第51話 私をダンジョンに連れて行って
「ダメです! ツバサちゃんををダンジョンに連れて行って、何かあったらガンちゃんに怒られます」
「お兄ちゃんは関係ありません! 私は社労士として皆さんが働く環境を知る必要があるんです」
——働く環境って、ダンジョンなんだが‥‥‥。
「もし危険があるならば、それ相応の対応も必要ですから‥‥‥」
ツバサさんはそう言うと、またモジモジしだす。
「それに、興味があります。ダンジョン‥‥‥」
そりゃ興味あるよな! 異世界だもん。
でもやっぱり危険だと思う。
何しろ、こっちを殺す気で襲ってくるモンスターがいるんだから。
「なぁ、連れてってやっても良いんじゃないか? どうせ森川も行くんだし、浅層なら私と森川でツバサを一人ぐらい守れる」
オフィーが軽い調子で言う。
「なにー! じゃあ私も行きたい! 行きたい!!」
サブリナが騒ぎ出すが、オフィーが「お前は予測不能な動きをするからダメ」と釘をさす。
「ツバサの言ってる事も分からんでもない。それに、ツバサはうちの専任だろ? 仲間みたいなもんじゃないか? 野菜くれたしな!」
——あー、最後の一言に本音出てますよ。オフィーさん。
梢社長がオフィーから僕の方に視線を向ける。
この流れで否定すれば、確実にツバサさんに嫌われそうだ。
よし、ツバサさんは僕が守る!!
僕は決意を込めて頷いた。
そんな僕の様子に、梢社長は諦めてため息をつく。
「あーあ、モリッチのグリーンフラッシュ☆ 私も見たかったなー」
——サブリナ! それ言っちゃダメな奴。
「なんです? その面白ワード」
ツバサさんまで面白ワードって‥‥‥僕のメンタルが、しおしおです!
サブリナとツバサさんが盛り上がる横で、僕はオフィーにこっそり尋ねた。
「ホントに大丈夫かな? 何が起こるか分からんのがダンジョンでしょ。前そう言ってましたよね」
「森川。惚れた女を命を懸けて守るのが男だぞ!」
——惚れたなんて誰が言った!?
「おや? 違うのか?」
ニヤリと笑いながら僕を見るオフィー。
「いや、素敵な人だと思うけど……今日初めて会ったばかりですよ」
フンッとオフィーが鼻を鳴らし、僕をからかうような目で見た。
「それとな、ちょっと気になることもあってな」
そう言ってオフィーは、サブリナと楽しそうに話すツバサさんをじっと見つめる。
梢社長も、微妙な表情でツバサさんを見ていた。
お腹が膨れると、動きが悪くなるとのオフィーの提言で、昼食を遅らせて、早速三人でダンジョンに入ることになった。
オフィーはいつものように大剣を肩に担ぎ、僕は会社の倉庫で見つけた鋼の剣を装備。
ツバサさんは僕らの後ろについて歩くことになった。
最後まで「私もい~き~た~い~」と駄々をこねるサブリナを、「また今度な」とオフィーは振り切り、僕らは大樹の横にある小屋の扉をくぐった。
このところ連日ダンジョンに通っているせいで、初めての時のような驚きはもうない。
だが、それでもやはり、異様な違和感を覚える。
薄暗い洞窟。
湿った空気と、ひんやりとした肌触り。
遠くから聞こえる、獣の声。
ツバサさんはオフィーの服をつかみ、周囲をきょろきょろ見回しながら歩いていた。
「基本、手は出さないから森川一人でやれよ」とオフィー。
僕は「あいあいさー」と返事をして、前を見つめる。
ちょうどゴブリンが二匹現れたところで、腰にぶら下げていた剣を引き抜いた。
こちらに気づいたゴブリン達が、同時に棍棒を振り上げながら走り寄ってくる。
体を捻り一匹を蹴り倒し、その間に片方のゴブリンが振る棍棒を剣で受け流し、そのまま勢い良く突き入れた。
そして振り向きざまに、蹴り飛ばし倒れていたゴブリンにとどめの剣を振り下ろした。
「すごい‥‥‥」
ツバサさんが呟く声が聞こえた。
ゴブリンの亡骸は、光の粒子となって消えていく。
その一部が、僕の体に吸い込まれていくのを感じた。
剣を軽く振り払い、鞘に戻す。
何気ない顔で振り返ると——
「すごいです! 森川さんすごい! すごい!」
ツバサさんが顔を上気させ、パチパチと手を叩いていた。
「まぁ、所詮ゴブリンなんで、こんなもんです」
僕が言うと、オフィーが口を手で隠し、クククと肩を揺らす。
——なんだよー! ちょっとぐらいカッコつけてもいいじゃん!
「ゴブリン、光になって消えちゃいましたね」
ツバサさんが興味深そうに言う。
「基本、ダンジョンのモンスターは魔素が凝縮して具現化された存在だからな。殺せば消えるし、時間が経つと“リポップ”する」
オフィーの説明に頷くツバサさん。
続けて、彼女は思いがけないことを口にした。
「やっぱり、ダンジョンコアから出る魔素なんですか?」
——ダンジョンコア?
「ほう、ツバサはどうして『ダンジョンコア』なんて知ってるんだ?」
「いえ、なんとなくそうかなーと思いまして。私、ファンタジー系の漫画やアニメが大好きなんです。その中でよく出てくるので……。実際に本当にあるなんて感動しました!」
——あー、ツバサさん‥…その手の人だったんだー。
「なるほど、間違ってはいないぞ。まさにそういう仕組みだ」
「ええっ、本当に!? 」
「それ、ちょっと見てみたいな」
「よかったら貸しますよ、漫画もアニメも!」
「ありがたい! これは楽しみだ!」
二人がすっかり意気投合して盛り上がる横で、僕は黙々と襲ってくるゴブリンを捌いていた。
——ちょっとは、こっち見て―!
ある程度倒したところで、オフィーが「ちょっといいか」と前に出る。
ちょうどそのタイミングで、剣を持ったゴブリンが一匹現れた。
オフィーは軽く前に踏み込み、大剣を一閃。ゴブリンの両足が切り裂かれ、倒れ込む。
ゴブリンは地面にもがきながら、苦しそうに喚いた。
「ちょっと残酷な気もするが、こいつらは魔素の塊だ。気にする必要はない……。もっとも、形而上学的には存在している生物とも言えるが、それは今、考えるな」
そう言いながら、オフィーはツバサさんの後ろに回り、彼女の右手を軽く持ち上げた。
——この流れ、前にもあった気が‥‥‥。
「今から、私の言う言葉を繰り返してみろ。炎の塊をイメージしながら意識を手に集中させるんだ」
オフィーがそう指示すると、ツバサさんは緊張した面持ちでこくりと頷いた。
「いいか?」
オフィーがゆっくりと詠唱を始める。
「灼熱の力よ、今ここに集い、敵を滅せよ!」
ツバサさんも、それに続く。
「灼熱の力よ、今ここに集い、敵を滅せよ!」
凛とした彼女の声が、ダンジョンの薄暗い空間に響く。
すると、ツバサさんの掌の先に、眩い火球が生まれる。
最初は小さな光だったが、みるみるうちに大きくなっていく。
その様子に僕もツバサさんも息を呑む。
オフィーがツバサさんの耳元で何かを囁くと、彼女は深く頷き、力強く叫ぶ。
「ファイヤーボール!」
瞬間、ツバサさんの手の先から放たれた火球が一直線に飛び、地面に倒れたゴブリンへと命中した。
ゴブリンは断末魔の叫びと共に灰となり、跡形もなく消え去った。
呆然と立ち尽くす僕とツバサさん。
そんな僕たちを見て、オフィーがぽつりと呟く。
「やっぱりな……ツバサは魔力が多い。魔法使いの素質がある」
——魔法使い!?
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