表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/199

第2話 社員を募集


 背の高い木々に囲まれたその建物は、まるで、森の中に巨大な白い船が浮かんでいるように見えた。


 正面には植物のレリーフが施された重厚な鉄の扉があり、その扉を囲む部分だけがガラス張りで覆われている。


 扉の横には『KOZUE LABORATORY inc.』と彫られた金属の看板が掲げられている。


「こんなところに会社が……?」

 僕が呟くと、彼女は「綺麗でしょー」と振り返り釣鐘のように張り出したノブに手をかけ扉を開けた。


 彼女は微笑みながら手を振る。

「さ、どうぞ入って入って」

 そう言って、建物の中へとどんどん進んでいった。


 一瞬迷ったものの、急かされるように僕は中へ足を踏み入れた。


 建物の中は、白い壁に反射した柔らかな光で満たされ、森の木陰にいるような少しひんやりとした空気が漂っていた。


 高い吹き抜けの天井からは、明るい日差しがまるで無数の糸のように線を描きながら降り注ぎ、静けさの中に神秘的な雰囲気を作り出している。


 突然、後ろで「グワン」という重い音がして振り返ると、鉄の扉が閉まっていた。


 押してみたが、びくともしない。


 ——閉じ込められた?


 背筋がぞわりと寒くなる。


 前を向くと、彼女の姿が消えていた。

 代わりに、白い壁の一部が静かに閉まりかけている。


 慌ててノブを掴み、隙間から身を滑り込ませると、そこは四面が白一色で囲まれた広い通路だった。


 突き当たりには、大きな木の幹が見える。


 ——外に続いているのかな?


 誘われるようにその木の方へと歩いていくと、そこはガラスで仕切られた中庭のようだった。


 ガラスの向こうには、小さな公園が入りそうな広さがあり、中央にはまるで神話に出てきそうな巨大な木がそびえ立っていた。


 吹き抜けからは日光が降り注ぎ、巨木を照らしている。


 幹は重なり合ったように分厚く、脇には小さな小屋も見えた。


 樹皮には、よく見ると細かな模様のようなひび割れが走っていて、ところどころで苔が薄く生えている。


 枝葉は天を覆うように広がり、光が差し込むたびに緑色の輝きが揺れる。

 まるで、木の根元からは薄く光が立ち昇るように見え、それが大樹をまるで神聖な存在のように感じさせていた。


 ——なんだ、この木は。


 目を逸らすことができずに見惚れていると、後ろから声がした。


「おーい、こっちだよ!」


 驚いて振り返ると、白い壁の一部がドアのように開き、隙間から彼女が半身を覗かせて立っていた。


「ごめんね、迷わせちゃった? さ、こっちこっち!」


 彼女は手招きして、僕を部屋に招き入れる。


 ドアをくぐると、そこは一見、普通の事務所のようだった。


 昔ながらのスチールの机が四つずつ並んで、二つの島を作っている。窓際には大きな机が配置され、それなりに広い事務所。そんな印象だ。


 ただ、どこか不自然だ。


 時計は掛かっているが、針は動いていない。

 机の上には何も置いてなくて、部屋の隅には観葉植物が置かれているが、その植物は見たことのない形をしている。


「こっちだよー!」


 彼女の声に促され、事務所の一角にあるパーテーションで区切られたスペースに向かう。


 そこには、薄いグレーの二人掛けソファが二つ、ガラスのテーブルを挟むように置かれていた。


「そこに座ってー」


 彼女は僕にソファを勧め、ふと気づいたように「あ!お茶、出すねー」と言ってその場を離れていった。


 ——完全に流されてるな、僕。


 遠慮がちにソファに腰掛け、カバンを足元に置く。


 ソファの生地は柔らかな起毛が施されていて、意外に手触りは滑らかだ。ただ、座り心地はやや硬めだった。


「お待たせー」


 背後から軽やかな声がして振り返ると、彼女がトレーを持って現れた。


「はい、どうぞ」


 彼女は僕の前にカップを置くと、対面に座った。


 そしてカップを手に取って一口飲み、「ふー、落ち着く」と満足そうに息を吐き、ソファに深く体を預けた。


 彼女の様子を見ながら、ようやく僕は尋ねた。


「あの、ここって一体どんな場所なんでしょうか?」


「え。会社ですけど」


「会社って……」


 返答に詰まる僕に、彼女は笑顔を浮かべ言った。


「そっか、名前を言ってなかったね。私はこずえひとみです。この会社の社長してます。よろしくね!」


 そして、にっこり微笑みながら、大きな瞳でじっと僕を見つめてくる。


 微妙な間。


 ——これって、僕の名乗り待ちだよね……。


 なんか名前言うのやだな―、と思いつつ答える。


森川裕一(もりかわゆういち)といいます。ちなみに、今年で27歳になります」


 僕が名乗ると、彼女は満足そうにウンウンと頷きながら、またジッとこちらを見つめてくる。


 再び、微妙な間。


「えーと、実は、今、仕事を探しているんです」


「失業中ね」


「…ハイ。失業中です。ちなみに前職は文具関係の営業をしていました」


「へー、そうなんだー」


 彼女は大きく頷き、また僕を見つめてくる。

 彼女の眼圧がスゴイ。


 ——だから、なに?


 会社に入れてください、とでも言えばいいの?

 でも、勝手にここに連れてきたのは彼女だ。

 僕が望んで来たわけじゃない。


「で…、この状況は、どうなってるんですか?」


 僕の質問に、彼女——いや、梢社長は少し驚いた様子で眉を上げた。


「状況って? 君は失業中。私は社員を募集中。だから、今、面接をしています。以上です」


 屈託なく、まるで当然のように答える彼女。

 そしてにっこり微笑む。


「あの、まだ僕は‥‥‥」


「はいはい。この会社はねー、いろいろやってます」


「いろいろ?」


「はい。いろいろ」


「具体的には?」


「……園芸当番? とか?」


 そんな給食係みたいな言い方‥‥‥しかも疑問形?


 「そうねー」と、彼女は腕組みをして目を閉じ考え込んでしまった。


 僕はいたたまれずに、尋ねる。


「あのー、他に社員の方は?」

「今は、いないよ」

「いない?」

「うん、今は私一人。……かな?」


 ——だから、なぜ、疑問形?



お読み頂きありがとうございます!

ブクマークや、★でご評価いただければ嬉しいです!

何卒よろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ