第42話 世界を…
車を出口スロープに滑り込ませる。
時計は5時30分を指している。
いつもなら、そろそろ日が昇る時間だ。
出口に向けて車を進める。
スロープを上がり切れば、公道に出る‥‥‥はずだった。
しかし、そこには装甲車が並び、駐車場の出入り口を完全に塞いでいた。
さらに周囲には無数の傭兵たちが銃を構えて待ち構えている。
——こいつら、公道まで占拠して何をやってんだよ!
「うわっ‥‥これはちょっと引くわー」
サブリナが呆れたように言う。
「先方さん、完全にヤケ起こしてるね。こんな大っぴらに動員してさ、後でどう収拾つける気なんだろ。ウケる~」
片側二車線の道を塞ぐように配置された装甲車を見ながら、僕はサブリナに尋ねる。
「この装甲車、どこまで続いてるんだろうな?」
「さすがに、目の前だけだと思うけどね。ドローンで確認してみる?」
軽い口調で言うサブリナに、僕は少し考えたあと、首を横に振る
「どのみち、突破するしかないからな」
ため息をつきながらアクセルに足を掛けようとしたその時、肩の上にいる腹グロ精霊が口を挟んだ。
『あー、これはちょっとちょっとかもなぁ』
——ちょっとちょと?
「どういう意味だよ?」
問い返すと、腹グロ精霊は肩をすくめながら言った。
『目の前さ、結界を張ってある。普通の手段じゃ突破できないぜ』
「結界……?」
思わずクラッチを外し、エンジンを切る。
「なんで奴らが‥‥‥。ってさっきもあったか」
5階で見たガラスの結界が脳裏をよぎる。
あいつは神戸氏が回収していたが、……他にも術者がいるのか?
サブリナが座席の間から身を乗り出し前方を見てる。
「ねえ、オフィー。さっきみたいにぶった斬れない?」
オフィーは前方をじっと睨んでいるだけで動かない。
「まあ、できなくもないが……結界があるなら手加減はできん。全力で殲滅することになるがな」
腕を組んだまま、ニヤリと笑うと、オフィーはドアに手を掛けた。
——手加減ができない‥‥‥って、それ怖すぎるだろ。
「ちょっと待ってください」
慌てて彼女を止める。
ドラゴンスレイヤーの称号を持つ彼女が本気を出せば、この一帯は間違いなく地獄絵図と化すだろう。きっとそうだ。
どうするべきか考えあぐねていると、腹グロ精霊が突然、ワハハと笑い声を上げる。
『やっと僕の出番だな!』
僕の肩の上でスクッと立ち上がり腰に手をあて胸を張る。
そして、邪悪な笑みを浮かべ僕を見る
『友達、呼んじゃう?』
——友達? ‥‥‥そんなこと言ってたね!
「その友達、結界の外から攻撃できるのか?」
『とーぜん! 僕ってすごいんだぞ、なめんなよ!』
——いや、それ友達がすごいだけじゃ?
「スタンバっといてくれ」
『わかったよ!』
腹グロ精霊が自信満々に言ったその時、前方の装甲車から一人の男が降りてきた。
男は煙草を口にくわえながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
そして、煙草をつまむと地面に落とし、ブーツで火を消した。
——ここ禁煙! しかもポイ捨て! 絶対ダメ!!
俺だって我慢してるのに……許せん。
男は他の傭兵たちとほぼ同じ服装をしていたが、何かふてぶてしい雰囲気が漂っていた。
その態度が一層、イラつく。
「おーい、そっちの嬢ちゃんら! 聞こえるか?」
男は両手を高く掲げて声を張り上げる。
無防備なことをアピールしてるようだ。
「聞こえたら、ちょっと顔見せてくれよー。こっちは丸腰だからさー」
——丸腰って、お前以外は全員銃構えてるじゃん!
僕はサイドブレーキを引き、ドアに手を掛けた。
それに気づいたオフィーが「行くのか?」と視線を送ってくる。
「一応、これでも営業なんで。挨拶ぐらいしとこうかなーってね」
軽い調子でそう答えると、オフィーは横目で僕を見てニヤリと笑った。
「行ってこい。骨は拾ってやる」
——骨になる前に何とかして!
心でツッコミを入れつつ、僕は車を降りた。
ドアを開けたまま、一歩、前に進む。
肩に乗った腹グロ精霊に小声で囁く。
「合図したら、友達にご助力お願いしていいかな?」
『だからいつでもいいって言ってるだろ! クドイ!』
「頼んだよ」
そんなやり取りをしていると、前方の男が再び大声で呼びかけてきた。
「なんだよー、そっちの赤毛の姉ちゃんと話したかったのにな」
男は、見るからにがっかりした様子で肩を落とす。
「で、にーちゃんは?」
「わたくし、梢ラボラトリーの森川と言います。失礼ですが・・・」
「あー? 俺はヘルハウンド極東支部を仕切ってる赤城ってもんだ。あんたちゃんが、新しく入った社員か?」
「そうですね」
「じゃあ、あの赤毛の姉ちゃんと代わってくれ。ビジネスの話がしたいんだ」
——ビジネス?
「それでしたら、僕が承ります。これでも梢ラボラトリーの営業で、今この場の責任者ですから」
僕は胸を張って答える。
そんな僕を、男は目を細めて眺める。
「ふーん、まぁいいだろう。後になって、持ち帰らせて…なんて下らんこと言うなよ」
僕は無言で頷く。赤城はじろりと僕を睨みつけた後、口を開いた。
「お前の会社とうちの会社で専属契約しねーか」
——ハァ!? 契約‥‥‥って言った?
「取引、ですか?」
「ああ。一個中隊投入してんのに、手も足も出ねぇ。噂には聞いてたけど、あんたら、すげぇもんだな。このままスポンサーに渡すのはもったいねぇ。ぜひ、うちと組んでくれよ」
「残念ですが、戦争する人たちを得意先にする予定はありませんので」
「なんだよ、つれねーな。おめーさんとこだって、葉っぱ売ってるだけじゃ儲けも知れてるだろ? まぁ、あのお茶はウマかったけどな」
——あら、『喫茶こかげ』行ったのね。あざーす。
「どうだ、こう見えて俺たちは世界でトップの傭兵組織だ。一緒に組めば、国の一つや二つ……いや、世界だって手に入れることも夢じゃないぜ」
「世界、ですか……凄いですね」
「だろ! 金も、名誉も、女だって思いのままだ。どうだ?」
金に名誉に女か‥‥‥。
俺の反応に、赤城はニヤリと口角を上げる。
「どうだ。世界を手に入れないか?」
僕は、ワザと顔をしかめて肩をすぼめる。
「‥‥‥いらないですね。世界なら、ここにあります」
そう言って、僕は拳を握り、自分の胸を親指で指した。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
なぜだろう。急にほっぺが熱くなる。
それに、後ろからは、「ウヒヒヒヒ!!」と、奇妙な笑い声が声が聞こえる。
——やり直したい。
「世界なら……」
「なんだよ。やり直すのかよ」
赤城は、呆れたように笑う。でも、僕は止まらない。
今度こそ、震える足に力を籠め前を向く。
「世界ならもう。会社の中にあります」
なんだと? と眉を顰める赤城。
僕は、胸を張って言った。
そして‥‥‥。
「お前ら悪党から世界を守るのが、僕ら、梢ラボラトリーの仕事だ!」
「じゃあ、死ね」
赤城が懐から銃を取り出し、僕に向けて撃った。
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