第38話 守護精霊
どれくらいの時間が経っただろう。
突然の強烈な輝きに、反射的に目を閉じたが、瞼越しにも輝く光が視界を埋め尽くしていた。
まるで光が視界の隅々にまで染み込むような感覚。
その強烈な輝きは、肌にまで刺さるような輝きだった。
しばらくして、光が和らぎ始める。
瞼を開けると、視界はぼんやりと白いまま。
頭もくらくらして、足元がふらつく。
徐々に視界が戻る中、目の前には膝をつき俯くオフィーの姿が浮かび上がる。
その向こうでは、光に視界を奪われた兵士たちが顔を抑え、悶え苦しんでいる。
そして、神戸総一郎。
なぜか右手を抱え込むようにして床に蹲り、低いうめき声をあげていた。
——何が起こったんだ?
その時、不意に頭の中に声が響く。
『ユーイチ、遅い!』
その声は、まるで少女のようだった。幼さが残り、舌足らずな喋り方。
『何度も何度も呼んだんだぞ! 遅いんだよ! いったい何してたのさ!』
——守護精霊の声か?
もっと荘厳で落ち着いたイメージだと思ってたけど、さっきからずっと僕に文句を言い続けている……なんか違う気がする。
『君ってそういうとこあるよねー。愚図でのろまなとこ! ちょっとはキビキビ動けないかなー? さっきも見てたけど、ユーイチだけ全然活躍できてないよね、ね?』
声はどこか楽しげで、明らかに煽っている。
休むことなく僕を責めるように言葉を重ねてくる。
——本当にこの声、守護精霊かよ?
僕はふらつきながら立ち上がり、声のする方を探そうと視界を巡らせる。
しかし、ぼんやりとかすむ視界の中で見つかるのは、蹲る総一郎と顔を押さえ苦しむ兵士たちだけだ。
『それはそれとして! 目の前にいるオフィーリア?だっけ、その子に、魔術障壁はもう解除したよって伝えて!』
声に促されるまま、僕はオフィーに声をかけた。
「オフィー、大丈夫か?」
「あー、大丈夫だ。ちょっと目がくらんだだけだ」
頭を振るオフィー。
「さっきから頭の中で、もう魔術障壁は解除したって言ってくるんだけど‥‥‥」
オフィーは一瞬、表情を曇らせるが、すぐに何かを察したように立ち上がり、目の前の見た目には変化のないガラスの前に立った。
そして、ためらうことなく大剣を頭上に掲げると、そのまま振り下ろす。
ガシャーン——!
砕け散る音とともに、目の前のガラスが光の粒となり消えていく。
——魔術障壁が解けた……?。
オフィーは何事もなかったかのように歩き出し、蹲る総一郎の前で足を止めると、無言で思い切り蹴り上げた。
総一郎はまるでボールのように吹き飛ばされ、壁に激突して崩れ落ちる。
その後、オフィーは構えることすらせず、大剣を振り回しながら兵士たちを次々と殴り倒していく。
「ウーッ!」「ギャーッ!」と叫び声を上げる兵士たちは、ゴミくずのように床へ散らばった。
『あの子、強いねー』
頭の中に響く声が楽しげにそう言った。
僕はもう一度声の主を探し、視線を巡らせる。
『あれー、もしかして僕が見えないの? 契約主のくせに』
声が少し呆れたように言ったかと思うと、続けて『これなら見えるかな?』と問いかけてきた。
耳元でポン、と何かが弾けた音がした。
振り向いた先には、小さな光の粒がゆっくりと集まり、次第に形を成していくのが見えた。
そして、手のひらほどの大きさの存在が現れた時、僕は思わず息を呑んだ。
その姿は……鳥? いや、蝶か?
いや、もっと違う……童話や漫画で見たことがある姿だ。
「……妖精?」
そこに浮かんでいたのは、手のひらほどの大きさで、背中に蝶のような透明な羽を持つ小さな存在だった。
羽は不思議なことに動いていない。
それなのに、僕の顔の高さでふわりと浮いている。
緑色の大きな瞳に、緑色の髪。ツインテールっていうんだっけか? 長い髪を二つのおさげにして縛ってる感じ…そんな髪型。
服はどこか古代ギリシャ風で、まるで彫像から抜け出してきたかのようなデザインだ。
『かわいいーだろー!』
声が誇らしげに言う。
——まぁ、かわいい。
でも……ちっこい。そして、なんだかウザい。
「いったいどうなってるんです? すごい光で一瞬意識が飛んじゃいましたよ」
神戸氏が頭を振りながらこちらに歩いてきた。
「それに、その女の子……もしかしてその子が例のお目当ての子ですか? 私には浮いてるように見えるんですが」
——見えてるんですね、このちっこいの。
「どーやら、そうみたいです。ちなみに、見ての通り浮いてます」
『おい! 言い方!』
妖精が僕の頭を軽く蹴り上げる。
ちっこいから痛くないかと思ってたけど、意外とクラクラする。
「なんか怒ってるみたいですね」
神戸氏は呆れたような顔をしてそう言い、オフィーが蹴り飛ばした総一郎の方へ歩いていった。
「そういえば、ブレスレットを探しに来たんだけど……君がそれなの?」
『僕がブレスレットに見えるなら、君には目の治療もおすすめするね。それと、頭の治療は必須だよ』
——この子、口悪いなー。
「で、ブレスレットはどこにあるか知ってる?」
『さっき、あの男の手首を吹き飛ばした時にどっか飛んでった』
手首……吹き飛ばした?
僕は、壁に吹き飛ばされた総一郎の方を見る。
そこでは、オフィーと神戸氏が総一郎を足でつつきながら、見下ろしているのが見えた。
「こいつ、手首が血だらけじゃないか?」
オフィーが首を傾げながら言う。
「まるで爆発で吹き飛んだみたいですね」
神戸氏が奴の服を破り、血だらけの腕を処置している。
——吹き飛ばしたんだ、本当に。
『あ! 見つけた! そこにあるじゃん。もう二度と無くすなよ!』
妖精が足元を指差す。そこには、あのブレスレットが転がっていた。
僕はそれを拾い上げ、無意識に手首に嵌める。
——やべ、つい嵌めちゃった。
ブレスレットを嵌めた瞬間、しっくりと手首に馴染む感覚があった。だが、同時に思い出してしまう。
——これ、嵌めると二度と外れなくなる仕様だったよな。手首を切る以外には……。
「‥‥‥嵌めなきゃよかった」
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