第25話 レスキュー!ガンちゃん
岩田さんは部屋に入るなり、無言で僕の隣に腰を下ろし、神戸氏を睨みつけた。
「神戸氏、あなたがそんなに社交的だったとは驚きですね」
そう言うと、目の前のコップを手に取り、中身を一気に飲み干した。
——そ、それ、僕の……。
手を伸ばしかけたところで、岩田さんが「はぁん?」とこちらを睨む。
……はい、スイマセン。
そんなやり取りを見て、神戸氏が大笑いした。
「岩田さん。昨日の件でお疲れだと聞きましたが、今日は有給休暇じゃなかったんですか?」
呆れたような笑みを浮かべる神戸氏。
やっぱり昨晩はお疲れだったんだな……岩田さん、すみません。
それにしても、神戸氏が岩田さんのスケジュールまで把握しているのがちょっと怖い。
「あなたが余計なことをしなければ、私は今頃のんびり晩酌でしたよ」
「いやいや。30年ぶりに梢さんのところに新入社員が入ったんですから。軽くご飯でもって思っただけですよ」
「……食事ね。それで何を吹き込んだ?」
岩田さんの声は低く、怒りを隠そうともしていない。
けれど神戸市は、肩をすくめて余裕の笑みを浮かべた。
「我々と森川くんの“関係”について、少し話しただけですよ」
「関係、だと?」
岩田さんの目が鋭くなった。
「新人の彼に一方的な情報を話すのはフェアじゃないだろう!」
岩田さんは語気を強めると、勢いよく立ち上がり、僕の肩を軽く叩いた。
「行くぞ、森川くん」
そう言い残し、岩田さんは部屋を出て行った。
僕は慌てて立ち上がり、神戸氏に一礼する。
「また一緒に食事しましょうね」
神戸氏は満面の笑みで手を振った。
なんとも言えない気持ちで、僕は岩田さんを追いかけた。
一階に降りると、詩織さん、淳史くん、サブリナが心配そうに出迎えてくれた。
「モリッチ! 友達いないからってさ、相手くらい選べよなー」
——サブリナ、早速のディスリありがとう。
淳史くんがカウンター越しに声をかけてきた。
「大丈夫っすか? なんか変なこと言われたりしてないっすよね?」
——うん。今、サブリナに言われただけです。
「おーい、送ってくぞ」
店の出入口で、岩田さんが手を振っていた。
どっと疲れた体を引きずるようにして、店を出る。
そのとき、詩織さんがランチバッグを手渡してくれた。
「帰ったら食べてね」
ふわりと香る、唐揚げのいい匂い。気遣いが嬉しい。
▽▽▽
車に乗ると、岩田さんはすぐに切り出した。
「で、あの男と何を話した?」
隠すこともないので、神戸氏とのやり取りを正直に話す。
ただ、大樹にまつわる話の全てを言うのは、少し気が引けた。
けれど、気になることはやっぱり聞いてしまう。
「大樹の実を食べると、不老長寿になるって話……本当なんですか?」
岩田さんの目が鋭くなる。
「そんな話までしたのか?」
「ええ。『100年に一度、花を咲かせて実をつける』って」
まったく、あの男は……と、岩田さんは表情を曇らせる。
「そんな噂は確かにある。だが、真偽はわからない」
「岩田さんは、その実を食べたことありますか?」
「ない。花が咲いたのを見たことすらないよ」
—そりゃそうか。百年に一度のことだし。
「次はいつ花が咲くんでしょう?」
「わからんよ。100年に一度と言っても、あくまで“およそ”だからな。でも……」
「でも?」
「まあ、あまり本気にしてほしくはないんだが、数えでいけば――今年中に咲くとも言われている」
え、今年!? あと三か月もないんだけど……。
「それで周りもざわついてるってわけさ」
岩田さんはハンドルを握りながら、前を見据えたまま続ける。
「そこに森川くんの入社。勘繰るやつが出てきても不思議じゃない」
——30年ぶりの新入社員だしね。
「でも……僕なんかで本当に良かったんでしょうか」
つい、口をついて出た言葉だった。
この三日間で見聞きしたことは、想像を超えていた。
異世界とのつながり。政府機関。人類規模の秘密。
僕なんかが、そんな場所にいる資格なんてあるんだろうか。
「……僕なんか、か」
岩田さんが僕に視線を向け「また君は…」とつぶやいた。
「昨日から思ってたんだが、君、自虐的な発言が多くないか?」
——あ、やっぱり言われた。
「まあ、自分のことは自分が一番わかってるんで……」
別に同情されたくて言っているわけではない。
むしろ、自分のことは自分でよくわかっているつもりだ。
それが自虐的に聞こえるのも否定はしない。
僕のそんな気持ちを察したのか、岩田さんが続けた。
「確かに、君が特別優秀には見えない」
ストレートすぎる。
「でも、自分を下げすぎるのは、仲間をも否定することになるぞ」
え……?
「君が無能だと言えば、君と一緒に頑張っている人たち――例えばサブリナや詩織さん――その人たちの目も節穴ってことになる」
それは……考えたこともなかった。
岩田さんはふっと笑った。
「ちなみに今日、私に電話してきたのはサブリナだ。『モリッチが連れ去られる!』ってな」
ええっ……サブリナが?
岩田さんは照れくさそうに笑いながらアクセルを踏み込む。
「君は君らしくしていればいい。能力なんて後からどうにでもなる」
そして、ちらりと横目で僕を見る。
「……ちょっとウザかったか?」
僕は答えられず、窓の外の夜を見つめた。
けれど、心のどこかがじんわりと温かかった。
アパートの部屋に戻った僕は、そのままベッドにダイブした。
耳元で「おやすみなさい」と、誰かが囁いた気がした――気のせいかな。
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