー?」


 そう言いながら、フォークで残ったパスタをすくう。


「だってさー、イワッチのとこは、ヒトミッチのとこの面倒を見なくちゃいけないからさ」


「……調停者、ってこと?」


「なんだよー! 知ってんじゃん、それそれ!」

 サブリナがフォークを振りながら、ふんぞり返る。


「だからさ、ちっこい頃から英才教育されるんさ! 私だったら家飛び出しちゃうけどね」


 ——調停者になる運命……か。


 以前、神戸氏から聞いた言葉が脳裏をよぎる。


 調停者とは、大樹をめぐり、「異界の管理者」たちと、「時の権力者」たちとの関係を調整する者たち——そう呼ばれる存在だという。


 それが、岩田家の人たちだ。


 彼女は、それが嫌だったんだろうか?


「詩織さんは? 調停者じゃなくても、梢ラボと古くから取引がある家系ってことで、窮屈さを感じたりします?」

 前で頬杖をつきながら僕とサブリナの話を聞いていた詩織さんに尋ねる。


 彼女は「そーねー」と首をかしげた。


「私もあっくんも、ただの取引先だからね。いざとなったらやめちゃってもいいわけだし、調停者とは重責が違うよ。それに、私は楽しいよ」


 そう言って、ニコリと笑う。


 ——調停者は、立場上逃げられないか……なるほど。


 ニチアサヒロインを夢見ていた少女。


 それが叶わないと知りながら、それでも——


 定められた宿命から解き放たれるのを夢見て、ニチアサヒロインに憧れ続ける少女の顔が、ふと浮かんだ。



お読み頂きありがとうございます!

ブクマークや、★でご評価いただければ嬉しいです!

何卒よろしくお願いいたします

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