第43話 友達と一緒に
「じゃ、死ね」
赤城が躊躇なく懐から銃を抜き、引き金を引いた。
——撃たれる!
咄嗟に左手を前に出し、身を縮める。
ガイン!
鋼を弾くような衝撃。
左手に衝撃が走ると同時に、空気が震えた。
目を開けると、左手が淡く緑色に光っている。
——銃弾を……弾いた!?
「ほぉ……にーちゃんもバケモンだったか」
赤城が目を細め、愉しげに口元を歪める。
イヤイヤイヤ! 僕、人間ですけど……!?
動揺しながらも、すぐに肩の上の腹グロ精霊に視線を送る。
「やっちゃって!」
『よっしゃ!』
腹グロ精霊は嬉々として膝を叩くと、僕の肩からひょいと頭の上へと移動し、仁王立ちになった。
そして天に向かって両手を高々と掲げる。
『みんな、出番だ!! ここの傭兵たちをギッタンギタンにしちまえーッ!!』
——瞬間。
世界が変わった。
微かに熱を帯びた風が吹き、濃密な青葉の匂いが立ち込める。
——ゴゴゴ……
どこかで、地面が蠢く音がする。
コンクリートに囲まれた駐車場、無機質なアスファルトの道路。
その全て命を持ったかのように動き出す。
『ほら、見ろよ! 来たぜ!』
腹グロ精霊が指差す先。
アスファルトの隙間から生えた雑草が、もぞもぞと動き始めていた。
それだけじゃない。
伸びる。絡む。うねる。広がる。
街路樹がゆっくりと枝を伸ばし、ビルの壁面に張り付いたツタが蛇のように這い、周囲の植木や雑草が、すべて意志を持ったようにうごめき出す。
「な、なんだ!?」
「クソッ、足が……!!」
傭兵たちが叫ぶ間もなく、
地面から生えた無数の蔦が、彼らの脚に絡みつき、宙へと引きずり上げる!
——バキィッ!!
装甲車が軋みを上げ、持ち上がる。
気づけば、歩道の街路樹が幹をうねらせ、装甲車を根ごと持ち上げていた。
そして。
ドオォン!!
装甲車が地面に叩きつけられ、朝の静寂を切り裂く轟音が響き渡った。
その後も、植物たちの動きはまるで生き物のように動き回る。
大地から生えた根が敵を絡め取り、ツタが無慈悲に銃を弾き飛ばす。
樹木がしなり、装甲車を次々と押しつぶし、歩道の小さな植木すら獲物を狩るかのように絡みつく。
まるで——街そのものが命を宿したかのようだ。
「なになに……? これ、うける〜! 植物で戦争でも始める気? ワクワクする〜!」
サブリナの興奮した声が、車の中から響く。
「どーなってやがる!」
赤城は、迫りくる枝やツタをナイフで切り裂いている。
——武装解除とか言って、どんだけ武器隠し持ってんだよ。
その時——
「ガシャン!」
空気を揺るがす破砕音。
——結界が解けた!
『よし、やったな!』
腹グロ精霊が満足げに僕の頭の上で腕を組み、満足げにあぐらをかく。
絡み合う枝葉の中、車一台分のスペースがぽっかりと開いていた。
——よし、脱出ライン確保!
僕が車に飛び乗ろうとした瞬間——
「やってくれたな……!」
背後から赤城の叫び声が上がった。
振り返ると、まるで森のように樹木に溢れた中、その中央だけ、車一台が通り抜けられるスペース。
そこを、ナイフで枝や蔦を払いながら赤城が歩いてくる。
「にーちゃんを甘く見てたぜ……これじゃ、ヘルハウンド極東支部は壊滅だ!」
ボロボロになりながらも、赤城は平然と煙草をくわえ、ライターで火をつける。
「赤城さん! ここ、路上喫煙禁止ですよ! 見つかると罰金取られますから!」
僕が親切に注意すると——
「うるせぇ!!」
赤城が怒鳴り、荒々しく煙を吐き出した。
「おめーらのおかげで、俺たちのプランも、野望も、全部パァになっちまったじゃねぇか!!」
——知らんがな。手を出してきたのはそっちだろ。
「そいつは幸甚です。僕もいい仕事ができてうれしいです!」
赤城は舌打ちし、「ケッ」と唾を吐くと、肩を揺らしながら歩を進めた。
そして——
赤城は、ゆっくりと。
大きな筒状の武器を肩に担ぎ上げた。
なんだ?
「モリッチ! ロケットランチャーだ!!」
サブリナの叫びが車の中から聞えた。
——ロケットランチャー?
正気か?
街中でミサイル撃つつもりかよ!!
「森川! やれ!!」
オフィーの声が耳に届く前に——
僕はすでに左手を赤城に向けて突き出していた。
全意識を、全熱量を、左手に込める。
手首が震え、今にも弾けそうだ。
それを右手で押さえ込みながら——
——全力を、思いを、左手に込める!
「跡形もなくチリとなれ!! このバケモノども!!」
叫ぶ赤城がトリガーを引こうとした刹那——
僕は全身の力を込めて叫ぶ。
「グリーンフラッシュ——全解放!! 吹き飛べクズ野郎!!」
——ドガァァァァァンッ!!
左手から爆発的な緑の閃光がほとばしる。
世界が、一瞬、光に呑まれた。
渦巻く光は、まるで怒りの化身そのもの。
轟音とともに赤城を直撃し——
「ぐがぁぁぁぁっ!!??」
——ゴォォォンッ!!
赤城の身体が宙を舞う。
いや、舞うなんてレベルじゃない。
弾丸のように吹っ飛び、轟音を轟かせながらビルに激突する。
バキャァァン!!
壁がひび割れ、粉塵が吹き上がる。
コンクリート片が砕け散り、辺りに砂埃が舞う。
——そして、静寂。
荒い息を整えながら、僕はゆっくりと歩き出した。
周囲に響くのは、硬いアスファルトの上、砂をかむ自分の足音だけ。
そして目の前には、崩れた壁の下で無様に伸びた赤城。
——死んで、はいない。
白目を剥き、気絶している彼の胸が微かに上下しているのを確認し、僕は胸の奥からホッと息を漏らす。
彼の手に握られていたロケットランチャーは、溶けた金属片のように形を失い、煙を上げている。
幸いにも、爆発の気配はない。
——加護の力かな?
理由は分からないが‥‥まあ、大丈夫だろう。
僕は胸ポケットから名刺入れを取り出し、一枚を引き抜く。
「きちんとしたご挨拶が遅くなりましたが、梢ラボラトリー営業管理の森川裕一です」
僕は、白目をむく赤城の前にしゃがみ、見下ろす。
「今後とも……じゃないか。これに懲りたら、二度とお会いすることのないようお願いします」
そう告げて、赤城の上に名刺を落とす。
名刺は、落ちた瞬間、光となって赤城の体内に吸い込まれていった。
——よし、終わりだ。
なんとか‥‥‥やり遂げた、みたいだな。
微かに揺れる砂埃を見つめながら、僕はその事実を静かに噛み締めた。
『なんかさー、楽勝だな!』
頭の上で、腹グロ精霊がうつ伏せになり、でろーんと寝転がる。
楽勝って……なんだかんだ言って、疲れてるじゃん。
「そうだな」
僕は一言だけ返し、車へ向かう。
車に乗り込むと、助手席に座るオフィーが「殺ったのか?」と物騒なことを聞いてきた。
「気絶させただけですよ」
そう答えると、オフィーは「甘いな。まあ、でもいいんじゃないか」とニヤリと笑った。
「モリッチも精霊っちも、最後の見せ場はすごかったねー!」
サブリナが嬉しそうに言う。
「そりゃどうも」
『どーも』
僕と腹グロ精霊が揃って返す。
「モリッチの決めゼリフ、ドローンで撮影しといたから、帰ったら鑑賞会ね! 永久保存版にするからな!」
——なんですと! なにしてんのこの子!
「ドローンぶち壊す!」
「映像はもうタブレットの中!」
「タブレットぶち壊す!」
その時——
コンコン!
窓ガラスを叩く音がした。
窓の外には、口元だけで笑う神戸氏の姿。
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