第40話 完全包囲
「囲まれてるって、どういうことだ?」
オフィーがインカムに手をあてながら問いかけた。
——そりゃ、これだけ騒げばね。
『知らんがな。さっきから傭兵たちが続々とビルに入ってきてるんだけど。私、もう帰っていい?』
——囲まれてんのに、どうやって帰るつもりだよ!
「そろそろ潮時ですね。撤収しましょうか?」
神戸氏は蹲っている総一郎を、ひょいと肩に担ぎ上げた。
僕は落ちている銃に手を伸ばすが——神戸氏に肩を掴まれる。
「森川さん、それを持ち帰ると銃刀法違反で捕まえなくちゃいけませんよ。やめてくださいね」
——大剣振り回してる人いますけどー、僕はダメなの?
オフィーはフンと不敵な笑みを浮かべ、大剣を肩に担いでいる。
その顔には、まるで法律なんてお構いなしだと言わんばかりに、余裕の笑みが浮かんでいた。
「じゃあ、行こうか」
彼女の一言で、僕らは撤収することになった。
行きと同じ非常階段を駆け下り、1階のフロアに到着したところで、神戸さんが立ち止まる。
「じゃあ、私はここで御無礼しますね」
そう告げると彼は非常扉に手をかけた。
「え? 神戸さん、1階から帰るんですか?」
「はい。チームの仲間も心配しているので」
——チームで来てたの?
「そうか、気をつけて帰れよ。ほーれんそーは忘れずにな」
オフィーは肩をすくめながらも、軽い口調で見送った。
神戸氏は肩に総一郎を抱えたまま、非常扉を開け、ひらりと手を振り姿を消した。
僕らはそのまま階段を下り、地下3階にたどり着いた。
非常扉を開けたところには、既にサブリナが車を移動させ、僕らを待っていた。
すぐに乗り込むと、オフィーがサブリナに尋ねる。
「状況、どうなってる?」
「これ見てー」
サブリナは手元のタブレットを操作し、車内のモニターに映像を映し出した。
そこには、武装した兵士たちが車の陰に身を潜める姿が映っていた。
「完全に包囲されてるな」
オフィーは腕を組み、モニターをじっと見つめる。そして、僕に向き直り、厳しい表情で言った。
「お前が判断しろ」
その声は冷ややかで、僕を試すような言い方だった。
「僕が?」
「ああ。お前が、どうするか決めろ」
「僕には決められません。というか、完全に包囲されていて、降参するしかないじゃないですか」
言いながら、自分の声が少し上ずっているのを感じる。
オフィーはじっと僕を見つめ、確かめるように聞き返す。
「それでいいのか?」
「それか……1階に行って神戸さんとそのチームに協力を求めるとか? いや、他の階に行って一旦隠れましょう! それで、助けを呼ぶんです」
「助けって、誰をだ」
「神戸さん……それか、梢社長にお願いする?」
「セーシアはここには来れない。大樹を守らないといけないからな」
僕はオフィーとサブリナの顔を交互に見る。
だけど、二人は何も言わず、ただじっと僕を見つめている。
その真っ直ぐな視線に、逃げ場がないような気がして、僕は視線を落とした。
「どちらにせよ、僕では判断できません。社長に聞かないと……」
そう言いながら、僕は携帯を取り出し、梢社長に電話をかけた。
横でオフィーが深いため息をつく音が、やけに大きく聞こえた。
『森川くん? 無事ですか? ブレスレットは取り戻せた?』
電話越しの梢社長の声には、心配と期待が入り混じっていた。
「取り戻せました。守護精霊とも会えました」
僕は肩に座る腹グロ精霊にチラリと目を向けた。
精霊は気だるそうに目を閉じ、首をコキコキと鳴らすだけで、何も言わない。
『よかったー、無事なんだねー。じゃあ帰ってくるの待ってるねー』
「それが……傭兵たちに囲まれちゃって帰れそうにないんです」
僕はこれまでの経緯と、現在の状況を簡潔に説明した。
『そっかー。で、どうするの?』
——いや、それを聞いてるんですけど。
『森川君はどうしたいのかな?』
「社長から、誰か助けてくれる人を手配してもらえませんか?」
『それは無理。だって、森川くんしかいないもん』
「じゃあ、社長が来ていただけませんか?」
『それも無理』
「だったら……」
『森川くんしかいないって言ったのはね、そこにいて決めるのは森川くんしかいないって意味だよ。今は森川くんが決定権を持っていて、責任者でもあるの』
「僕じゃ決められません!」
思わず声を荒げた僕に、電話越しの社長は一拍置いて静かに答えた。
『どうして? 迷っている理由は何? すべきことをする。それだけだよ』
「……」
『森川君さぁ、「悪いのは奴らだ。ギッダギタにしてやる!」って言ってたじゃない。それなら、降参することも、逃げることもダメダメです』
脳裏に浮かぶのは、勢いに任せてそう叫んだ自分の姿。
あのときは調子に乗って言ってしまったけれど、今では――。
「でも、周りは傭兵で……」
『無理だと思いますか? 本当に降参するしかないと? 逃げるしかないと? そう思っていますか?』
「……」
返答に詰まり、僕は言葉を飲み込んだ。
『森川君の周りには誰がいますか?』
促されるように周囲を見回す。
オフィーは不敵な笑みを浮かべて腕を組んでいる。サブリナは期待を込めて爛々とした眼差しを向けてくる。そして、肩に座る腹グロ精霊は、わざとらしくため息をつきながらも、どこかやる気満々のご様子。
そして、みんなが僕を見つめている。ただ見てるだけじゃない。信じている、そんな瞳だった。
『そこにいる仲間なら、どんなことだってできるはずです。なにしろ、わが社が誇る最高のスタッフだもん。もちろん森川くんもね』
梢社長の声が急に明るく、軽快になる。
『大手を振って帰ってきてください。手を出してくる悪い奴らを圧倒的な力でギャフンと言わせるのが、我が社、梢ラボラトリーです』
僕は思わず盛大にため息をついた。
けれどその瞬間、胸の奥には言葉にできない何かがじんわりと広がっていくのを感じた。
焦りとも不安とも違う——それは、背中を押されるような、じんわりと暖かい力だった。
「僕に、やれるかどうか分かんないです。‥‥‥でも、やります」
『ウン。がんばって!』
僕は皆を見回す。
オフィーは「まったく」と言いたげに肩をすくめつつも、口元には小さな笑みが浮かんでいる。
サブリナは目を輝かせながら微笑み、腹グロ精霊は肩をすくめながらも、どこか優しげに僕を見つめていた。
『心配しないで。君ならできます。万が一失敗しても‥‥‥最悪は転勤すればいい』
——転勤?
『異世界転・……』
「やります!絶対! やり遂げて見せる!」
僕は社長の言葉を大声で遮った。
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