第33話 弱っちモリッチ
「ホント、心配したんだからね!」
梢社長が涙を浮かべながら、僕の両肩をがっしりと掴んでくる。
一階層のダンジョンボスをなんとか倒した僕とオフィーは、現れた魔法陣に飛び込み、大樹の脇にある小屋へ戻ってきていた。
奥に進むには魔法陣を無視して階段を下りる必要があるらしいが、僕の疲労困憊ぶりを見たオフィーが、渋々帰還を許可したのだ。
——いやいや、自分でもよく頑張ったと思う。
でも、本当にあれ以上は無理だった。
帰還した僕たちを出迎えたのは、泣きじゃくる梢社長と、サンドイッチを頬張るサブリナだった。
今は、梢社長が目の前で涙ながらに声を荒げている。
ちょっと目が潤んでいて、その姿を見たらなんだか本当に申し訳ない気持ちになってくる。
一方、社長の後ろで腕を組んでいるサブリナは、神妙な顔つきでウンウンとうなずいているように見える。
が、その口元には明らかにニヤニヤした笑みが浮かんでいた。
——こいつ、楽しんでるな。そーいうとこだぞ!
オフィーが梢社長を、なだめるように僕の前に出た。
「セーシア、悪かった。こいつを連れ出したのは私だ。本当に申し訳ない」
彼女は丁寧に頭を下げながら言う。
「でもな、森川はもう会社の一員だ。先輩として教育しなければならない。こっちの世界でいう研修みたいなものだ」
「そんなこと言って! 森川君はまだ弱っちいんですから、死んじゃったらどうするつもりだったんですか!」
——弱っちいって‥‥‥。
「セーシア、お前が過保護すぎると、いつまでも弱っちいままだぞ」
「あのー‥‥‥」と僕。
「だからって、弱っちい子をいきなりダンジョンに連れてくなんて! やりすぎでしょ!」
「それを言うなら、甘やかすのもやりすぎだ」
「あのー!!」
ついに耐えきれず、僕は声を張り上げた。
「社長! 勝手なことをしてすみませんでした。それと、心配してくれてありがとうございます。それから……オフィーリアさん」
「オフィーだ」
「オフィーも、僕みたいな弱っちい奴を鍛えてくれて、本当に感謝しています」
僕の言葉に、二人は一瞬俯き、シュンとした表情を浮かべる。
すると、後ろで様子を見ていたサブリナが、軽い口調で言った。
「まぁ、なんだ。弱っちモリッチが少しでも強くなったなら、結果オーライってことでしょ?」
——サブリナ、弱っちモリッチって嬉しそうに言うな!
「それで? こいつの守護精霊のありかは分かったのか?」
オフィーがサブリナに問いかける。
「あたりはつけたよ。この前、モリッチに電話をかけてきた番号を追跡してね」
「で、そいつは誰なんだ?」
「誰かまでは分かんない。でも場所は特定済み。ここ!」
サブリナがモニターに映し出したのは、都心の一等地にそびえる超高層ビル『ハイエンドタワー』だった。
「なんで、こんなところに?」
僕がぽつりと呟く。すると、オフィーが続けて訊ねる。
「どんな場所だ、ここは?」
オフィーがモニターを覗き込み、サブリナはストリートビューを操作してタワーの外観を映し出した。
「これは……ダンジョンか?」
「まあ、そうともいえるネ」
——言えねーよ!
「高さ286メートル、60階建て最新のインテリジェントビルだよ」
「60層か、大したことないな」
——60階、ですけどね。
「問題はさ、このビルのセキュリティー。最新のシステムでがっちり守られてるんだよね」
「それがどうした? こっちは盗まれた物を取り返すだけだ。正面から堂々と入ってやる」
オフィーが剣に手を掛ける。
「ちょいちょい! そりゃあ、こっそり忍び込む必要はないかもだけど、あんまり大っぴらにやると、後々めんどくさいんだよ!」
「ま、その辺はなんとかしましょう! 神戸君に話しとけばなんとかなるでしょう」
梢社長が考え込むように言った。
——神戸…、あの男か。継続治安課だっけ?
「あいつか、やな奴に借りを作っちまうな」
「だねー」
オフィーとサブリナが同時に呟く。
「あのー、基本的な質問で恐縮ですが、そもそもあのブレスレットってそこまで大事なんですか?」
僕がそう訊ねると、三人がぎょっとした顔でこちらを見た。
「お前、自分の守護精霊を盗まれておいて、まだそんなことを言うのか?」
オフィーが胸ぐらを掴み、吠える。
思わず僕も言い返した。
「だから、その守護精霊ってのが何なのか分からないんですって!」
「説明してなかったもんね」
梢社長がチーンと鼻をかんでから、話し始めた。
「あのブレスレットには、森川君を守る契約精霊が宿っているの。大樹に集まった精霊たちの中でも一番若い精霊だよ」
「契約精霊って?」
「うーん、なんて言えばいいのかな……こっちで言うと、相棒とかパートナー、バディみたいな存在かな」
梢社長は少し言葉を選ぶような間を置いた後、続けた。
「契約精霊って、一生付き合うものなのよ。それがいなくなるってことは……」
そこまで言って、梢社長は言葉を濁す。その顔には、事の重大さが色濃く浮かんでいた。
——いなくなるってことは?
「寂しくなるってこと‥‥‥」
「‥‥‥?」
「じゃなくて!」
オフィーが勢いよく声を上げ、梢社長の発言をフォローする。
「お前の分身がいなくなるのと同じだぞ!」
——そういや、左手なくなりかけたっけ‥‥‥。
そのときの痛みや恐怖が脳裏にフラッシュバックする。
僕の命だけじゃなく、魂まで奪おうとしていた――そんなの、許せるわけがない。
怒りがふつふつと噴き上がってきた。
「ぜってー許さん。ギッダギタにしてやる」
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