表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
梢ラボラトリー(株) 世界樹の守護者って正気ですか!?  作者: 鷹雄アキル
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/199

第44話 なんだその妄想は!


 コンコン!


 サイド・ウインドウを叩く音。

 窓の外には、口元だけ笑みを浮かべた神戸氏が立っていた。


 ——ヤバイ! 逮捕される!?


 急に鼓動が早まり、僕は逃げる準備を始める。

 エンジンをかけ、サイドブレーキを解除、クラッチを外しギアを下げる。

 これで、いつでも急発進できる。


 そもそも、悪いのは向こうだろ!


 装甲車にマシンガンまで構えて待ち伏せなんて、こっちだって抵抗して当然だし、反撃もする。


 そうだ、これは正当防衛だ! 問題ない。


 あの暴挙に比べれば、ちょっとやりすぎたぐらい大したことじゃない。

 ‥‥‥そう信じることにする。


 そうして気を落ち着けたところで、僕はサイドウィンドウをゆっくりと下げた。


 何事もなかったかのように、軽い調子で挨拶する。

「どうも、お疲れ様でーす」 


 神戸氏は全てを見透かしたような目で僕をじっと見つめる。


「皆さんは、もうお帰りですか?」


「はい。ブレスレットも取り返しましたし、ここにはもう用がないので帰ります。神戸さんは?」


 神戸氏は渋い顔で肩をすくめた。


「残念ながら、当分帰れそうにありません。後処理が山積みですからね……」

 そう言って、前方の惨状に目を向ける。


 僕もつられて視線を移す。

 そこには神戸氏と同じ暗いスーツを着た男女が十数名、声を掛け合いながら忙しなく動き回っていた。


「あれって、神戸さんのチームですか?」


「そうです。全部で23人いますが、今回は私たちだけじゃ処理しきれません。地下の掃除もありますしね。唯一の救いは、今日が祝日だってことぐらいでしょうか」


 たぶん彼らは、最初から僕たちの動きを監視していたのだろう。

 それでも止めなかったし、きっと止められなかった。


 神戸氏の疲れ切った顔を見ていると、申し訳ない気持ちになってくる。

 僕は素直に謝ることにした。


「なんか、スイマセン。迷惑かけちゃって」


 できるだけ申し訳なさそうに、でも少しだけ被害者感を残して言う。


 すると、神戸氏は「イヤイヤイヤ、気にしないでください」と苦笑して手を振った。


「森川さんたちは悪くありません。事情は重々承知しています。悪いのは奴らです。相手の実力も知らずに勝てると思い込んで手を出してきたんですから。むしろ潰していただいてスッキリしましたよ」


 神戸氏が淡々と言う。


「そもそも御社に手を出しておいて、この程度で済んだのなら、奴らにとってはラッキーでしょう。」


 ——この惨状がラッキー?


 神戸氏の言葉に、つい疑問が湧く。

 思い切って、率直に聞いてみる。


「僕らはお咎めなし‥‥‥ですか?」


 僕の質問に、神戸氏は驚いたように目を見開く。


「そりゃまあ、法律で裁くなら、銃刀法違反、建造物侵入罪、器物損壊、暴行罪、傷害罪、テロ等準備罪、往来妨害罪、電気通信事業法違反、不正アクセス禁止法違反、電子計算機損壊等業務妨害罪、電子計算機使用詐欺罪、強要罪、脅迫罪、道路交通法違反などなど、多岐にわたる罪に問われる可能性がありますが‥‥‥」


 神戸氏は一息ついて、まるでそれが些細なことのようににっこり笑った。

「ですが、御社そのものが超法規的措置の対象ですからね。ご安心を」


 ——存在が超法規的措置って‥‥‥


 頭が混乱する中で、ふと「道路交通法違反」という言葉が引っかかった。


 横目でサブリナを見ると、彼女は何食わぬ顔で目線をそらしていた。


 ——ま、いっか。



「後処理はこちらでうまくやりますので、どうぞお気になさらず」

 神戸氏が柔らかく微笑む。だが、その目は全く笑っていない。


 そして、突然、彼の表情が変わった。


「それよりも、私たちは今、猛烈に感動しているんです」


 ——感動‥‥‥ですか?


 思わず眉をひそめる僕をよそに、神戸氏の瞳は熱っぽく輝いていた。


「近年、我々は御社を監視しながら日々を過ごしてきました。しかし、それがあまりに平穏だったため、一部では『梢ラボラトリーなど単なる零細企業』と揶揄する声もありました」


 神戸氏はわざとらしく両手を広げ、顔をしかめながら首を振る。


「その結果、我々の存在意義すら問われるようになり、正直、士気も下がりつつありました。ですが——」


 彼は突然、手をパンと叩き、晴れやかな笑顔を浮かべた。


「ですが、今回の件で全てが覆りました!」


 神戸氏の声に力がこもる。


「目の前で繰り広げられたあの偉業の数々、そして次々と現れる異様な光景! これほどまでの圧倒的な力をまじかで目撃する機会は、我々としても数百年ぶりのことです」


 神戸氏は身を乗り出し、さらに熱弁をふるった。


「それを、こうして目の当たりにできたこと、深く感謝申し上げます。我々スタッフ一同、感動のあまり涙を流しながら拝見しておりました!」


 彼の熱意に押され、僕はつい返事をしてしまう。

「おっ、おー。それは良かったです‥‥‥」


 神戸氏は興奮を抑えられない様子で、さらに身を乗り出してきた。


「しかも! しかもですよ!  世界トップクラスの傭兵集団『ヘルハウンド』!  その中でも最も凶暴で、鉄壁の防衛網を誇る極東支部を、たった3人で壊滅に追いやった!」


 ——『4人だぞー』

 頭上から、腹グロ精霊がボソリと突っ込む。


 それに気づいた神戸氏は、「これは失礼しました」とちっこい精霊に向かって頭を下げた。


 そして再び、熱を帯びた視線を僕に向ける。


「あの『ヘルハウンド』の一個中隊を、たった4人で蹂躙したのですよ! これは全世界の軍事関係者を震え上がらせるに十分な偉業です!」


 神戸氏の手が熱く握りしめられ、その瞳の動向は小刻みに震えていた。


「さらに! それを指揮したのが——僅か入社7日目の新入社員なんです! これがスゴイ! さすが梢ラボラトリー! 今日ここに、新たな伝説が幕を開けたのです!」


 熱弁の勢いは止まらず、神戸氏の瞳はまるで星のように輝いていた。


「さあ、森川さん! 次はどんな偉業を見せていただけるんですか?」


 キラキラと目を輝かせながら、期待に満ちた表情で僕を見つめる神戸氏。


「いやもう、何もないですって! 普通に帰ります」


 僕は慌てて手を振ったが、その必死な動作すらも、神戸氏には何かの伏線に見えたのかもしれない。


「そんなわけありません!」


 神戸氏の目がさらに輝きを増す。


「人類最大の脅威! 人知を超えたその力! これは人類への警告か? それとも終焉への序曲か?  新たなステージに立った梢ラボラトリーの歩みが止まるはずがないじゃないですか!」


 ——なんだその妄想は!

 残念エルフの梢社長がそんな大それたことを考えてるわけないでしょ。


「あのー、もう帰っていいですか?」


「あーっと、興奮して皆様の足を止めてしまいましたね。失礼いたしました!」


 急に冷静さを取り戻した神戸氏が深々と頭を下げる。


「じゃ、帰りますね。ご面倒おかけしました」


 僕は車をゆっくりと前に出す。


 バックミラー越しに、腰を折ってお辞儀を続ける神戸氏の姿が見えた。


『気持ちわりぃ奴だったな』

 頭上から、腹グロ精霊がぼそりと呟く。


「目がヤバかったね」とサブリナ。


「彼はお国に仕える身だ。気苦労も多いのだろう」

 冷静なトーンでオフィーリアが感想を漏らす。


 僕は唯々疲れていて、「そうですね」と適当に相槌を打つしかなかった。


 うず高く積まれた木々や、装甲車の残骸が散らばる異様な光景。

 その中央だけが片付けられた道を通り、僕は車を進める。


 なぜか、すれ違うスーツ姿の人々が、一様に深々と頭を下げてくるのがどうにも居心地が悪い。


「なんなんだよ、この状況‥‥‥」


 呆れた声を漏らしながらも、ようやく瓦礫の隙間を抜け、広々とした街道へと出る。


 気がつけば、朝日がビルの間から顔を出し始めていた。

 街全体が黄金色の光に照らされる。


「さ、帰りましょうか。会社に」


 そう言ってアクセルを踏み込む。


 遠くに広がる朝焼けを背に、僕たちを乗せた車は少しずつ速度を上げ、静かに加速していった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ