第198話 そして、世界樹2号へ
──夜空の星が湖面に映りこむころ、宴は完全に“カオス”と化していた。
「いっけぇええええええーーーッ!! 異世界たこ焼きバトル開戦だー!!」
タイショーが、見たこともない魔獣タコを宙にぶん投げる!
そのタコを、岩田兄弟が両手でキャッチしながら太鼓を叩き、全力で叫ぶ。
「兄者! 我が鉄板を使え!」
「うぉおおおおおお!! 祭りだぁああああ!!」
火柱が上がり、爆音と煙があたりを包む。
「危ないからあああああ!!」
サブリナの鉄拳が炸裂。岩田兄弟が仲良く宙を舞った。
……もう、誰にも止められない。
完全に、宴の理性は吹っ飛んでいた。
ルオさんと冒険者チームは、焚き火のまわりで手をつないでぐるぐるダンス中。すでに酔いすぎて、誰が誰だか判別不能。
神戸氏は「この異世界ノリ……完全に国宝!!」と絶叫しながら、無限連写モードでシャッターを切りまくっている。
ツバサさんは畑から収穫した謎植物で、もくもくとサラダを作成中。
「ちょ、これ……発光してない!? しかも魔力、感じるんだけど!?」
「うん! でもドレッシングかけたらたぶん無害〜♪」
……いや、たぶんダメだろ、それ。
そのときだった。
「はーい! みんなちょっと注目〜!」
いつの間にか高台に立っていた梢社長が、謎のマイクを手に叫んだ。
「ここで発表がありまーす!」
ピタッ──。
全員の動きが止まった。太鼓の音も、油のパチパチ音も、空飛ぶドローンの羽音すら、まるで凍ったように沈黙する。
「我らが森川くん! このたび──」
ワクワクと待つ僕を尻目に、社長は高らかに宣言する。
「試用期間を終了して、正式に梢ラボに入社しまーす!!」
──ど。
どよめき、拍手、そして……
「やったじゃーん!」
サブリナが満面の笑みで僕に飛びついてくる。
「…………え?」
僕は凍った。
「ちょっ、ちょっと待って? 僕……今まで、試用期間だったの?」
「マジで!?」
「知らなかったの!?」
オフィーと詩織さんが口をそろえて驚く。
「え、ええええ!? ホントに!?」
僕が混乱していると、ツバサさんがぼそりとつぶやいた。
「ある意味、これまで全部“試用期間”だったって……どんだけブラックなの、ここ……」
「まあまあ、形式上ってやつよ〜! うち会社だから!」
さらっと流す梢社長。いや、それが一番怖いわ!
「でも、まだあるよ!」
「まだあんの!?」
「なんと森川くん──営業部長に昇進でーす!!」
「えええええええぇぇぇぇぇ!!??」
「試用期間終わって、即昇進!?」
「昇格スピードの概念が壊れてる!」
「てか“営業部”って、何を営業するの!?」
仲間たちがツッコミを連射してくる。
「すごいよモリッチ! 異世界ブラック企業の星!」
サブリナがウキウキで祝ってくれるけど、僕はもうパニック。
「いやいやいや、僕そんな器じゃ……!」
「だいじょぶ〜! うちの役職は“仕事が増えるだけ”だから〜♪」
軽〜く言う社長が、いちばんヤバい。
「これで森川も私と同じ“役付き”だな!」
オフィーが豪快に笑った。
「……ていうか、オフィーは何の役?」
「戦闘部長!!(ドヤッ)」
「なんだよその物騒な肩書!!」
「“戦闘”部だぞ? わたしひとりだけどな!」
「それ“部”じゃないでしょ!!」
「あら、営業も一人部長よ。プレイングマネージャー! かっこいい!」
「どんだけブラックなんだこの会社ーー!!」
──こうして、僕はなぜか昇進し、役職がつき、気づけば異世界企業の深みに足を突っ込んでいた。
一歩、また一歩と、戻れない領域へ。
でも、なぜか嫌じゃない。
この、賑やかで、めちゃくちゃで、温かい場所が。
▽▽▽
「それじゃ、正式に──」
梢社長がマイクを高く掲げる。
「森川部長、乾杯の音頭お願いしまーす!」
「え、僕!? 部長になったばかりで!?」
戸惑う僕の背中を、仲間たちがニヤニヤしながら押してくる。
焚き火の音、星空の光、料理の香り。
そして、みんなの笑顔。
あったかくて、まぶしくて、胸の奥がじんわり満たされていく。
僕は大きく息を吸って、声を張った。
「それじゃ……みんな、今年もいろいろあったけど──来年も、よろしく! かんぱーい!!」
「「「かんぱーーーい!!!」」」
グラスと笑い声が夜空に響く。
魔法の火花が舞い上がり、空に咲く花火。
誰かがギターらしき楽器を弾き、ツバサさんは魔法でパーカッションを打ち、オフィーはなぜか巨大な太鼓と格闘中。
岩田兄弟は「今度は焼きそばだ!」と叫びながら、謎の魔獣を串刺しにしていたし、
サブリナは僕のところへ来て──
「モリッチ、部長らしく威厳を見せなさい!」
「いや、無理だってば!」
神戸氏は「この瞬間、永遠に記録したい!」とシャッターを連射。
ツバサさんは発光植物で即席イルミネーションを制作中。
賑やかで、うるさくて、でもあたたかくて──
この時間が、ずっと続けばいいのに。
僕はそんなことを思いながら、夜空を見上げた。
──そのときだった。
「──失礼いたしますッ!!」
静寂を破ったのは、大樹卿の従者だった。
全力疾走でやってきて、息を切らしながらルリアーノさんの耳元に何かを囁く。
「っ……!」
彼女の表情が凍りつく。
すぐに、大樹卿の元へと駆け寄り、密談。
緊張感が、あたりに立ちこめる。
「な、なに? どうしたの?」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
梢社長が尋ねると、ルリアーノさんが小さく告げた。
「……2号大樹に、問題が起きたの」
「に、2号?」
「世界樹って、他にもあるんですか?」
ツバサさんの問いに、大樹卿がゆっくりと立ち上がる。
「世界樹はのう──今のところ、全部で八本あるんじゃ」
──空気が、止まった。
「……そんなに、異世界が……?」
言葉を失う僕。
「ちなみに、おぬしらの大樹は3号じゃ」
あー、なんか言ってた気がする。
「で、2号ってどこにあるんです?」
「いやいや、2号は──おぬしらの世界の世界樹じゃぞ?」
「えっっっ!!???」
一同、総絶叫。
「どこじゃったかのぅ……ラ、ラ……」
大樹卿が腕を組んで考え込む。
「ら?ラオス!?」「やっぱインド、チベット方面じゃない?」「いや、人類発祥のアフリカ大陸でしょ!?」「いや、やっぱユグドラシル発祥地のスカンジナビアでしょ?」
ツバサさん、サブリナ、はじめ、神戸氏や岩田さんの憶測が次々たたみかける。
「なんじゃったかのー、ラピ●タ?」
「それ空のやつーーー!!」
その瞬間、全員がツッコんだ。
「──思い出した! ラスベガスじゃ!」
その一言が、夜空に大爆発。
「よりによってラスベガス!?」
「ネオンとカジノの街に世界樹!?」
「枝にスロットマシンぶら下がってそう!」
もうツッコミが止まらない。
だが、大樹卿は満足げにうなずき──
「のう、森川よ。急いで行ってくれ」
「……はあああああああ!?」
箸を落としそうになった僕。
「ちょ、なんで僕が!?」
「おぬし、大樹の守護者じゃろ?」
ニヤリと笑う大樹卿。
「試用期間も終わったしな〜」
「役職持ちだし、しかたないか〜」
「営業部長だしね! 頑張って森川くん!」
全員が他人事モードで盛り上がってる。
「なんで営業部長が世界樹守るの!?」
「はじめての出張ってことでいいんじゃない?」
梢社長が爽やかに笑う。
――なんか、"初めてのお使い"みたいにサラッと言わないで!!
「僕、海外行ったことないし、パスポート持ってないし」
「それならお任せを! 私が全手配します!」
神戸氏がどや顔。
「観劇もカジノも会社負担〜♪ 私も行こっかな〜」
「サブは指名手配だから入国ムリだろ」
岩田さんの鋭利なツッコミ。
「ガーン! そ、そうだった!」
「じゃあ私が護衛で一緒にいこうか。昼飯は森川のおごりでな!」
「剣は持ち込めませんよ」
神戸氏がさらっと釘を刺す。
「ガーン! そ、そうなのか……」
「仕方ない。常識人枠の私が同行します」
「いや、ドン殿下は一般常識ない側だから」
詩織さんのジャストな指摘。
「ガーン! そ、そんなばかな!」
──はい。梢ラボ社員、全滅。戦力にも常識にも不安しかない。
「もう……ブラックとかそういう問題じゃない……!!」
──かくして。
僕の「初めての出張 in ラスベガス」は、なぜか即決された。
本当に世界樹があるのか。
それともただの、地獄のネオンバカンスなのか。
──今の僕には、知る由もなかった。
次回199話(19日公開予定)、最終話となります。