第47話 梢ひとみの業務日報という日記 2/3
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ロイマール歴 ⒓504年 1月 4日
今日、お姉ちゃんが久しぶりに会社にやってきた。
挨拶もそこそこに、いきなり「業務日誌を見せなさい」と詰め寄ってきた。
とりあえず「失念していました」と謝りながらパソコンを見せたら、案の定、大激怒された。
そこから延々3時間にも及ぶ説教が始まり、最後には大樹様の前で「今後はきちんと記録をつけます」と誓いの言葉を立てさせられた。
説教が終わった後も、お姉ちゃんは文句を言い続けていたけど、仕方なくネットで買った占いの本を何冊かプレゼントしてみたら、ようやく機嫌が直った。
……ちょろい。
でも、話の中でお姉ちゃんが言っていたことが、少し気になった。
どうやら中央では、今、ここの「世界樹」をロイマールの森に移動させられないか研究しているらしい。
極大転移魔法を使えば可能みたいだけど、その影響が全く読めないから、まだ実行に移せないのだとか。
それより気になるのは、もしこの世界が『世界樹』を失ったら、どうなるのかって話。
過去の記録では、世界樹を失った世界は酷く荒廃して、住んでいる人々の争いが絶えず起きて、最後には滅びの道をたどったとされている。
この世界も同じような運命を辿ってしまうんじゃないかと、なんだか不安になる。
……でも、大樹がもし移動できれば、私も元の世界に帰れるのかな?
帰りたいような、帰りたくないような、なんとも言えない気持ち。
ちょっとだけ寂しいけど……仕方ないよね。
うん、きっと‥‥‥。
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ロイマール歴 ⒓504年 6月 22日
幼馴染のオフィーリアが会社に入社することになった。
オフィーとは小さな頃からの付き合いで、彼女と、あとドンちゃんも! 私にとってかけがえのない大切な友達だ。
子供の頃は三人でよく遊び回っていた。
成長するにつれて少しずつ会う機会は減ったけれど、それでも手紙のやり取りだけは続けてきた。
彼女はもともと公爵家の姫君で、根が真面目で努力家だ。
本来であれば、どこかの国の王子様と結婚するような立場だったのだけど、それが嫌で冒険者になったらしい。
今では皇国でも屈指の冒険者で、なんと「ドラゴンスレイヤー」の称号まで持っている。
スゴーイ! パチパチ。
おそらく、お姉ちゃんがしっかり者の彼女に頼み込んで、私のお目付け役に推薦したのだろう。
まあ、オフィーがそばにいてくれるのなら、私としてもこれほど心強いことはない。
だから嬉しいんだけどね。
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ロイマール歴 ⒓504年 6月 25日
今日、オフィーが会社にやって来た!
久しぶりに会った彼女は、見違えるほど成長していた。
背は伸び、顔つきも凛々しくなり、それでいて、あの頃のままの笑顔を向けてくれるのが嬉しかった。
これで皇国でも指折りの最強冒険者だなんて、本当にすごい。
王子様、残念でしたね。
入社祝いも兼ねて、オフィーと駅前商店街を散策することにした。
まずは取引先の「ピンク亭」でラーメンをご馳走したら、彼女は涙を流しながら「うまい、うまい!」と連呼し、なんと3杯もお代わりした。
さらに、お店のタイショーと気が合ったらしく、二人はがっちりと握手を交わしていた。
不気味な笑みを浮かべ、「フフフ……」と笑う二人の顔がちょっと怖かった。
その後は「喫茶こかげ」でお茶を楽しんだ。
オフィーは、人気メニューのから揚げ定食まで平らげてしまった。
さすがドラゴンスレイヤー、食欲までドラゴン級だな!
私はコーヒーだけで済ませたけどね‥‥‥。
帰り道では洋品店に寄り道し、服を買った。
今日は私の服を貸してあげたけれど、さすがに毎日それじゃ悪いからと、彼女も服を買うことに。
1時間ほど悩んだ末に選んだのは、上下のスウェットを色違いで3着。
それって部屋着だよって教えてあげたけど、オフィーは気にする様子もなく、「異世界なんだから、着飾る必要なんてないだろ」と言って、それ以上は買わなかった。
会社に戻ってから、早速スウェットに着替えたオフィーは、大満足の様子だったけど、やっぱり、美人だからもっとおしゃれしてもいいと思う。
その後、大樹の転移について話が出た。
どうやらオフィーも事情を知っていたらしく、早ければこの冬に実施される可能性があると教えてくれた。
「大樹の開花周期が今年の冬らしい」と彼女は言う。
開花すればその土地には膨大な恩恵がもたらされるが、それを求めてモンスターたちも活性化する。
転移するタイミングは、慎重に見極めないといけないらしい。
大樹を残すか、移すか。
どっちがいいのか、結局分からないと私が漏らすと、オフィーは少し考え込んでからポツリと言った。
「……あのラーメンも、から揚げも、食べられなくなるんだな」
そう! 大好きなゲームだって――。
でも、私とオフィーだけでどうにかできる問題じゃない。
まして、世界樹の開花ともなれば、とても数人で対応できる規模じゃないだろう。
オフィーはじっと私の目を見つめていたが、やがて何も言わなくなった。
窓の外から、突然降り出した雨が激しくガラスを叩く音がした。
その音だけが、やけに耳に残った。
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