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梢ラボラトリー(株) 世界樹の守護者って正気ですか!?  作者: 鷹雄アキル
第一章

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第24話 神戸氏、語る②


 それから神戸氏は、おとぎ話を語るような口調でゆっくり話し始めた。

 

 物語はこうだ――。


 広原町。

 この地はかつて、果てしなく広がる草原地帯だった。


 その中心には、1500年以上前からそびえる一本の大樹があったという。


 その大樹は、百年に一度、美しい花を咲かせ、神秘的な実を結ぶ。その実は万病を癒し、不老長寿すらもたらすとされ、人々はその奇跡を求めてこの地に集まった。


 やがて、大樹を囲むようにして小さな村が生まれ、長い時を経て町へと発展していった。


 しかし、今から千年前――。


 満月の夜、大樹の根元に突如として巨大な穴が開いた。


 そこから現れたのは、言葉では言い表せぬ異形の存在たちだった。

 彼らは大地を揺るがし、奇声を上げながら人々を喰らい、周囲を炎で焼き尽くした。


 辺りは火と絶望に包まれ、地獄の門が開いたかのようだった。


 村は蹂躙され、町は灰となり、異形の者たちが跋扈する無法地帯と化したのだ。


 事態を重く見た朝廷は、当時最強と謳われた武士、僧侶、陰陽師たちを集結させた。しかし、次々と湧き出る化け物たちの前に、彼らの力はあまりにも無力だった。


 討伐軍が次々に打ちのめされる中、時だけが虚しく過ぎていった。


 そして一月後、穴から今度は“人の姿に近い異界の者たち”が現れた。彼らは巨大な剣を携え、炎の術を操り、恐るべき力で化け物たちを次々と討ち滅ぼしていった。



 その圧倒的な力の前に、化け物たちは瞬く間に駆逐された。


 戦いを終えた異界の者たちは朝廷にこう告げた。


 「この地を禁足地とせよ」と。


 そして、二人の妖術使いをこの地に残して姿を消した。

 残された妖術使いたちは、“異界の管理者”として、大樹と異界の扉を見張るために定住した。


 それ以降、朝廷はこの地への立ち入りを禁じ、周囲には検非違使、すなわち警備隊を配置して監視を続けてきた。


 こうして大樹とその周囲は、“決して踏み入れてはならぬ地”として封じられた。


 だが、人の欲というものは抑えられるものではない。


 大樹が実をつけるたび、その恩恵を狙って人々が現れ、それを追うようにして異形の者たちもまた現れ、人を喰らった。


 それはまるで、甘い蜜に集まる虫を喰らう蜘蛛のようだった。

 

 悲劇は幾度となく繰り返された。


 時代が進むにつれ、大樹にまつわる事案に対応するため、古くからこの地を管理してきた者たちが集められ、政府による専門組織が発足した。


 特に地域の監督を担う者たちは、異界の管理者との調整役として『調停者』と呼ばれ、政府と連携しながら大樹とその禁足地を人々の欲望から守ってきた。


「そして、私たちが所属するこの政府機関――継案特務管局がその組織です」


 神戸氏は長く続いた話を締めくくるように、水の入ったグラスを持ち上げ、一口で飲み干した。

 

「ちなみに、既にお会いになったかと思いますが、弁護士の岩田さんは、代々この地の調停者を担ってきた家系の方です」


 僕は、神戸氏が語った話をすぐには飲み込めず、呆然と彼の顔を見つめていた。


「……そんな話、聞いたこともない……」


 神戸氏は僕をじっと見つめ、静かに告げた。


「これが、真実です。ただし、“化け物”や“不老長寿”といった現象をそのまま世間に出せるわけではありません。だからこそ、徹底的に隠されてきたのです」

 

 そう言って、彼は肩をすくめた。


「でも、それが本当なら、何かしら記録や伝承が残っててもいいはずです。誰も知らないなんて、不自然ですよ」

 

「歴史を完全に知る者など、この世にいません」


 神戸氏は穏やかに首を振り、口元に微笑を浮かべた。


「森川さん、あなたは“侍”をこの目で見たことがありますか? おそらく、ないでしょう。でも学校でそう習ったから、いたと信じている。――けれど、それは“本当にいた”という確証になるでしょうか?」

 

 僕は答えに詰まり、黙り込んだ。


「もちろん、これは極端な例えです」

 神戸氏は柔らかく笑って続けた。


「歴史というものは、常に真実を語るとは限らない。そして中には――語ることすら許されなかった歴史もある。忘れられたのではなく、封じられたのです」

 

「しかし……」

 反論しようとした僕を、神戸氏は手を挙げて制した。

 

「森川さん。あなたは、“エルフ”を信じますか?」


「エルフ……?」


 自然と、梢社長の姿が脳裏に浮かんだ。

 

「今では信じているはずです。でも、梢さんに出会う前は、ただのおとぎ話だと思っていたのでは?」


「……それは……」


 僕が言葉を濁すと、神戸氏はにっこりと笑った。


 ——そうだ。今でこそ梢さんや大樹の存在を目の当たりにしているからこそ、信じざるを得ないだけで、本心ではまだどこか現実感がない。


 けれど、あの大樹に触れたときの感覚。あの瞬間、確かに何かが“脈打つ”のを感じた。あれだけは、どうしても否定できなかった。


 そんな僕の様子を見て、神戸氏はさらに続けた。


「さて、森川さん。この話を聞いたうえで、それでも梢ラボラトリーで働かれるつもりですか?」


 神戸氏は、まるで僕を試すかのように目を細めた。


 僕は、戸惑いながらも、首を横に振ることはできなかった。


「……でも、今さらやめるわけにはいきませんよ」


「ご安心ください。森川さんが辞めたいと望むなら、私が手を打ちます」


 神戸氏はテーブル越しに身を乗り出し、低くささやいた。


「私は、あなたの味方です。どんな力でも貸しましょう」


 彼の言葉には妙な説得力があり、思わず飲み込まれてしまいそうだった。


「……だとして、僕は……何をすればいいんですか?」


 問いかけると、神戸氏はゆっくり背もたれに体を預け、目を閉じた。


「私はずっと考えていました。大樹が存在しなければ、こんな問題は起きなかったのではないか、と」


 ——大樹を……?


「どう思いますか?」


 神戸氏は真っ直ぐ僕を見つめた。

 その眼差しには、一切の迷いがなかった。


 その目の奥に、僕はたしかに“狂気”を見た。

 彼は本気でそう信じている。


 じゃあ、僕は――?


 考え込んだそのとき、階下から足音が響いた。


 そして次の瞬間、勢いよく扉が開かれた。


 そこに立っていたのは、息を切らした岩田さんだった――




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