第29話 ダンジョン?
ダンジョンといえば、ファンタジーの世界に登場する、冒険の舞台だ。
化け物が跋扈し、冒険者たちが挑む階層状の空間。
さっきから耳にするこの声も、さては化け物のものか?
「ここはまだ浅い層だから、大したモンスターはいない。鍛えるにはもってこいだろう」
「いやいや、慣れるも何も、僕は剣すら持ったことがないんですよ、オフィーリアさん」
僕は、彼女の前に出て訴えた。
「オフィーでいい。戦いの場で敬称は不要。私をフルネームで呼ぶ暇があるなら、剣を振れ。‥‥‥ほら、後ろだ」
振り返ると、そこには緑の肌をしたバケモノ……、こいつ漫画やアニメで見たことが……ゴブリン!。
化け物は棍棒を振り上げ、僕に襲いかかってきた。
僕はとっさにオフィーを突き飛ばし、そのまま自分も頭を抱えて地面にダイブする。
頭の脇に棍棒が振り下ろされ、鈍い音を立て地面がへこんだ。
僕はそのまま体を起こし、背中にかかった重みごと跳び起きる。
軽くなった体を感じて振り返ると、ゴブリンは突き飛ばされた勢いで壁に叩きつけられていた。
「うわーーーー」
思わず叫び声を上げながら、僕は手にした剣をゴブリンに振り下ろす。
何度も、何度も。
「もういい! それ以上やると剣がダメになるぞ!」
オフィーが僕の手を掴んで止めた。
目の前の化け物は、緑色の液体をまき散らし、ずたずたに切り裂かれていた。そして次の瞬間、体中から光る粒子を放ちながら消えていく。
その粒子の一部が、僕の体に吸い込まれていくような感覚があった。
「何なんですか! 今の化け物。一体何なんですか!」
「落ち着け。たかがゴブリンだ、騒ぐな」
オフィーは冷静に微笑むが、僕の興奮は収まらない。
「ゴブリンって、化け物じゃにですか! そんなの本当にいるのか……」
「何を言っている。いるに決まっているだろう? 今、貴様も殺したろ?」
オフィーはあきれたように言い放つ。
「そして、お前はこれからそのゴブリンを何百匹も倒すことになる。安心しろ。モンスターは、ダンジョンの魔素が凝り固まって生まれた存在で、我々が考える生物とは全く異なるものだ」
そして、彼女はニッと笑い剣を僕に向け言った。
「それでも――やらなきゃやられる」
短く、きっぱりと言い切る彼女に、僕は返す言葉を失う。
「なぜ、こんなことを?」
おずおずと尋ねる僕に、オフィーは淡々とした声で答える。
「さっきも見ただろう。奴らを倒せば倒すだけ、お前は崩壊した魔素を吸収して強くなれる」
そして、オフィーは洞窟の奥に視線を向け続ける。
「そして、強くならなければ、自分すら守れないんだ。自分を守れない奴が、自分以外を守れるわけがないだろう。お前は強くなる必要があるんだ」
彼女の言葉には、重さがあった。理屈ではわかる。けれど、戦う覚悟なんて僕には――?
「おい、ぼさっとするな! 今度は二匹来るぞ!」
オフィーが僕の肩を掴み、前にグイッと押し出す。
その瞬間、暗闇の奥から、棍棒を振り上げ、不快な声を上げながらゴブリンが走り出してきた。
「剣を構えろ! 死にたくなければな!」
よくわからない。分からないけど、ひとつだけ確かなのは――やらなきゃやられるってことだ。
目の前に迫った化け物に向け、僕は剣を振り下ろした。
だが、ゴブリンはあっけなくそれを躱し、反対側から鈍器で僕の背中を叩きつける。
息が止まる。その衝撃と痛みで、崩れ落ちそうになる。
——ふざけんな!
振り向きざまに剣を横に薙ぐ。
剣先が、ゴブリンの腹を切り裂き、緑色の液体が飛び散った。
今度は、背後に殺気を感じ、体を横にずらしながら振り返る。
もう一匹のゴブリンが棍棒を振り下ろす直前だった。
僕は咄嗟に剣を突き出した。その剣先がゴブリンの腹に深々と刺さる。
すかさず剣を横に引き抜き、同時に蹴り上げる。
剣に勢いよく引き裂かれ、ゴブリンは崩れ落ちた。
「やるじゃないか」
後ろで腕を組んで立っているオフィーが、半笑いで僕を見ている。
——こいつ、本当に僕を助ける気があるのか?
「安心しろ! 死なない限り、何とかしてやる。 存分に戦いたまえ!」
彼女は両手を広げ軽い調子で言う。
僕は思わず奥歯を噛み締める。
どうにか生き延びたが、この調子では命がいくつあっても足りない。
息が上がり、剣を握る手がジンジンと痛む。汗で柄が滑りそうだ。
「おい、休んでる暇なんて無いぞ! ほら、また一匹来た!」
剣を向けて振りかぶるが、震える手から剣がすっぽ抜けてしまう。
目の前のゴブリンが棍棒を大きく振り上げる。
――殴られる!
その瞬間、大剣がゴブリンを真っ二つに引き裂いた。
「だから休むなと言ったんだ。ほら、これを飲んで剣を構えろ!」
彼女が小瓶を投げてよこす。
慌てて受け止め、小瓶を見ると、中には鮮やかな緑色の液体が揺れていた。
「会社で作った体力回復薬だ。いわゆるポーションな! 製造コストは安いし、いくらでもあるから、思う存分戦えるぞ!」
満面の笑みで親指を立て、ウインクするオフィー。
――これが命のやり取りをしている最中の顔かよ。
僕は呆れながら小瓶の蓋を開け、液体を一気に飲み干す。
口の中に広がるのは、意外にもさっぱりとしたミントのような味だった。
体の奥からじわじわと力が湧いてくる感覚に驚きながら、僕は再び剣を握り直した。
——やらなきゃヤラレル! 逃げ場なんてないんだ!
僕は腹の底から息を吐き出し、両手で剣を握り直す。
後ろでは、「楽しくなってきたな!」と嬉しそうに目を輝かせて、ケラケラ笑うオフィーの声が聞こえる。
——だから! こっちは命のやり取りをしてるって―の!
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