第30話 グローイング・アップ!
「フン! だいぶ様になって来たな」
オフィーは腕を組んで僕を眺めていた。
「この分で行けば、明日中には少しは形になるだろうよ」
——明日中?
「まさか、ずっとやるんですか? 明日まで?」
僕が驚いて聞くと、オフィーはきょとんとした顔をする。
「そりゃそうだろう。今のままじゃ話にならんからな」
「いやいや、ぶっ通しで?」
「ぶっ通しだ」
「寝ずに?」
「寝ずにだ」
「マジですか……」
「安心しろ! ポーションならいくらでもあるぞ!」
彼女が得意げに笑う。
僕はその余裕に呆れつつも、彼女のバキバキな目が本気であることを感じていた。
「それに、ゆっくりしてるわけにもいかんだろ。貴様の守護精霊だっていつまでも無事というわけじゃないしな!」
「……え?」
「さすがに、明日中には助けに行かんとマズいだろな」
彼女の何気ない言葉に、急に不安になる。
「助けに行くって……僕が、ですか?」
「他に誰が行くんだ?」
——ムリムリムリムリ!……そんなの無理に決まってる!
「僕にそんなことできませんよ! 戦いだってまともにできないのに!」
「じゃ、貴様は自分の守護精霊を見捨てるのか?」
「見捨てるとかそういう問題じゃなくて……そもそも、守護精霊って何なんですか!」
「お前を守るための存在だ。だから『守護精霊』って言うんだが?」
「守るって……手首を切られたとき、全然守ってくれなかったじゃないですか!」
「あれは、呪詛を受けたお前が悪い。スキだらけだし、そもそもお前自身が弱いから守れなかっただけだ!」
オフィーの口調が強くなる。そして、しばらく睨みつけたあと、「はぁ……」と目を閉じ、肩を落とした。
「昨日会ったばかりだから詳しくは分からんが、お前がこの会社に入ってから、いくつもの悪意にさらされてきたはずだ。それを感じずに済んできたのは、誰のおかげだと思っている?」
「そ、そんな…まだ入ったばかりだし、悪意なんて感じたことも…」
「本当にそうか? 例えばあの大谷って奴だ。何度も手を出そうとしていたが、守られていたから手が出なかったんじゃないのか? だから特殊な呪術まで使って強硬手段に出たんだろうぜ」
ふと思い出す。神戸氏が僕のブレスレットを見て、何か意味深なことを口にしていたことを。そして、このところ感じていた奇妙な変化——。
ずっとつきまとっていた孤独感を感じなくなっていた。
それに、毎朝、毎晩、一人でいるときにも、不思議な安心感があった……。
——もしかして、僕はすでに守られていた…?
「守られたいと願うなら、まず自分で守る力を身につけろ。守る力のない奴が、守られることばかり考えるんじゃない!」
彼女の言い方は、ぶっきらぼうに聞こえるが、彼女の優しさも伝わってきた。
何も返せない僕に、オフィーは続ける。
「自分を大切にできない奴を、守る者などいない。それを肝に銘じておけ!」
どこか遠くを見るような視線。彼女の声には、どこか重い響きがあった。
「さあ、前を向け! 次の獲物が来るぞ!」
反論する余裕もなく、僕は剣を握り直した。
その後は、ただひたすらゴブリンを狩り続けた。
洞窟の奥へ進むほど、奴らの数は増え、動きも力も段違いに強くなっていった。
一方、こっちも戦いのコツを掴みつつあった。
体が軽くなり、動きが鋭くなるのを感じる。
——これは、僕の力なのか?
「体が動けるようになったか? もしそうなら倒した奴らから吸収した魔素が、お前の体に馴染み始めた証拠だ」
ポーションを飲み、息を整えている僕に、オフィーがぽつりと言った。
オフィーは唇に指を当て、何か考え込むような仕草を見せる。
一瞬、ためらいを見せた後で、彼女は顔を上げ真剣な目で僕を見据えた。
「そうだな……、そろそろ試してみるか」
「試すって……?」
「お前の左手、調子はどうだ?」
彼女がじっと左手を見るので、僕は意識的に開いたり閉じたりしてみた。
「問題なく動いてるけど……むしろ、なんか調子いい気がする」
「だろうな。お前の左手首、大樹様の枝が混ざってるからな」
——え? 今なんて?
「前に言ったろ、触媒に使ったって」
オフィーはそう言って、僕の左手を掴む。その顔がやけに近い。
一瞬、手に口づけでもされるのかと手が震えたが、掴まれた手はびくともしない。
彼女の髪からバニラのような甘い香りがふわりと漂い、鼓動が早くなる。
こんな状況でも、彼女の美しさに目が奪われそうになる自分が情けない。
——近い、近いって!
「やっぱりな」
彼女がふと顔を上げ、今度は僕をじっと見つめる。
「やっぱり……なに?」
「左手をかざしてみろ。そして、意識をそこに集中しろ」
——なんで? そもそも何をどう集中しろって?
「いいから、ササっといわれたとおりにしてみろ」
そう言って彼女は僕の背後に周り、後ろから手を取り前に突き出す。
「手を広げろ。いいか、体の血と熱を左手に集中させるんだ。余計なことは考えるな」
耳元で囁かれ、思わず意識がそっちに行ってしまう。けれど、その瞬間——ゴン!
後頭部に鋭い痛みが走った。
「集中しなければ斬るぞ」
彼女の低い声に、僕は姿勢を正す。
——冗談じゃない。本当にやりかねない。
僕は、背中越しに伝わるオフィーの気配を頭から締め出し、左手に意識を向け、鼓動を手に送り込むイメージで集中した。
じんわりと熱が集まり始める。
そして、それが左手全体に広がり、まるで生き物のように絡みついていく。
目の前で、自分の左手が淡い緑の光を放ち始めた。それは徐々に枝のような形を取り、左手に絡みついていく。
——い、痛い!
今にも左手が張り裂けそうだ。
僕は思わず歯を食いしばる。
「私の力を乗せる。その動きに合わせて熱を放つように意識しろ!」
オフィーの声と同時に、手首からじんわりと熱が流れ込む。
それは脈を打つように左手へ広がり、外へ押し出される感覚がした。
「いくぞ!」
彼女が低く呟いたその瞬間、左手がひときわ強烈な緑の光を放つ。
そして、——絡まった力が解放される。
眩い光が洞窟内を一瞬で満たし、光の束は轟音を伴い壁へと直撃する。
直後、洞窟全体が揺れるような振動が走り、壁が粉々に崩れ落ちる。
立ち込めた土埃が視界を覆い、あたりはしばらく轟音に包まれた。
やがて音が静まり、土埃が薄れていくと、目の前には見事にえぐり取られたような洞窟の壁が現れる。
「 「すごい……」 」
僕とオフィーの声がハモり、洞窟内に静かに響いた。
その場の空気が、ほんの少し熱を帯びたていた。
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