第32話 グリーンフラッシュ!
「気を抜くな! 背後にも注意しろ。相手は一匹じゃないんだぞ!」
ここはダンジョン。
この洞窟に入ってから、もう丸一日以上が経った気がする。
時計も携帯もないので正確な時間はわからないけれど……。
今までに、一体どれだけのゴブリンを倒しただろう?
最初は数えていたが、100匹を超えたあたりで諦めた。
それからはひたすら、現れる敵を斬り伏せるだけの時間が続いている。
奥へ進むほど、ゴブリンたちは集団で襲いかかってくる。
最初のうちはまだ対応できていたが、途中からは狼のような化け物まで混ざりだした。
もはや、一人ではさばききれない状況だ。
それでもオフィーが的確な連携でフォローしてくれるおかげで、何とか前進を続けられている。
「ほら、これが最後のポーションだ」
オフィーが緑色の液体が入った小瓶を投げてよこす。
これを飲むのも、もう何度目だろう?
不思議なことに、何本飲んでもお腹が膨れることはない。
ただ確かに、飲む度に小傷がなくなり疲れた体が蘇るのを感じる。
僕がポーションを飲み干すのを確認すると、オフィーは手にした大剣で目の前の扉を指し示し、言った。
「扉の向こうに、この階層の主がいる。おそらくゴブリンロードだ」
そう言って、オフィーは扉に手を掛けた。
「ここまでよくやったな、森川。正直、感心している。……自分ではどうだ?」
彼女は扉を軽くコンコンとノックしながら問いかける。
僕は肩で息をしつつも頷き、苦笑した。
「たしかに、自分でもここまでやれるとは思わなかった。今じゃ自分じゃないみたいに動けるし。少しは成長できた……かな?」
オフィーは鼻で笑い、軽く僕の肩を小突く。
「そうだな、成長した。……だが、ゴブリンロードを倒すにはまだ足りん」
彼女は鋭い目で僕を見て続けた。
「初手は私がやる。その後は……お前がやれるだけやってみせろ」
そう言い終えると、彼女は迷いなく扉を押し開けた。
扉の向こうは広大な空間だった。
壁に掛けられた松明の灯りが赤く揺れ、空間全体に不気味な影を落としている。
その中央、粗雑に彫られた岩の椅子に腰掛けているのは、一匹のゴブリンだった。
でも、明らかに他のゴブリンとは格が違う。
巨大な体躯に分厚い筋肉、そして血のように赤い瞳がギラギラと光っている。
「行くぞ!」
オフィーの声と共に、彼女はすかさずウィンドスラッシュを放つ。
白く鋭い斬撃が空を切り裂き、ゴブリンロードを捉える。——いや、捉えたはずだった。
だが、ゴブリンロードは椅子から転がり落ちるように身を躱し、肩に浅い傷を負わせただけで終わった。
――こいつ、今までの奴らとは格が違う。
その巨体からは想像もつかない素早い動き。
目の前の敵が、これまでのゴブリンとはまったく異なる存在であることを嫌でも思い知らされる。
次の瞬間、ゴブリンロードは手にしていた大剣をオフィーめがけて投げ放った。
剣は空気を切り裂き、オフィーの肩をかすめるように飛び過ぎる。
「くっ……!」
オフィーが僅かにバランスを崩した、その一瞬。 僕は剣を握り直し、一気に間合いを詰める。
全身の力を込めて振りかぶり、奴の頭に目がけて剣を振り下ろした。
しかし——。
奴が持つ巨大な盾に剣はあっけなく弾かれ、僕は反動で姿勢を崩した。
無様にも地面に倒れ、後頭部を床に打ちつける。
視界の隅に、弾かれた自分の剣が跳ね飛んでいくのが見えた。
頭がくらくらして、意識が遠のきそうになる中、奴の顔が視界に映り込む。
耳まで裂けた口が歪む。
その表情が何を意味しているか、嫌でも分かる。
——笑ってやがる。
「っ!」
奴が振り上げた盾が、僕を押し潰そうと迫る。
その瞬間、白い斬撃が盾を弾いた。
「今だ!」
オフィーの声が響く。
盾を弾かれた衝撃でゴブリンロードが体勢を崩す。
隙が生まれ、奴の胸元が目の前にさらされる。
——ここだ!
僕は左手を突き出し、奴の胸に当てる。
自分の手首が緑の光を放ち、眩い輝きが辺りを照らす。
「グリーンフラッシュ!」
閃光が広がり、ゴブリンロードの体は光に包まれる。
次の瞬間、奴の巨体は衝撃波に押し出され、壁まで吹き飛ばされた。
轟音と共に壁に叩きつけられたゴブリンロードが、動きを止める。
僕は、その場にへたり込んでしまった。
全身が鉛のように重く、息を整えることすら一苦労だ。
そんな僕の前に、オフィーがやってきた。
彼女は黙ったまま大剣を差し出す。
「……とどめを」
彼女の声に、僕は顔を上げる。
差し出された剣を掴み、膝をつきながら重い体を引きずるようにして立ち上がる。
ゴブリンロードの前に立つと、まだかすかに動く奴の目と視線が合った。
「悪いな」
自分でも驚くほど冷静に告げると、そのまま剣を振り下ろした。
刃は奴の首を切り落とし、その巨体が崩れ落ちる。
直後、ゴブリンロードの体は細かい粒子となって四散し、その一部が光となって僕の体に吸い込まれていく。
一瞬、全身に温かさが広がり、疲労が薄れていくのを感じた。
剣を地面に突き刺し、振り返ると、オフィーがこちらを見ていた。
彼女の表情には、ほんの少しの満足感が浮かんでいるように見える。
「よくやった」
そう言って彼女は拳を突き出してきた。
僕はその言葉に驚きながらも、自然と笑みがこぼれる。
そして、自分の拳を彼女に向けて突き出した。
彼女の拳が、僕の拳に軽く触れる。
「ありがとう」
一言だけ返し、僕は深く息を吐いた。
どこか晴れやかな気分と共に、この戦いが終わったことを実感した。
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