第35話 That's so unreal!
僕らが3階地下駐車場のエレベーター前にたどり着いたとき、インカム越しにサブリナの声が届いた。
『エレベーターは5階に停まらないようにしておいたよ。あんたらが騒いでるときに人が出入りしたら危ないだろ? いろんな意味で……。だから、頑張って階段を登りな』
登ってから操作すればいいのに……と一瞬思ったけど、それを言えばきっとサブリナに倍返しで言い返されるに決まっている。
それに、今さら文句を言ったところで状況は変わらない。
僕は心の中でため息をつきながら、黙って階段へ向かった。
そして僕らは今、非常階段を一段ずつ上っている。
5階なんて大したことないと思っていたけど、高さのせいで意外ときつい。
ようやく地下3階分を消化した時点で、ちょっと息切れした。
日ごろの運動不足が恨めしい。
そんな僕を横目に見ながら、オフィーがからかうように言った。
「ポーション飲むか?」
「冗談でしょ」と強がってみせるものの、内心では少し欲しくなっている自分がいる。
「奴ら気付いてますかね?」
一息ついて、階段を登りながら尋ねると、後ろを進む神戸氏が即答した。
「間違いなく気付いてますよ。ほら、そこ」
彼が指さす先を見ると、階段の踊り場に設置された監視カメラのレンズがこちらをじっと捉えていた。
『こっちからもバッチリ見えてるぞー! 相手には見えないように、カメラ映像は遮断した。でも警戒されてるはずだから気をつけろー』
サブリナの気の抜けた声がインカム越しに響く。
「それにしては、静かですね」
「相手もこちらの出方を完全には読めていないのでしょう」
——そりゃ、まさか大剣を振り回しながら進むなんて予想していないだろう。
「まぁ、それなりには準備してるでしょうね」
「相手の会社について知っているんですか?」
僕の問いに、神戸氏は一瞬考えるように足を止め、じっと僕を見た。言葉を慎重に選んでいるようだった。
「相手は某国直系の企業です。表向きは普通の商社ですが、実態はその国のフロント企業です」
一拍置いて彼は唇をペロリと舐めた。
「貴社が持つ力を本当に知っている国なら、手を出さないのが普通ですが、あいつらは情報不足で本当の脅威をわかっていない。愚かな連中です」
「でも、大谷モドキは日本人ですよね?」
僕が尋ねると、神戸氏は深いため息をついた。
「奴の本名は神戸総一郎。確かに日本人です。裏の仕事を請け負う怪しげな奴ですね」
——神戸?
先を登っていたオフィーが足を止め、振り返る。
「なんだ、貴様の身内か?」
神戸氏は手を振り慌てて否定した。
「いやいや、全くの他人です。同じ苗字ってだけですよ‥‥。ただ、奴が使う呪術を考えると、遠い親戚って可能性も否定はできませんがね。でも、近い身内なんてことはありません」
両手を軽く挙げ、肩をすくめる神戸氏。
その仕草を冷ややかに見つめるオフィーは「ふーん‥‥」と声を漏らした。
——なんだか胡散臭い世界だなー。
「まあ、気にせずガンガンやっちゃってください。多少の騒ぎなら、私がうまく処理しますから」
——意外に寛大だな、神戸氏。
「だまされるなよ。こいつは私たちの実力を測ろうとしているだけだ」
オフィーがきっぱりと告げる。
まあ多分。オフィーの言う通りなんだろう。
「でも、なんでそんな奴らが僕の守護精霊なんか欲しがるんでしょう?」
僕の質問に、オフィーと神戸氏は揃って目を見開き、驚いたようにこちらを見た。
——あれ? また変なこと言っちゃった?
「森川さん、異世界のテクノロジーは研究するだけで莫大な価値がありますよ。それが解明できれば、ですが」
神戸氏が答えると、オフィーが冷たく「無理に決まっている」と呟いた。
「じゃあ、僕のブレスレットも解析されてる?」
「そうですね。焼いたり叩いたり、いろいろ試しているかもしれませんね」
神戸氏の言葉に、頭にカッと血が上るのを感じた。
その瞬間、遠くから誰かが僕に助けを求めて叫ぶ声が聞こえた気がした。
——早く救わなきゃ!
「先を急ぎましょう!」
僕は思わず足に力を込めた。
結局、5階まで何事もなく階段を上りきった。
怖い程に静かだ。人の気配がまったくしない。
そして今、僕らは5階非常扉の前に立っている。
『さっきからさー、5階のカメラが完全に切られてるんだよね。たぶん、物理的に壊したっぽい。非常扉のロックは解除しておいたけど、気を抜くなよー』
サブリナの声がインカム越しに響く。
僕が扉のノブに手を伸ばそうとすると、オフィーが手首を掴んだ。
「急ぐ気持ちもわかるが、軽率だぞ」
そう言いながら、彼女は僕の手首を掴んだまま踊り場の端まで下がる。
「ちょっと借りるぞ」
オフィーは、僕が持っていた剣を取り上げると、非常扉に向かって突き刺すように投げつけた。
剣が扉に触れた瞬間、赤い魔法陣のような文様が浮かび上がり、バチバチと激しい閃光が走る。
次の瞬間、剣はあっけなく弾き返され、地面に大きな音を立てて落ちた。
その表面はシュウシュウと煙を上げ、溶けかけるように歪んでいった。
——僕の剣……まだ一度も使ってないのに。
「迎撃機能付きの保護結界ですね。あの男、なかなかやりますね」
神戸氏は腕を組み、意外そうに言った。
その様子を見たオフィーが鼻で笑う。
「ハッ! くだらん。こんな結界、犬でも引っかからんぞ」
——スミマセン、犬以下です。
「ちょっと下がってろ」
オフィーはそう言うと腰を落とし、大剣を構えた。
そして、小声で「ウインドスラッシュ」と呟きながら、大剣を一気に振り下ろす。
大剣から放たれた斬光が赤い魔法陣を切り裂き、その勢いのまま非常扉に直撃した。
轟音がフロア全体に響き渡り、扉は真っ二つに裂け、右半分が崩れ落ちる。
オフィーは大剣を肩に担ぎ、ドヤ顔で目の前の破壊された扉を眺めた。
「お見事!」
神戸氏は嬉しそうに手を叩いて褒める。
——オフィー、やりすぎ!
僕たちは扉の残骸をまたぎ、前に進む。
その先には両側にドアが並ぶ通路が続いていた。奥には大きな観音開きのドアが見える。
「こんな状況になっても、誰も出てこないですね」
僕が呟くと、神戸氏が軽く肩をすくめながら答える。
「もともと、全員避難済みかもしれませんね」
「そうでもないらしいぞ」
オフィーが険しい表情で言うと同時に、両側のドアが勢いよく開いた。
次の瞬間、映画で見たような完全武装の男たちが続々と現れ、目の前で銃を構える。
「!」
反射的に身を硬直させた僕は、オフィーに肩を掴まれ、半壊したドアの陰へと突き飛ばされた。
ダダダダダダダダダダ!
轟音が響き、硝煙が立ち込め、跳弾が周囲の破片を粉々に砕きながら舞い上がる。
地面に手をつき、四つん這いになりながら叫んだ。
「オフィー! 神戸さん!」
視界が白く霞み、耳もキーンと鳴っている。
しかし、やがて視界が徐々にクリアになると、目の前には信じがたい光景が広がっていた。
剣を担ぎ仁王立ちするオフィー。そして、銀色に光る刀を正眼に構える神戸氏の姿がある。
——なんだろう、この安心感と同時に湧き上がる違和感は。
その時、低く不敵な笑い声が響いた。
フフフフフ……。
——オフィーがスゲー嬉しそうです。
再び響く銃声。
ダダダダダダダダダダ!
オフィーは大剣を縦横斜めに素早く振り抜き、残像が残るほどの速さで銃弾を弾き返している。
一方、神戸氏は体を低く構え、まるでフェンシングの選手のように刀を小刻みに操っていた。その刃は紫色の光を帯び、宙を切るたびに淡い残光を残している。
——何このファンタジーな光景。
よく考えたらこの人たち、存在自体がファンタジーだった。
オフィーが剣を振り抜きながら大声で叫ぶ。
「あーもう、うっとおしいな! ちょうどいい、森川! あれをお披露目してやれ!」
あれって?
もしかして、あれ?
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