第31話 我に緑の魔力を!
僕は左手を見つめる。
——これが、大樹の力?
「ハッハ! これはすごいな。予想以上だ」
オフィーは崩れた壁に手を当て、満足げにそのひび割れた表面を叩いている。
「それ……僕がやったんですか?」
「ああ、そうだ。ただ、普通は一回でこんなに上手くいかないんだがな」
彼女は感心したように、「やはり、大樹様の加護が宿っているな」と小さく呟くと、再び僕の左手を掴んでじっくりと眺めた。
「別段、潰れてもいないし、指が吹き飛んでるわけでもなさそうだな」
——なんか、さらっと怖いこと言ってるけど!
「よし、もう一度やってみろ! 今度は自分だけでな」
期待に満ちたキラキラした目で見つめられ、僕は観念して左手をかざした。
さっきの感覚を思い出しながら、体中の血と熱を左手に集中するイメージを頭の中で描く。すると、左手が淡い光を放ち始める。
だがそこまでで、先ほどのように力が爆発する気配はない。
「だめだな。どうやら力の放出が下手すぎるらしい」
——さっきは褒めたのに……、すぐダメ出し?。
「契機となる言葉を作ってみたらどうだ?」
「契機となる言葉?」
「そうだ。魔法使いが詠唱を唱えるように、術名を唱えるんだ。集中力を高める助けになる」
——詠唱って、魔法みたい‥‥‥。って、魔法!?
「魔法ってあるんですか?」
つい興奮して前のめりになりながら聞くと、オフィーは一歩引いて「近いわ!」と軽く僕の頭をはたく。
「はしゃぐな。あるに決まってるだろう? そんな基本的なことも知らないのか?」
彼女は呆れた様子で続ける。
「そもそもお前、腕を切られた時も呪術が使われてたって話だろう? まあ、魔法と言えど、魔術と呪術は似て非なるものだがな」
——あれも魔法の一種だったのか……。
「それって、僕にも使えますか?」
「それはお前次第だ。魔法は才能もあるが、魔術の訓練がものを言うからな」
「さっきのは魔法じゃないんですか?」
「広義には魔法だ。魔力を使ってる以上、そういう括りになる。ただ……あれは魔法の中でも魔術ではなく固有スキルに近いな」
彼女がそう言い終わる頃、洞窟の奥から何やら騒がしい声が聞こえた。
「ちょうどいい、見ておけ」
オフィーは大剣を引き抜き、腰を落として横に構える。
その表情には冷静さと、わずかな緊張感が見て取れる。
騒ぎ声がだんだん近づき、やがて洞窟の奥から現れたのは、剣を持った3体のゴブリンだった。
どれも今までの雑魚とは違い、鎧を身に着けていて、一回り大きい。
「ゴブリン・ナイト3匹か…。」
オフィーは低く呟くと、構えた剣を後ろに引き、一瞬の間を置いてから「ウインドスラッシュ」と小さく呟いた。
次の瞬間、剣から白い光の斬撃が放たれる。
空を裂くような風切り音が響き、光の刃が一直線にゴブリンたちへ向かった。
「うわっ……!」
目の前で繰り広げられる光景に息を飲む。
斬撃は3匹のゴブリンを一瞬で切り裂き、そのまま後方の吹き飛ばされ大きな音を立てた。
気がつけば、ゴブリンたちはすでに動かない。
オフィーは剣を肩に担ぎながら、振り返って得意げな笑みを浮かべる。
「どうだ、参考になったか?」
「すげー!」
思わず感嘆の声を上げながら手を叩いていた。
オフィーはフンッと鼻を鳴らし、あっさりと剣を収める。
まるで「当然だ」とでも言いたげだった。
「今のが魔法ですか?」
興奮気味に尋ねると、オフィーは腕を組みながら首を軽く横に振る。
「魔力を使ってはいるが、魔術とは少し違う。さっき言った固有スキルによるものだ」
そう言って、彼女は少し得意げに説明を続けた。
「ウインドスラッシュそのものは、魔力の適性があって、術式を理解できれば誰にでも使える魔術だ。ただ……」
彼女は少し間を置き、僕の目を見据えた。
「私の場合、風精霊の加護のおかげで、最初からその術を扱えるようになっているんだ。いわば、特別待遇ってやつだな」
——精霊の加護……?
「つまり、普通なら勉強したり、訓練したりして身につける技を、オフィーは自然と使えるってことですか?」
「まあ、そういうことだ。ただし、私にとってはこれが“普通”なんでな。特別という感覚はないが」
そう言うと、彼女は自分の手のひらを見て、少しだけ柔らかな表情を見せた。
「便利なことに変わりはないが、技に名前をつけたり、術式を知っておくのは重要だ。戦いの最中でも集中しやすくなるしな。だから、便宜上ウインドスラッシュと呼んでいるってわけだ」
その冷静な説明に、僕は思わず聞き入ってしまった。
彼女の背後に立つ風精霊の存在を感じるような、不思議な説得力があった。
「お前の力は、大樹様の加護によるところが大きい。だから、糸口さえつかめれば使えるはずだ」
糸口…、つまり名前か——よし!
「グリーン・パンチ!」
「‥‥‥ダサい」
「えー、糸口さえつかめればいいって言ったじゃないですか!」
「……。なんだろう、大樹様に失礼な気がする」
「エメラルド・パンチ!」
「『エメラルド』が言いにくいし、『パンチ』がダサい」
「グリーンアタック!」
「……」
「我に緑の魔力を!」
「お前のセンスには、深刻な問題があるな」
「大樹のパワー!」
「それは……大樹様を侮辱してるとしか思えない」
「‥‥‥」
ドッと疲れた。なんなら、ゴブリンと戦うより疲れた。
もーどうでもよくないですかねー?。
僕は、やけ気味に手を前に突き出し、アクションをつけて叫んでみた。
「グリーン・フラッシュ!」
言った瞬間、左手が緑の閃光を放ち、洞窟の奥へと消えた。数秒後、遠くで微かな爆裂音が響く。
振り返ると、オフィーが目を見開き、呆然とした表情で僕を見つめていた。
「……ま、今まででは一番マシ…か?」
やったー!、なんだかちょっと嬉しい。
調子に乗った僕は、飛び跳ねながら連呼してみる。
「グリーンフラッシュ!」
「グリーンフラッシュ!」
「グリーンフラッシュ!」
「うるせー!」
結果、僕はまた頭はたかれました。
お読みいただき、ありがとうございます。
面白かった!、続きが読みたい! と思ってくださったら是非、ブックマークの登録や、広告下にある「☆☆☆☆☆」から★でポイントを入れて評価をしていただけると幸いです。
執筆の励みになりますので、何卒よろしくお願いいたします。




