第48話 梢ひとみの業務日報という日記 3/3
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ロイマール歴 ⒓504年 9月 1日
この世界にやって来てようやく1年がたった。
最近は仕事にも少しずつ慣れてきた……はず。
少なくとも、自分なりにはやれていると思う。
大丈夫、できてる。
ただ、正直なところ、社長って何をすればいいのか、いまだによく分かっていない。
それでも、会社にずっといるのは私だけだし、失敗しても誰かに責められるわけじゃない。
だけど、やっぱり寂しいと思うことはある。
オフィーも、ドンちゃんも社員になってくれたけれど、二人とも基本的にはロイマールでの仕事が中心で、暇を見つけて遊びに来てくれる程度だ。
普段、この広い会社にいるのは私一人だけ。
外に頻繁に出るわけにもいかないから、どうしても孤独な時間が多くなる。
それに、オフィーと話したあのことも――やっぱり気になる。
昨日、あまりにも寂しくなってガンちゃんに愚痴ってみた。
すると彼は、こんな提案をしてくれた。
「現地社員を雇ってみたらどうだ?」
去年の春まで働いてくれていた“梅さん”という現地の人が辞めてから、新しく誰も雇っていないらしい。
現地社員がいれば、この世界での情報収集や交渉がスムーズになるし、雑用も任せられる。
もしかしたらオフィーと相談した事だって‥‥‥。
でも、お給料の計算や社員の管理って大変そうだし……と心配を口にすると、ガンちゃんはにっこり笑ってこう言った。
「そんな時は、『普通です』って言えば大丈夫」
普通です?
正直、意味がよく分からなかったけれど、ガンちゃんがそう言うなら任せてみることにした。
彼が候補者をピックアップしてくれるらしい。
少し不安だけど、ちょっと楽しみでもある。
早くいい人が来ないかなー。
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ロイマール歴 ⒓504年 9月 12日
あれから、ガンちゃんからの連絡はない。
もしかしたら忘れてしまったのかもしれない。
なにしろ、ガンちゃんは忙しい人だし……きっと他の仕事で手がいっぱいなんだろう。
そこで、たまたま会社に顔を出してくれたドンちゃんに相談してみた。
「セーシアが社長なんだから、自分で探せばいいんじゃないか?」
そう言われても、どこから手をつければいいのか、まったく見当もつかない。
見かねたドンちゃんは、少し考えた後でアドバイスをくれた。
「仕事を依頼するなら、冒険者ギルドに行けばいいんだよ」
でも、この世界には冒険者ギルドなんてものは存在しない。そう伝えると、ドンちゃんは肩をすくめて笑った。
「それなら、仕事を探してる人が集まるギルドみたいな公共の場所を調べてみなよ。何かしら見つかるはずだ」
ドンちゃんが帰った後、早速パソコンで調べてみることにした。
色々検索しているうちに、「ハローワーク」という名前の施設が目に留まった。
どうやら、ハローワークというのは国家公認の場所で、仕事を探している人たちが集まるところらしい。
冒険者ギルドとまではいかなくても、きっと同じような役割を果たしているんだろう。
「ハローワークか……」
今度、行ってみるのもいいかもしれない。
少しでも良い人材が見つかれば、きっと会社も私も前に進めるはずだ。
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ロイマール歴 ⒓504年 9月 29日
働き始めて一年が経ったこともあり、お姉ちゃんが様子を見に来た。
昨日のうちに業務日誌を一気にまとめて書き上げたから、今回は準備も万全。
さすがに前回みたいに、「仕事ができていない」なんて思われたくない。
案の定、お姉ちゃんは最初、どこか疑うような目で私を見てきたけれど、業務日誌を確認すると、小さく溜息をついただけで、それ以上は何も言わなかった。
ほっとしたけど、どこか気にしている様子なのが、少し引っかかる……。
せっかく来てくれたし、ちょうどいい機会だから、この間ガンちゃんに話した「現地社員」のことを相談してみた。
すると、お姉ちゃんは少し考えた後、こう言った。
「多分、一生懸命探してくれてるのよ。急ぐことはないわ」
反対されるかなと思っていたけど、そんな感じでもなかった。
ただ、あまり深く話そうとしないのが、少しだけモヤモヤが残る。
「でも、まだ連絡が来てないんだ」と言うと、お姉ちゃんはフッと笑って、前にあげた占いの本の話をしてくれた。
「占いでね、『南南西から待ち人が来る』って出てたの。だから、きっとすぐ来るんじゃない?」
……お姉ちゃん、こんな時にまで冗談を言うのかと思ったけど、どうやら本気みたいだった。
ただ、私は知っている。
お姉ちゃんはきっと、大樹の転移のことを考えて、この会社をこれ以上大きくしない方がいいと思っているんだろう。
だから、あやふやな言葉で私をなだめようとしているに違いない。
だけど、私にとってはそんな曖昧なままでは困る!
この会社が続くかどうかは、大樹の転移だけじゃなく、今の私の行動にかかっている。
それに、一人で何でも抱え込むのは、もう限界だ。
もしこのまま連絡が来なければ、自分で探しに行くしかない!
そう心に決めて、改めて地図で調べてみると、最寄りのハローワークは会社の南南西にあることがわかった。
「南南西……占いと同じだ」
ちょっとだけ、運命を感じた。
さあ、行動を起こす時だ。
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ロイマール歴 ⒓504年 10月 1日
その日は、いつもより早く起き、ハローワークへ向かった。
地図を頼りに歩きながら、少しだけ緊張していた。
途中、大きな道路に差し掛かった時、すごい速さで行き交う車の流れに圧倒されて、思わず足がすくんでしまった。
だけど、「自分で動かなきゃ!」と気を奮い立たせて、なんとか昼前には目的地にたどり着いた。
目の前に現れたのは、会社よりずっと小さな建物だった。
でも、窓の向こうには人がぎっしり詰まっていて、思わず圧倒される。
とてもじゃないけど、この中に入る勇気はなかった。
そこで思いついたのが、建物から出てくる人に直接声をかける作戦。
駐車場の隅に立ち、人が出てくるのを待つことにした。
しばらくすると、一人の青年が建物から姿を現した。
彼は、まるで人との距離を測るように、背中を丸めてトボトボと歩いてくる。
どこか寂しげで、どことなく頼りない雰囲気。
そして、彼が歩いてくる方角が、占いで言われた『南南西』だった!
これは運命……私の直感がそう告げていた
見知らぬ人に声をかけるのは初めてで、心臓がドキドキした。
でも、ここで引いたら意味がない。
思い切って、「こんにちは!」と声をかけてみると、青年は驚いたように目を見開きながらも、私の話をちゃんと聞いてくれた。
なんだか拍子抜けするくらい、あっさり話が進んでしまった。
青年は「まあ、話を聞くだけなら」と、あっさりついてきてくれたのだ。
会社に戻ると、さっそく自慢のお茶を振る舞いながら話をした。
最初は緊張していた青年も、私がゆっくり話すうちに次第に表情がほぐれていった。
お茶を飲み終えた頃には、彼もやる気満々のようで、すぐに働き始めてくれることを承諾してくれた……と思う。
本当なら、彼の心を読んだほうが確実なんだけど、それを知られたら、きっと嫌われるからやめておこう。
それに、心を読むまでもないよ!
こう見えても、私は空気を読むのが得意だ!
彼は「本当に大丈夫ですか?」と少し不安そうだったけど、大丈夫だよと言ってあげたら安心したみたいに俯いてた。
やったね!
これできっと、うまくいくはずだ。
いや、絶対にうまくいく。
すべてが――。
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