第50話 もしかして、ハーレム?
「あれー? 森川くん、同伴出勤ですかー?」
事務所に入ると、正面の机に座っていた梢社長が軽い調子で声をかけてきた。
——社長。その言葉の意味わかってます?
お願いだから、日本語もっと勉強して!
僕の後ろから、少し恥ずかしそうにツバサさんが顔を出し、控えめに挨拶をする。
「梢社長! おはようございます」
「ツバサちゃん! おはよー。森川君にいたずらされたの? 警察呼ぶ?」
——誰か、頭のお医者さん呼んでください!
「社長! こんなに野菜、できました!」
ツバサさんは梢社長の発言をスルーして、野菜いっぱいのザルを差し出す。
「わー、すごい! おいしそう! ツバサちゃん、お野菜育てるの上手だよねー」
社長はザルの中の野菜を覗き込みながら、嬉しそうに声を上げた。
「もしよければ、お昼に料理作ります。一緒に食べませんか?」
「それ、いいね! ツバサちゃん、ナイスだよー! 野菜採れたて食べる作戦、発動!」
——作戦名、雑すぎる。
そのとき、事務所の扉が開いて、サブリナが顔を出す。
「あー、なんか朝からにぎやかだねー……って、ツバッチーじゃん!」
——ツバッチーって。言いにくくなってるし‥‥‥
「あ! サブリナさん! ご無沙汰してます!」
ツバサさんは笑顔で手を上げ、サブリナさんと軽くハイタッチを交わす。
彼女、気が弱そうなイメージだったけど、どうやらそれは勘違いだったようだ。
僕はそんな三人が楽しそうに会話をしているのをしばらく眺めていた。こうして見ると、この職場、女性ばかりで肩身が狭い。
しかも、タイプは違えど美人揃い!
サブリナだって、色々アレだけど、顔立ちは整っているし……。
ここにオフィーが加わったらどうなるだろう、なんて考えていたところで、後ろから声をかけられた。
「森川! 今日もダンジョンプラクティス行くぞ! 手早くデリバリー済ませろよ!」
——でた! スウェット美人。
はい、これで職場の“フルラインナップ”が今日も勢揃いです。
「おや、ツバサじゃないか。久しぶりだな」
「はい、オフィーリアさん。お久しぶりです」
オフィーは目ざとく野菜の入ったザルに気づき、目を輝かせる。
「見て見てオフィー! これ、ツバサちゃんが作ったお野菜! 今日のお昼食べようって言ってたのー。野菜採れたて食べる作戦だよ!」
「マジか! そいつはいいな! ラーメンも作れるか?」
——何でもラーメンにしちゃダメ!
「インスタントのラーメンなら、野菜たっぷりで作れますよ!」
「よし任せたぞ! なんだかもう、腹が減って来たな!」
と、お腹をさするスエット美人。
しかし、みんな美人だけど食欲旺盛‥‥‥まさに、腹ペコ美人軍団。
「あのー、それで、お昼作る前に、社長と森川さん、労務管理についてお話させていただいていいですか?」
「そうねそうね! それ大事! じゅるり」
——じゅるりって、よだれ!
その後は、みんなでハーブとニンニク、ニラの採取を終え、「こかげ」と「ピンク亭」へのデリバリーを済ませた。
このルーティンも、もうすっかり身についているので、そつなくこなせる。
せっかくだからと、ハーブ摘みにはツバサさんも加わってくれた。
彼女の動作は一つ一つが丁寧で、思わず感心する。
きっと、真面目な性格なんだろうな。
いい人。
配送を終え、会社に戻ると、いつもならオフィーに連れられてダンジョンプラクティスとなるところが、今日はツバサさんとの労務管理についての話し合いになった。
今更どうこう言う気もなく、僕はただ頷くだけだったが、思わぬ話題が持ち上がる。
それは、雇用条件の説明を一通り受けた後だ。
「兄から聞いたのですが、大けがをされたそうですけど……」
「ハハハ‥‥‥、まあちょっと」
笑ってごまかす僕。
「病院にはいかれたんですか?」
「大ジョーブだよー、私が直したから」
「社長が?‥‥‥」
——そんな、機械を修理したみたいな言い方!
ほら、ツバサさん固まっちゃってますよ!
どうやら彼女は、お兄さんから詳細を聞いていないようだ。
どう説明すべきか僕が考えていると、隣で椅子を逆向きに座り、背もたれに組んだ腕を預けていたオフィーが、突然ぶっこんできた。
「森川がダサいんだよ。簡単に手首切られるなんてさ!」
「手首!‥‥‥業務中に斬られたんですか?」
うん。と軽く返答するオフィー。
これ、ちょっとヤバいかも‥‥‥、僕は急いでフォローを入れる。
「大丈夫です。もうすっかり治ってます」
左手をひらひら振って見せて安心させようとするが、ツバサさんはまだ固まったままだ。
「そんな危険な業務があるんですか?」
「ま、危険ってほどでもないよ。そうならないように、ダンジョンでビシバシ鍛えてるからな」
またまた! 不用意発言だよオフィー!
それ言っちゃうと会社が監督義務違反になっちゃうの!
ツバサさん真面目なんだからさ! 労基に駆け込んじゃうでしょ!
ただでさえ色々危なっかしい会社なのに、これ以上問題が大きくなると、絶対に面倒くさい。
僕がツバサさんの顔色を窺っていると、彼女は俯きながら訊ねてくる。
「ダンジョンって、よく言う『ダンジョン』ですか?」
——よく言わないけど、その『ダンジョン』だと思う。
僕は、話していて気になってきたので確認する。
「ツバサさんは、僕以外の人が異世界人だと知っていますか?」
「おい! 私は日本人だぞ!」
離れたところで主張するサブリナの声は、今はスルー。
「はい、知ってます。だけど、森川さんは普通の人ですよね? まさかダンジョンなんて‥‥‥」
「ダンジョンって言っても、ゴブリンぐらいしかいない浅い層だけだ。弱っちい森川でも問題ないよ」
——はい。オフィーさん、久々に『弱っち』発言いただきました。
しかし、ツバサさんは、「ダンジョン……ゴブリン……」と小声でブツブツ呟きながら、また下を向いてしまう。
その様子に、ちょっと不安になって僕は声を掛ける。
「あのー、ツバサさん?」
次の瞬間、彼女はガバッと身を起こし、叫んだ。
「私も!ダンジョンに行きます!! いえ、連れてってください!」
‥‥‥はい!?
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