第45話 第一章エピローグ 真昼の歓迎会
会社に戻ると、待っていたのは目に隈を作り、髪を振り乱した梢社長と岩田さんだった。
車を会社の前に停めるなり、二人は正面玄関から飛び出してきて涙ながらに、「大丈夫だった!?」「ケガはない?」「無理させてごめんね!」と矢継ぎ早にまくし立てる。
岩田さんに至っては、「すまんかった! 配慮が足りなかった!」と何度も頭を下げ、完全にパニック状態だ。
そんな二人を見て、オフィーは苦笑いを浮かべながら一言、
「お前たちはもっと社員を信用すべきだ」
とピシャリ。
一方で、サブリナは車内で寝ていたせいか、フラフラとしながら目をこすり、
「朝ごはん、まだ?」
とボソリ。
——いやもう、お昼なんですよ、サブリナさん
少し落ち着きを取り戻した頃、梢社長が僕の肩の上で仰向けに眠る腹グロ精霊に気付き、手を叩いて喜んだ。
「精霊ちゃんと会えたのね! よかったー!」
腹グロ精霊をなでようと指を差し出すが、小さな手で軽く払われた。
『徹夜明けで疲れてんだよ! ウザいわ!』
「えー、嫌われちゃった」と肩を落とす梢社長。
——こら! 社長様だぞ!めんどくさくても挨拶しなさい!
腹グロ精霊は大きな溜息をつきながら、しぶしぶ起き上がり、
『僕は気ままな精霊です。期待すんなよ』
と投げやりに言い放つ。
——マジで腹グロだな。
そして僕らは、とりあえず事務所へ移動した。
早速、梢社長がみんなにお茶を配り、一息つく。
「でも精霊ちゃん、前はもっと目をくりくりさせて可愛かったのにねー」
梢社長がカップを片手に呟く。
「やっぱり契約者に引っ張られるんだねー」
「引っ張られるって何です?」
「契約者に似ちゃうんだよ。だから、精霊ちゃんの口が悪いのは森川くんの本音みたいなものかもねー」
——それなに? 気軽に言ってますけど、怖いんですけど。
「あー、それっぽいねー。モリッチ、表向きは気弱そうだけど、腹の中は真っ黒だもんねー」
サブリナがお茶うけで出されたクッキーをつまみながら言う。
「なんだ、森川は腹グロだったのか」
とオフィーも乗っかる。
横では岩田さんが小さく何度も頷いている。
——だから、その方向でまとめないで下さい!
「で、名前はつけたの?」
梢社長が話題を変える。
「名前? ですか?」
「そう。普通は契約したときにつけるものだけど、今回のことでうやむやになっちゃったからね」
一瞬、僕と腹グロ精霊の目が合う。
「じゃあ、グロで」
『ふざけんな!』
当の本人に頭をはたかれる。
「いやいや、森川のセンスは危険だぞ」
オフィーが横から口を挟む。
「じゃあ、ハラで」
「合わせて腹グロってひどいねー」
サブリナが呆れながらクッキーをパクリ。
「それだと原さんと間違えられる」
岩田さんが真顔でツッコむ。
——原さんっって、誰?
「グリちゃんが良いんじゃない? グロはちょっとだし、グリーンって感じもするし」
梢社長が自信たっぷりに提案する。
「グリーンフラッシュ! キメ☆ だもんなー」
ウヒヒヒヒ、と笑うサブリナ。
——こいつは、いつかぎゃふんと言わせる!
「取りあえず保留で良いですか?」
僕が肩の上でクッキーを頬張る腹グロ精霊を見る。
「えー、良いと思うけどなー」
梢社長が少し不満そうに呟く。
——とはいえ、他に案もないし良いかな。
僕は、声に出して読んでみた
「グリー!」
『気安く声かけんな! ボケェ!!』
▽▽▽
そんなこんなでガヤガヤしていると、事務所のドアが勢いよく開け放たれる。
詩織さんや淳史くん、それにピンク亭のタイショーまで次々と入ってきた。
「やー、良かった良かった! みんな無事なんだね! 差し入れ持ってきたよ!」
詩織さんが肩から大きなバッグを下げ、元気よく手を振る。
「お揃いじゃないっすか!」
淳史くんも大きなトレーをもって現れる。
最後に、タイショーが軽快なステップで現れた。
「聞いたよー。兵隊相手にドンパチやったんだって!話聞かせてよー」
わいわい騒ぎ出すメンバーを見て、梢社長が声を上げた。
「じゃあ、せっかくだから森川くんの歓迎会を行いまーす! イェー! パフパフ!」
——真っ昼間に歓迎会ですか!?
「こかげさんとこも、タイショーのとこも、昼時なのにここに来てて大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ!」と手を振り答える詩織さん
「なんか文句あるっすか?」
淳史くんがすごむ。顔が赤いけど……誰か酒を持ち込んだな!
しかも、淳史くん、酒が入るとキャラ変しません?
「大ジョーブよ~。梢ちゃん、キッチン貸して~。締めのラーメン作るから!」
——始まってもいないのに、シメ?
「マジか! 先日は森川のせいで一杯しか食べれなかったからな!」
と、タイショーを案内するオフィー。
『サブリナ! 僕と友達たちが活躍したとこ、みんなに披露してもいいんだぞ!』
腹グロ精霊、改め、グリーが誇らしげに主張する。
「あ!そうだ。鑑賞会やろうぜ!、モリッチのキメ台詞にみんな卒倒するぞ!『世界を守るのが梢ラボラトリーだ! キメ☆』って」
「おいおい、あんまりからかってやるなよ。森川も新人なりによくやったんだ」
キッチンから戻ってきたオフィーが諫める。
「ウン! よく頑張った!‥‥‥でもこの会社って、世界は救わなくない?」
梢社長が首を傾げる。
「あ~!それはもういいです! サブリナ!やめろよな」
僕が抵抗するが、岩田さんがガッツリ僕の肩を掴む。
「いや、それは今後のためにもぜひ見ておきたいな」
——岩田さん。マジ勘弁してください。
サブリナは喜々として大型モニターを引っ張り出し、グリーと一緒にセッティングを始めた。
僕はその場にいたたまれなくて、外に出る。
ポケットから煙草と携帯灰皿を取り出し、一本くわえて火をつけた。
ここに来てから、ちょうど7日目。
この7日間、本当にいろいろあったな……。いや、ありすぎて何から思い出していいのかもわからない。
けれど、一つだけ確かなのは——。
——毎日が、ずいぶんと賑やかになったこと‥‥‥かな。
「どーしたの?」
気が付くと、横に梢社長が立っていた。
「森川君、タバコ吸うんだね。体に悪いよー」と、僕の肩をツンツンつついてくる。
「何だったら今度、タバコが嫌いになるように洗脳してあげよっか?」
ニコリと微笑む梢社長に、僕は慌てて首を振る。
「いや、マジで大丈夫です」
「そっかー、残念」と、彼女は肩をすくめて答えた。
——残念って、なんで! なにしようとしたの?
「さっきさー、電話で突き放すようなこと言っちゃってゴメンね」
「いえ、言ってもらえて踏ん切りつきました。ありがとうございます」
僕が頭を下げると、梢社長は「そっか」と嬉しそうに微笑んだ。
「森川くんは、世界を救わなきゃだもんね」
「それ、マジで勘弁してください!」
僕が即座に否定すると、梢社長はアハハと笑う。
「さ! みんな今回のヒーローをお待ちかねですよ! 早く戻って!」
そう言うと、軽やかな足取りで事務所に戻っていった。
僕は慌ててタバコを携帯灰皿に押し込み、彼女の後を追う。
煙草の煙が、秋晴れの空に溶けていった。
**第一章 完**
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お読みくださった皆さま、本当にありがとうございます。
ここまでが、第1章となります。
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