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第197話 旅路の果ての忘年会


 透き通る湖面の向こう、白銀の山々が静かにそびえていた。

 朝日を受けてきらきらと輝く水面。鳥のさえずり、木々のざわめき、頬を撫でる澄んだ空気。


 ……うん、たしかに。ここ、めちゃくちゃキレイだ。


「ね? すばらしいでしょ? この辺り、静かで、実に──穴場ですよね〜。ちなみに、付近の魔獣は私が責任をもって一掃しときました」


 ドン殿下が最高の笑顔で、優雅にお茶をすすめてくる。


「ええ、まあ。ここにたどり着くまでは、地獄みたいな移動でしたけどね……」


 振り返ると、ワヤワヤと車から荷物を下ろしている梢ラボの面々が見えた。


 ……そう。ほんとに地獄だった。


 なんせ、異世界とはいえ、移動手段は──車。


「ジャジャーン! これが異世界仕様の車、SUVとワゴンです! 細かい改造もバッチリでーす!」


 出発時、神戸氏が鼻息荒く披露してきたのは、ピカピカのSUVと大型バン。


「どうせ、盗聴器とか追尾装置とか仕込んでんでしょ」


 サブリナがジト目で疑うと、「まあまあまあ」と神戸氏は目を逸らした。


 ──で、しっかり仕込んでた!!


「これでちゃんと異世界に連れてってくださいよ? 高かったんですよ?」


「大丈夫大丈夫〜。転移設定済みだから!」


 ……転移設定済みって、何? いや、わかるようでわからん。


 まぁ、細かいことは気にしないでおこう。


 とにかく、梢社長が“おねだり全開モード”で、冬タイヤやサスペンション強化など細かくカスタムを要求していたのは確かだ。


「これ、夏タイヤもちゃんとお願いね〜」


「またおねだり!?」


「いや、季節の変化に備えてだよ? 事業主として当然だよ〜」


「矢吹さん、ほんとすいません……無理させちゃって」


 僕が思わず声をかけると、バンの後部ハッチで作業していた矢吹さんがにこっと笑った。


「いえいえ。異世界に行けるなら、こんな程度なんでもないです」


 その後ろで、神戸氏がぽそっとつぶやく。


「矢吹の実家、日本有数の総合商社ですからね……月のお小遣いで買えちゃいますよ」


 ──まさかの、お嬢様だった!!


 ……この人たち、ほんとに謎人材すぎない?


 


 やがて、続々と仲間たちが集まってきた。


「ねぇねぇ、そっちまだ詰める? こっちは焼き台と薪がっつり持ってきたよー!」


 ズルズルと荷物を引きずって現れたのはタイショー。背中には巨大な寸胴鍋。


「まだいけます! 屋根にも積んじゃいましょう!!」


 淳史くん! 新車だよ! いきなり扱い荒くない!?


 


「ちゃんと唐揚げ、仕込んできたよな?」


 荷物チェック中のオフィーが詩織さんに声をかける。


「大丈夫だよ〜、下味バッチリ! ……あ、でもそれより見て見て〜!」


 詩織さんがドヤ顔でバッグから取り出したのは──


 ビジュー煌めく、布面積がやたらと少ない服。


「異世界仕様〜! 冒険者コスチューム!!」


「却下ッッッ!!!!」


 即答で叫ぶオフィー。


「こんなの着て、魔獣でも虜にする気か! 露出多すぎだろ!!」


「いーじゃんいーじゃん! 忘年会だし〜!」


「戦場じゃなくてよかったよほんと……」


 


 その横では、岩田兄弟が何やら荷物をごそごそと広げていた。


「うぉっしゃ! 兄ちゃん、太鼓よし!」


「いくぞ弟よ! 異世界太鼓ショーのはじまりだ!!」


「なんで持ってきた!?」


「文化交流! 交流だから!」


「俺たち以外いないからな!? 誰に届けるんだよ!」


「え、巡業しないのか?」


「勝手に流浪してくれ!!」


 ……頭が痛い。すでに情報量が多すぎる。


 


「ねぇ見て見て〜! 野菜たくさんとってきたよ!」


 畑から帰ってきたのはツバサさん。いつものマイペースで、冬野菜がぎっしり詰まった籠を掲げて、ムフー!と誇らしげ。


「いいじゃんいいじゃん」とサブリナ。

「おいしそうね」と梢社長。

「この真冬に、なんで豊作?」と僕が突っ込むと──


「昨日、大樹にお願いしといたら、今朝すごいできてたの!」


 ……可愛い。けど、そんなことで大樹の力使っていいのか!?


 


 さて、あれから僕たちの関係はどうなったかって?

 ──なにも、変わってない。


 相変わらず普通に会って、普通に話して、なんとなく距離は近い。


 でも、特別には……なっていない。たぶん。


「おーい、ヘタレ!」


 サブリナが笑いながら手を振ってきた。……いや、あだ名が雑すぎない!?


 唯一変わったのは──


 ツバサさんの兄、岩田さんの視線が、なぜか鋭利になったことくらいだ。



▽▽▽

 

 「タイショー、麺打ちは任せろ! 三日間の修行の成果、今ここに!!」

 ビシッとサムズアップするオフィー。


「任せたわよ〜!」

 異世界でも裸エプロン(なぜ!?)調で筋肉を誇示するタイショーも、満面の笑みで親指を立てた。


 ……いや、不穏な画力すごいなこの二人。


 一方その頃。梅さんやルオさんたち冒険者組は、黙々と焚き火や料理スペースの設営をしてくれていて──かと思いきや。


「やっぱ、あっちのビールはうめーよな!」

「飲みすぎないでよ? 酔い覚ましの魔法、かけないからね!」

「俺、チューハイもらってくる〜」


 ──すでに全員ほろ酔い!? 顔、真っ赤じゃん!!


 準備が進むなか、湖畔はどんどん賑やかになっていく。


「うおおぉぉ……! すごいすごいすごい!! これが異世界ですねーーーッ!!」


 誰よりもテンション高く叫んだのは、神戸氏。

 手には巨大なカメラ、肩にはレンズバッグ、腰には三脚とドローン──もはや武装。


「この山の稜線……この光の屈折……はい、異世界確定!! エーテル光の反射値、実に興味深い!!」


 ──なにと戦っているんだこの人は。


「社長、こっち向いてー! はい! 異世界満喫スマイルください!」

「はーい♪ こう? この角度? それともこっち?」

「完璧っす!! 冬タイヤのアングルも神です!! これ、広報に使えます!!」


 ……え、なにその広報。どこに出す気?


「矢吹ー! ちょっとポーズくださーい! “総合商社の本気”って感じで!」

「えぇ!? ちょ、こんな泥まみれの格好で……!」

「むしろそれがいいんです!! リアル! 現場感!!」


 シャッター音が鳴り響く。

 空撮、スライダー、手持ちジンバル。神戸氏の異世界撮影会は、もはやプロレベル。


「完全に観光地きた外国人だな、あれ……」

 モモを抱きかかえながら、サブリナが呆れ声でつぶやいた。


「異世界はね、記録が大事なんですよ……! 我々で、パンフレット作りますから!! モモちゃん、ピース!」

 モモは無表情でピース。その周囲をドローンが旋回。……ちょっとした事案だよこれ。


「誰に配るんだよ……」


 ともかく、神戸氏の暴走のおかげで、場の雰囲気は完全に"観光地"モードに突入していた。


 

「よーし! 全員そろったかなー!!」


 梢社長が、どこからか取り出した謎のマイクを手に叫ぶ。


「さあ、焼くよー! 異世界忘年会、開幕〜〜〜!!」


「いよっ、社長ーー!!」


 誰かの掛け声を合図に、次々と火が灯る。

 ジュウッという肉の焼ける音。ぐつぐつと煮えるスープ。

 香ばしい匂いに、笑い声と乾杯の声が重なる。


 ──ついに、宴がはじまった。


 ……しかし、「焼くよー」から始まる忘年会って、前代未聞すぎる。



「異世界ラーメンよぉ〜〜!!」


 寸胴鍋をかき混ぜながら叫ぶタイショー。


 その背後で、オフィーが冷静に言い放った。


「お前、まだ麺打ち終わってねぇからな!?」


 

▽▽▽


 そんな賑わいの中、静かに現れたのは──白い魔動車。

 乗っていたのは、大樹卿とルリアーノさんだった。


「なんじゃ、もう始めとるのか? 我慢できんやつらじゃの〜」

「はは、まぁまぁ。早い者勝ちってことで」


 二人とも手に差し入れのカゴを持ち、本気で楽しむ気まんまん。


 


「やあやあ、みんな元気にやってるかー!!」


 さらに、その後方から威風堂々とした声が響いた。


 そこにいたのは──


「ドン殿下のお兄さん!? ロイマール皇国の現・国王……!」


「ガゼットである!!」


 王様は両手を広げ、満面の笑みで叫んだ。


「余も混ぜろぉぉぉぉぉ!!」


 ──いやもう、王様ノリ軽すぎ!!


 こうして、僕たちの異世界忘年会は──

 なんかもう色々すごすぎるメンツで、にぎやかに、そして盛大に幕を開けたのだった。



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