第36話 白々しい
左手を前に翳す。
ダンジョンでやった手順を一つ一つ丁寧にトレースする。
体中の神経、熱、血流――それらすべてを左手に集めるイメージを描く。
——落ち着け、大丈夫。できるはずだ‥‥‥。
徐々に左手自体が脈動するのを感じる。
緑色の燐光が指先に集まり、淡く輝き始めた。
「オフィー! 神戸さん! 間を開けてください!」
僕は叫び、彼らの位置を確認する。
そして、発動のための言葉を放つ。
グリーンフラッシュ!
緑色の光が左手から弾け、眩い輝きが一瞬で通路全体を飲み込んだ。
その光は尾を引きながら兵士たちを一直線に襲い、彼らを後方へと吹き飛ばす。
衝撃でフロア全体がかすかに震えた。
そして、静寂が訪れた後、目の前には倒れた兵士たちが散乱しているだけだった。
「驚きました! 一体何ですか、今のは!」
神戸氏が目を見開いて僕に詰め寄る。
「グリーンフラッシュ!って言ってましたよね! グリーンフラッシュ!ですか、いやー素晴らしい! グリーンフラッシュ!すごいですねー」
彼は興奮気味に技名を連呼する。
——やめて!そんなに叫ばれたら、悶絶死する!
その時、インカムからサブリナの気の抜けた声が漏れてきた。
『ねえ、何かあった? こっちまで地響きみたいなのが聞こえたんだけど』
サブリナの気の抜けた声が聞こえる。
『なんか、グリーンフレッシュとか面白ワード叫んでたみたいだけど』
——グリーンフラッシュな! 野菜じゃないんだぞ。
「何でもない。森川が、しっかり決めてくれただけだ」
オフィーは、何もなかったように前に進む。
僕たちは開いたドアから順番に部屋を調べて回った。
鍵のかかったドアは、オフィーが容赦なく大剣で切り裂き、内部を確認する。
会議室のように机が並ぶ部屋、奇妙な機器が所狭しと並ぶ実験室、いくつものモニターが並んだ管理室――どの部屋も人影はなく、目当てのブレスレットも見つからなかった。
「残るは奥のドアだけですね」
神戸氏が呟き、オフィーが頷く。
そのドアの向こうに、間違いなくブレスレットがある。
僕には分かる。ずっと聞こえていた声が、今ははっきりと僕を呼んでいる。
「この先にも奴らいるのか?」
オフィーがインカム越しにサブリナへ尋ねる。
『ごめーん。カメラが潰されてて、何も見えないんだ』
「分かった」
オフィーは短く答え、大剣を構えた。そして無言のまま、大きく振りかぶる。
グゥワン!
ドアは轟音とともに粉々に吹き飛び、その先に広がる空間には、無数の機械が整然と並んでいた。
ガラス張りの壁を隔て、その奥には複雑な機械がひしめき合い、まるで手術室と工場が融合したかのような、異様で不気味な光景が広がっている。
「あっちの部屋にはどうやって行くんでしょね」
神戸氏が呟き、僕も周りを見渡してみたが、ガラス張りの向こうに続くドアは見当たらない。
「フン! こうやってだ!」
オフィーが大剣を振りかぶり、渾身の力を込めて一撃を叩き込む。だが‥‥‥。
ガラスは鋭い音を立てながら、光の残像と共に剣を弾き返した。
大剣の刃が僅かに震えるのを目にし、オフィーが眉間に皺を寄せる。剣を引き戻した勢いで、たたらを踏む姿が見えた。
——オフィーが失敗するなんて、珍しい‥‥‥。
「おや、剣持さんでも斬れないものがあるんですね」
神戸氏が意外そうに目を輝かせる。オフィーは鼻を鳴らし、ガラスに顔を近づけてじっと観察する。
「呪術がかかってるな」
「呪術、ですか?」
「状態固定の類だ。簡単に言えば、何をしても壊れないように守られているということだ。術式は違うが、セーシアが使う保管魔法によく似ている」
オフィーは曲げた指を唇に当て、考えこむ。
「それ、呪術ごと斬れないんですか? さっきみたいに」
僕の問いかけに、先に反応したのは神戸氏だった。
「さっきの術とはレベルが違いますね。こりゃ、術者自身で解除するか、術者を殺さないと解除は難しいかもしれませんね」
そう言いながら、神戸氏はガラスに軽く触れた。
そして、まるでガラス越しの誰かに語りかけるように声を上げる。
「いやー、これは驚きです。なかなかの腕前だ! ちょっと感心しましたよ、神戸総一郎さん?」
すると、ガラスの奥、機器の影から、あの大谷モドキ――いや、神戸総一郎が姿を現し、ニヤニヤ笑いながら、余裕たっぷりに歩み出てくる。
その背後には、複数の兵士たちが身を潜め、隠れているのを気配で感じた。
実際、棚の隙間から銃口らしきものがチラホラ見えている。
「こりゃ驚いたな、森川じゃないか。来るなら事前に電話でもしてくれればよかったのに」
——この野郎、白々しいことを‥‥‥。
「うるさい! 今すぐ、ブレスレットを返せ!!」
気づけば、自然と叫んでいた。その声は、自分でも驚くほど強気だった。
奴は、僕の方に視線を向け、ほんの一瞬だけ、驚いたような表情を浮かる。
「まさに、『男子、三日会わざれば刮目して見よ』だな。ずいぶん良い顔になったじゃねーか、森川。少しは男らしくなったな。左手も無事みたいで安心したよ」
——いちいち人を苛立たせる物言いだ。
「で、これを探してるんだろ?」
神戸総一郎はポケットに手を入れ、ゆっくりとブレスレットを取り出した。
その仕草には嫌味なほどの余裕があり、さらに指先で弄ぶようにして見せつけてくる。
その姿に、胸の奥から嫌悪感が湧きたつのを感じた。
「お前ら、本当にしつこいよな。まぁいいさ。こっちまで来てみろよ、返してやるぜ」
そう言って、神戸総一郎は唇を耳の端まで裂けそうなほどに引き上げ、ニタリと笑いながら手招きした。
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