第27話 ピンク亭惨劇①
社長とそんな会話をしていると、さっきの女性が事務所に入ってきた。
「オフィーリアちゃん、お疲れ! 朝トレ終わったの?」
「ああ、あそこでやると力がみなぎるようだ。実に清々しい」
そう言いながら、彼女は僕の存在に気づき視線を向ける。
金色の瞳が鋭く射抜くように僕を見つめる。
「セーシア、この男が新しい仲間か?」
聞き覚えの無い名前に僕は戸惑う。
——セーシア? オフィーリア? 誰?
「森川くん、そういえばまだ名前を教えてなかったわね。セーシアは私の本名よ。で、彼女はオフィーリア。わが社の社員だよ」
「社長の、あっちの世界の名前ですか?」
——ある意味、それが本名ってことか。
「彼、いい子でしょ? こっちの世界の人間なのよ」
社長が僕を紹介すると、剣持陽子——いや、オフィーリアは「ふーん」と興味なさげな声を漏らしながら、爪先から頭の先まで僕を眺めた。
「お前、剣を持ったことはあるのか?」
——剣? いやいや、そんな経験あるわけないでしょ。
「ないです」
——そもそも、剣なんて持ってないし。
「フン。剣も握ったことがないだと? そんなことでは何も守れないだろう。どうやって大樹を守るんだ?」
「オフィー。こっちの世界では剣を持って戦うことなんて今はないのよ。前も言ったでしょ? こっちでは銃とか爆弾とか……ねえ、森川くん?」
——銃? 爆弾? それもないですってば!
「どのみち森川くんは営業管理だから戦う必要なんてないわ。それに、守護妖精もいるしね」
——守護妖精?
「とにかく、まずは仕事を覚えてもらう段階なの。今日も収穫してくれたのよ」
社長がそう言いながら僕に向かってウィンクする。
「取引先にも行ってもらう予定だからね」
「と、と、取引先だと!」
オフィーリア、つまり剣持さんが叫び声をあげた。
その勢いに僕も社長も驚き、思わず体をビクッと震わせる。
「お前、取引先に行くのか!まだ新人のくせに!」
剣持さんが僕の肩を掴み、容赦なく揺さぶる。
「行きますけど……それが何か?」
「よし。では私も同行してやろう!」
同行って……どうして?
「あー、オフィーはこっちの食べ物が好きだからね」
社長は肩をすくめ、呆れたように笑う。
——なるほどね、そういうこと。
「一応、喫茶こかげには行く予定ですが……」
「こかげの唐揚げか。それはいいな。他には? ピンク亭には行かないのか?」
——ピンク亭?
「ピンク亭は駅裏にあるラーメン屋さんだよ。美味しいよ!」
この会社、ラーメン屋さんとも取引あるのか?
「ラーメン屋さんに何を売ってるんですか?」
「ちょっと待ってて、今用意してくるから」
そう言うと、梢社長はスタスタと事務所を出て行ってしまった。
「じゃあ、私も準備してこよう!」
剣持さんまで慌ただしく事務所を出て行く。
何がどうなっているのか、呆然としていると、服の袖を引っ張られ振り返ると、サブリナが、PCの画面を見つめたまま器用に僕の服を掴んでいる。
「ラーメン食べに行くならついてくからな!」
どうやら、昨日に引き続き、今日もまた皆でお出かけらしい。
その後すぐ、梢社長が手桶を持って事務所に戻ってきた。
「これ、にんにく‥‥‥ですか?」
「そうそう、先週頼まれてたんだけど、森川くんの入社でバタついてて忘れちゃってたのよねー」
「納品!納品!」と騒ぐ社長に促され、僕らは車に乗り込んだ。
▽▽▽
車内では、オフィーリアさんとサブリナが楽しそうに会話している。
——ジャージ娘とスウェット娘。
服装以外は、全く気が合わなそうな境遇の二人だけど、どうやらラーメン談議で意気投合したらしい。
熱心にトッピングやスープの話題で盛り上がっているのが微笑ましい。
車は駅前の線路の高架を潜り、北口通りに出て右折。しばらくして、見えてきたのは、全面ピンク色の店、しかも朝からネオンが目に染みる。
小さな看板には「ピンク亭」と書かれているが——
——これ、ラーメン屋か?
その派手な外観からは、ラーメン屋だとは到底思えない。けど、社長が「ここだよー、奥の駐車場に停めてー」と言うので、指示に従い車を裏の駐車場に停めた。
意外にも駐車場はほぼ満車。
まだ昼前だというのに、この店の人気ぶりが伺える。
車から降りたオフィーリアさんが大きく腕を伸ばして体をほぐしている。
どうやら彼女は、じっと車に乗っているのが苦手らしい。
「こっちの世界はモンスターもいなくて退屈だが、食べ物だけは最高だな! ずっと食べたかったんだよ、ラーメン」
オフィーリアさんの輝く笑顔と言葉に、なぜか微妙な気持ちになる。
——腹ペコキャラ、なのか?
「腹減ったー。食べつくしてやるー!」
腹ペコキャラ1号のサブリナが店に駆け込んでいく。
——ホント、この子、小さいのにやたら食べるよな。
「タイショー! 納品に来ましたよー!」
梢社長が元気よく挨拶すると、カウンターの奥から顔を出したのは、裸エプロンにモヒカンの大将だった。
……いや、正確にはロンパンにTシャツを着ているが、それでも筋肉が主張しすぎて裸に見える。
「いやーん、梢ちゃんかよー! すっごい久しぶり!」
両手を広げて前に突き出しフリフリ振りながら、極太の裏声でそう言う。
——ウン。この人、要注意だな。
「タイショー! うまいラーメンいただきに来たぞ!」
「ヤッホー! ラーメン食いに来たよー!」
「いやーん、アオイさんにサブリナちゃんも久しぶり」
再び手をフリフリ、腰もフリフリ。
——確定。絶対要注意です。この人。
「タイショー! 大樹ラーメン4人分ねー! それと、うちの新入社員の森川だよー。よっろしくねー♪」
梢社長が注文のついでみたいに僕を紹介する。
——ハイ、ご配慮ありがとうございます。
軽く挨拶をしつつ、僕は持参したニンニクをカウンターに置いた。
「これこれ、助かるー♡」
タイショーはニンニクの入った籠を持ったまま奥に消えていった。
「あー見えて、タイショーの腕は一流だから味は間違いないよ!」
梢社長が小声で教えてくれる。
——“あー見えて”って、取引先様に失礼です!…まぁ分かりますが。
給水器から水を汲み、4人分をテーブルに運んだあと、空になったケースを片付けるため、僕は再び車に戻った。
バックドアを開けてケースを車内に放り込んだそのとき、背後に不穏な気配を感じた。
振り向くと、そこに立っていたのは大谷モドキだった。
そして、軽薄な笑みを浮かべながら言った。
「やあ、森川! 昨日ぶりだね」
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