第53話 照れるぜ!
「日曜日の朝は、毎週欠かさずテレビの前に座って夢中で見てたんです」
ナスの煮びたしをつつきながら、ツバサさんが楽しそうに話す。
「あー、あれね! 私も見てたな、ニチアサ」
サブリナが共感するように頷いた。
「恥ずかしいんですけど、けっこう大きくなるまで、ずっーと、ずっと『私もあんなふうになりたい』って思ってたんです」
そう言いながら、ナスをパクリと口に運ぶ。そして、箸を置き、オフィーと梢社長を見つめた。
「でも、これで夢がかなうかもしれません!」
——いや、変身はできないよー。
「でも、魔法を使えるのはあくまでダンジョン内だけだからね。外では禁止! 約束だよー!」
梢社長がサツマイモの天ぷらを頬張りながら、もごもごと注意する。
ツバサさんは、素直にコクリと頷いた。
そんな会話をしていた午後、タイミングがいいのか悪いのか、話題の岩田さんがやって来た。
「なんだ、ツバサも来てたのか」
事務所にいた彼女を見ても、別段驚く様子もなく言う。
「朝からいないと思ってたが、梢さんとこにいたんだな」
「はい。ちょうど収穫する野菜もありましたので」
「野菜のついでみたいな言い方は感心しないな」
——ん? なんだろう、いつもの岩田さんらしくない。
ツバサさんも、さっきまでの明るさが消え、なんとなく窮屈そうに見える。
「ガンちゃん! ツバサちゃんは採れたて野菜を持ってきてくれたんだよ! そういう言い方しないでよね!」
「社長も、あんまりツバサを甘やかせないで下さい」
ツバサさんは俯いたまま、何も言わない。
——なんだ、この違和感。
この会社に入ってから、散々なことばかりで、毎日のように驚かされてきた。
けれど、人間関係だけは恵まれていると思っていた。
個性的な……いや、個性が強すぎる人ばかりだけど、みんな憎めない人たち。
けれど、今日の岩田さんの態度には、どこか冷たさを感じる。
——ちょっと、ツバサさんへのあたりが強いような……。
とはいえ、仲良しごっこで済まされないのが仕事だ。
人それぞれ事情があるのは当然だろう。
「で、ガンちゃんこそ何しに来たの?」
梢社長が、少しきつめの口調で問いかける。
だが、岩田さんは気にする様子もなく続けた。
「森川くんの入社手続きと、この前言ってた登記簿の変更、それと社判が必要な書類を持ってきた。確認をお願いします」
「分かったよー。じゃ、こっち来てー」
二人はパーテーションの向こうへ消えていく。
その際、岩田さんが振り返り、「明日の午後、税理士の浩司を来させるから、時間開けといてな」と言い残した。
事務所に残ったのは、セルビアと僕、それにツバサさん。
オフィーは用事があると言って異界へ戻っていった。
——どうやって戻ってるかは‥‥‥ちょっと気になる。
僕らは昼食後の食器を片付けるため、三人でキッチンへ向かう。
キッチンは、大樹の部屋の手前、三つある扉の一つを開けた先にあった。
立派なシンクが備え付けられ、奥には洗濯場と浴室まである。
そういえば、社内をちゃんと案内してもらってない。
改めて、まだ自分が何も知らないことを痛感する。
とはいえ、うっかり扉を開けて異世界に飛ばされたらシャレにならない。
——今度、ちゃんと案内してもらおう。
そんなことを考えながら食器を洗っていると、サブリナが口を開いた。
「イワッチって、あんな言い方するんだなー。ちょっと意外だよ」
大皿を洗いながら、彼女は首を傾げる。
「ツバッチーへの当たり、きつすぎない?」
相変わらず、サブリナはデリケートな話題にもズバッと切り込む。
僕だったら本人を前にして、こんな話はとてもできない。
「兄から見れば、私は不甲斐ないんです。岩田家の恥だと思ってるんじゃないかな?」
「えー、だってツバッチーも社労士さんじゃん! すごくない?」
「ですです。社労士って国家資格ですよね? 取るの、大変だったんじゃないですか?」
僕もサブリナに便乗する。
「社労士がどうこうじゃないんです……」
ツバサさんは、手に持った皿を丁寧に拭き、棚へ片付けながら呟く。
「私、人見知りが激しくて……初めて会う人とか、知らない人の前だと話せなくなっちゃうんです」
——人見知り?
「そんな風に見えないですね。さっきも普通に話してたじゃないですか?」
「梢さんとこの人たちは大丈夫です。みんな優しい人ばかりですし」
——えー、そうかなー?
サブリナをチラリと見やる。
僕の視線に気づいたサブリナが、手についた洗剤の泡を指で弾き、僕に投げつけてきた。
——どこが優しいんじゃい!
「サブリナさんだって……最初、話せなかった私を気遣って、いろいろ話しかけてくれたんです」
ツバサさんが、少し恥ずかしそうに微笑む。
その横で、サブリナがドヤ顔で僕を見る。
でも僕は知っている。彼女は優しいんじゃなくて、ただの無神経なのだ。
「まぁそだねー。ツバッチーは真面目だけど、優しすぎるとこあるからねー」
そう言いながら、生ごみを袋に詰めるサブリナ。
「でもさ、もっと自信持った方がいいよ? ツバッチー、めちゃ優秀じゃん」
サブリナらしからぬいい発言。グッジョブ!サブリナ!
しかし、僕も自己肯定感は低いけど、彼女ほどのエリートでも自信が持てないとは意外だ。
「そうですよ。ツバサさん、国家資格だって持ってるし、おいしい野菜も育てられる。何より、どんな仕事でも手を抜かずに丁寧にこなしてる。それってすごいことです」
僕の言葉に、ツバサさんは「そんなことありません」と小さく首を振る。
「だって、森川さんは入社されたばかりなのに、すっかり皆さんと仲良くされてます。それに、聞きましたよ! すごい傭兵部隊と戦って、正面から打ち負かしたって!」
ま、まーねー。
照れるぜ!
「ちがうちがう。モリッチは棚ボタで手にした力だよ。ツバッチーみたく、自分の努力で得たものじゃないから」
ま、ま、そーねー。
「それに、傭兵部隊を前に最初はトンズラしようとしてたしねー。ヒトミッチに喝入れられて、仕方なく戦っただけでしょー? ウヒヒヒ」
間違ってないけど……、いいかた―!
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