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第3話 一緒に働きましょ!


「で、どうかな?」


 唐突に聞かれ、僕は思わず固まった。


 ——どうって、言われても‥‥‥?


 社長直々のスカウト。普通なら嬉しい話だ。

 でも、この会社、どう考えても怪しい。まともじゃない。


 流されるまま生きてきたけど、これは無理。


「あのー、お言葉はありがたいんですが、正直言って‥‥‥」

「だめですっ!」


 彼女はピシッと姿勢を正して宣言する。


「……ごえんりょ…」

「だめですよ!」


「‥‥‥」


「一緒に働きましょ! ね!ね!」


 そう言うと、ポケットからメモを取り出し、読み上げ始めた。


「わが社には、あなたの力が必要なんです。あなたの培った技術や能力をぜひ当社で生かしていただけませんか」


 まるでネット求人のテンプレ。

 しかもメモをガン見しながら棒読み。


 言い終わると、彼女は重大ミッションを終えたような満足げな顔をした。


 ——いや、全然心に響かないんだけど。


「とってもありがたいのですが、正直言って、この仕事が僕に勤まるとは思えません」


 今度は邪魔されないよう早口で言い切る。


「えー、まだ仕事の内容も説明してないのになんでわかるかな?」


 説明してないって……さらっと自分で言っちゃったよ。


「じゃ、こっちに来てください」


 そう言うと彼女は席を立ち、奥のドアを開けスタスタと歩いて行ってしまう。


 仕方なく彼女の後を追う。


 超マイペースなんだな……と改めて実感した。


 ドアの向こうには螺旋階段があり、彼女はそのまま上っていく。


 階段を上がると、さっき見た木が見渡せるフロアに出た。


 四方を壁に囲まれた空間は、まるで巨大なビーカーを逆さまに置いたようだった。


 中央には、天井に届きそうなほど巨大な樹。

 根元には見たこともない花が咲き、幹には神秘的な模様が走っている。


「素敵でしょ? 私たちの仕事は、この場所を守ること。それだけ。簡単でしょ?」


 彼女の言葉に耳を傾けながら、僕は目の前の光景に圧倒されていた。


 四方をガラスに囲まれたその空間は、別世界に迷い込んだかのような静寂と独特な空気に満ちていた。


 中央にそびえるあの巨大な樹が、最初に見た時より神々しく見える。


 天井から降り注ぐ光が幹や葉を包み、葉が揺れるたび、床に光の波紋が広がる。


 まるでこの樹が自らの意思で呼吸しているかのようだ。


「この樹はとても強いけれど、とても弱い。そして、かけがえのないもの。私たちはそれを守る必要があるの」


 そう言って彼女は、ゆっくりとニット帽を脱いだ。


 白銀の髪の間から、先のとがった耳が覗く。

 それはまるで、ファンタジーの世界に出てくる——…。


「エルフ‥‥‥!?」


「はい、正解。私はエルフです」


 風もないのに、彼女の白銀の髪がふわりと揺れる。

 細い髪の一本一本が光を反射し、淡く輝いていた。


 ほんのりと森の香りが漂う。

 どこか懐かしい匂いだ。


 コバルト色の瞳は深みを湛え、静かにこちらを見つめている。


「エルフに会うの、初めてですか?」


 ——そりゃ、そうでしょう……


「……初めて、会いました」


「だよねー。でも、これからはいっぱい会えると思うよ」


 彼女はにっこり笑い、「じゃあ、事務所に戻りましょ!」とドアを開ける。

 そして階段を下りながら、歌うように言った。


「契約! 契約!」


 ……いやいや、ちょっと待てって。



 事務所に戻ると、彼女はどこかへ消えた。


 残された僕は、テーブルに置かれたカップに口をつける。

 さわやかな緑の香りが広がり、ふっと肩の力が抜けた。


 二口、三口と飲みかけたところで、彼女が戻ってくる。

 手には、小さなプラスチックの箱。


「これは?」


「名刺ですよ。この世界の会社ではみんな持ってるでしょ?」


 そう言って、彼女はテーブルのカップを手に取る。

しかし空っぽなのに気づくと、「君もお替りする?」と訊ね——僕の返事も待たずに出ていった。


 箱の開けると、アイボリーの厚紙に『梢ラボラトリー株式会社』と記され、その下に営業管理部として僕の名前が印刷されていた。


「いつの間に‥‥‥」


 すると彼女がポットを手に戻り、僕のカップにお茶を注ぎながら言う。


「さっきね、妖精ちゃんたちが作ってくれたの」


 ——妖精って…。


「妖精はみんなこういうの作るの得意だからね」


 ——名刺を作るのが得意な妖精って…。


 僕は姿勢を正し、伝えた。


「名刺をすぐ作って下さったのは大変ありがたいのですが、まだ雇用条件もお聞きしてませんが」


「お給金のこと? 普通だよ」


「普通って…」


「普通です! それに、他もぜーんぶ普通!」


 腰に手を当て、ドヤ顔の彼女。


 ……可愛いけど、なんかイラつく。


 ずっと思ってたけど、この人、完全に常識がバグってる。


「『普通』って言えば済むと思ってません?」


「え! だめなの?」

 彼女はガバッと前のめりになる。


「驚くところ‥‥‥ですか?」


「『普通でいいんだよ』ってガンちゃんが言ってたのに……」


 ガンちゃんって誰だ?


「ま、そこはガンちゃんに任せるとして——」


 だから誰だよ。


「明日も来られる?」


「えーと……」


 口ごもる僕の返事を待たずに、彼女は言い切った。


「はい! じゃあ明日の9時にまた来てね!」


 そして、ニコッと笑いながら手を差し出してきた。


 僕は——つくづく押しに弱い人間だと思う。

 いつもこうやって流されて、間違えるんだ。


 分かってる。分かってるけど……。


 差し出された手を握り返すと、彼女は満面の笑顔を浮かべた。



 こうして、僕は『梢ラボラトリー』に入社することになってしまった。



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