第190話 イブの夜は銃とともに
サブリナが中空に向かって手を振る姿は、まるで雨乞いの踊りでもしているかのようだった.
その足元では、モモが猛スピードでキーボードを叩いている。
まるで長年連れ添った姉妹のように、二人の動きは完璧にシンクロしていた。
すぐ脇では、神戸たち継案局のメンバーが車両の配置を変え、銃器を運び、着々と戦闘準備を進めている。
「来いよ……片っ端からぶっ潰してやる」
オフィーリアが大剣を構える。月光が刀身に反射し、静かに、鋭く輝いた。
続いてドン殿下、ルオ、梅さんも剣を抜く。
並び立つ四人の剣士。その姿は、まさに決戦前夜の騎士団だった。
星の光さえ届かぬ闇が空を覆い、森の奥に潜む"何か"の気配が肌を這う。
十二月の夜は重く、冷たく張り詰めていた。
しかし、誰一人として寒さに震える様子はない。
むしろその身体からは、白い湯気が立ち上るほどに熱を帯びた戦意が漂っていた。
時刻は23時を回り、まもなく日付が変わる。クリスマスイブが始まる——。
「まさか、ここでイブを迎えるなんて思わなかった……」
詩織がぽつりと呟く。
その声には、疲労と――どこか諦めにも似た響きがあった。
「みんなでパーティしようって言ってたのに……森川君がいたら、きっと『そういうこと言うとロクな目に遭わんから』って笑い飛ばしてたよね」
言いながら、詩織の声が震える。
親友の不在が、サブリナの胸に重くのしかかった。
彼がいれば――あの底抜けの明るさで、この絶望的な雰囲気でさえ打ち消してくれたはずなのに。
「森川くん……」
ツバサが空を見上げながら、そっと名を呼ぶ。
夜空に浮かぶ星々が、あの無邪気な笑顔を思わせて、胸が痛んだ。
重い沈黙が流れ——その時だった。
「ちなみに、イブってなんじゃ? ケーキを食べる日だと聞いたがの」
大樹卿が周囲に目を配りつつ、警戒を続けながら尋ねた。
「クリスマスの“前夜”ですね。言うなれば……祭りの前夜祭、ってところです」
神戸が手元の銃に弾を込めながら、淡々と説明した。
「その……クリスマスってのは?」
「昔の人々が、神様の子どもが生まれた日だって祝ったのが始まりです。でも今じゃすっかり、恋人同士がイチャついたり、子どもにプレゼントを渡したりするイベントですね」
神戸は肩をすくめ、口元に苦笑を浮かべる。
「まあ、ぶっちゃけ、“楽しければそれでいい”って人が多いです」
大樹卿はしばし沈黙し、黙って足元を見つめた。
「何か……気になることでも?」
神戸が声をかけると、大樹卿は顔を上げ、静かに言った。
「……さっきから地脈が妙に活性化しておってな。最初はその“エーアイ”とやらの仕業かと思うたが……今ので合点がいったわ」
「今ので?」
梅さんが不思議そうに首をかしげる。
「地脈や龍脈は、生き物の想いと繋がっておる。
この地に住まう者たちの“想い”が強いほど、その流れは力強く脈動する。
……この世界の龍脈は長らく濁っておった。だが、今夜は違う」
大樹卿は夜空を見上げ、その奥に広がる何かを見透かすように言葉を続けた。
「誰かを想う、強く、ひたむきな感情が――この地を満たしておる。
祭りの夜の想念が、地脈を揺さぶっておるんじゃ……
あるいは、それも“エーアイ”とやらの狙いのひとつかもしれんがの」
その瞬間——ブーンと唸りを上げるモーター音が聞こえた。
「来るよ!」
サブリナが鋭く叫ぶ。
「包囲陣形! サブリナさんには一歩も近づけるな! 大樹、死守せよ!」
矢吹の号令が響く。隊員たちが即座に銃を構えた。
夜空に、幾つもの影が滑るように浮かび上がる。
「芸がないのう。あのブンブンいう奴らか」
大樹卿が眉をひそめる。
「ドローンね。ユグドラシル側は電気が使えるから厄介だけど……ま、そっちは任した! 存分にやっちゃって」
サブリナが手を動かしながら答える。
「任せろ! この程度、そっちには指一本触れさせん」
オフィーリアが大剣を空へと掲げる。
「どうも、それだけじゃなさそうですよ」
矢吹が暗闇を進む迷彩服の一団を指す。
「あいつら、何のために戦ってるか分かってんのかね」
淳史が吐き捨てる。
「分からねぇから操られてんだろ。これ、やっちまってもヤバくないよな?」
岩田が神戸に確認する。
「こう見えて弁護士なんでな」
イングラムを構えながら苦笑する。
「そんな弁護士、見たことないけど」
詩織が笑った。
「援軍は?」
詩織の問いに、矢吹が眉を下げる。
「すいません。連絡手段もなくて、援軍も呼べないんです」
「そっか……」
さっきの電源カット以来、車もヘリも動かない。頼れるのは、自分たちだけ——。
ドローンの羽音が次第に大きくなる。地上部隊の足音も近づいてきた。
「10秒後に接敵します」
神戸が静かに告げる。
「5……4……3……」
全員が武器を構える。
「2……1……」
「それじゃあ……始めるか」
オフィーリアが掲げた大剣が光を放ち、風を巻き起こす。
渦が生まれ、刀身を包み込みながら回転する。
「こっちも、いきますよ。構え!」
神戸が檄を飛ばし、、臨戦態勢に入る。
オフィーが口元にわずかな笑みを刻む。
「行くぞ――《トルネードスピア》!」