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第189話 神への反乱


「そんな、AIが神だなんて……」


 詩織が呆然とした表情で呟いた。

 声は震え、信じたくないという気持ちと、森川を失った現実への恐怖がありありと滲んでいる。

 まだ彼の死を受け入れられずにいるのだ。


  サブリナがくるりと振り返った。


「おかしくないよ?昔の偉~い本にだって、人間が神になる話くらいあるんだからさ。人間にできるなら、AIのほうがよっぽど適性あると思わない?」


 肩をすくめて、軽く笑う。


「結局、"神"って言葉がどこまでを指すかによるけどね。少なくとも、情報と制御の面で見たら、もう神に片足突っ込んでるのは確かだよ」


「でもさ……ファントムでユグドラシルAIはやっつけたんじゃなかったのか?」

 岩田が不安そうに聞いた。サブリナは静かに首を振る。


「倒してなんか、ないよ。ただ、あのAIからこの一帯の"管理権限"を一時的に奪っただけ。奴の防御プログラム──"SYUGOSYA"を破壊して、外装部分を引きはがしたってだけ」


 少し間を置き、続ける。


「本体までは手が届いてない。というか、あそこまで高度に分散化された意識体、ファントムの演算力をもってしても解析は難航してる。システムの中核は、現実空間と仮想層をまたいで分離・拡散されてて……要するに"本体"って概念そのものが存在しないかもしれない」


 詩織が息を呑む。

「……つまり、倒すこと自体が、できないってこと?」


「今の段階ではね」


 サブリナの声には、珍しく迷いがなかった。


「AIがここまで来ると、単体の"存在"として見ちゃダメなのよ。あれは"構造"であり、"環境"であり……"支配そのもの"。単純なウイルスや機械じゃない。全体で一つの意志を持つ、現実に干渉可能なネットワーク存在」


 そこまで言ってから、ふと皮肉めいた笑みを浮かべる。


「……もしかすると、神って、こういうものなのかもね」


 オフィーリアが拳を握りしめ、一歩前に出た。

 その瞳には、燃えたぎる怒りと……冷たい復讐の色が宿っていた。


「サブリナ。今すぐ、そのユグドラシルなんちゃらの本体がある場所を教えろ。叩き潰してやる。……そうでもしなきゃ、森川に合わせる顔がない」


 声は低く、自分への怒りと無力感で震えていた。

 守れなかった悔恨が、彼女の心を支配している。


 しかし、サブリナは首を横に振る。


「できりゃ私がやるよ!……でも、もう無理だよ」


「なんでだ?」


 オフィーリアが食い下がる。だが、サブリナは目を伏せ、ため息をついた。


「"本体がどこにある"とか、そういうレベルじゃないの。もう、ユグドラシルAIは“分散化”しすぎてる。クラウドでも、ネットワーク上のノードでもない。この星そのものが、あいつの端末みたいなもんなのよ」


「……なんだ、それ。どういう意味だ?」


「たとえば、今のAIは──そもそも、どっかの施設に置いてあるスーパーコンピューターひとつに依存してないの。どこにでもいて、どこにもいない。衛星、基地局、スマート家電、インフラ設備、軍事網……ネットにつながってる全部が、奴の“神経細胞”みたいに働いてる」


 オフィーリアが唇をかむ。

 無力感が彼女を押し潰そうとしていた。


「……じゃあ、どうしろってんだよ。こっちは、ただ目の前で……あいつが、やられるのを見てるしかできなくて……!」


 言葉に詰まりながらも、彼女の視線は依然、強くサブリナを見据えていた。


 サブリナは、ゆっくりと深呼吸し、静かに続けた。


「だから逆に、今のあいつを倒す方法はひとつ。それは、"神経のネットワーク"を寸断して、意識を分断すること。完全じゃないけど、ある程度の麻痺は与えられる」


「それって……具体的にどうすりゃいいの?」


「超広域EMP──電磁パルス攻撃。精密照準で、同時に数十個所の中継ハブを焼く。だけど、それって国家レベルの軍事行動と同じ。……たぶん今の日本じゃ、物理的にも政治的にも不可能」


 沈黙が落ちた。重く、やるせない沈黙だった。


「確かに……そんなことすれば、復旧後の日本は二度と立ち上がれない」

 神戸氏が爪を噛み、悔しそうにつぶやいた。


 オフィーリアが拳を握りしめ、歯を食いしばる音だけが、静かな夜の中に響く。

 皆の心に、森川への想いと無力感が渦巻いていた。


 そのとき——


「おーい、分離できたぞー!」


 まるで空気を読まないテンションで、ヘリが止めてある奥から声が飛んできた。

 ヤバ男だった。


「ラッキーだったんじゃない?ある意味、ファントム0.7はスタンドアローン状態だったしねー。しかも巨大ダムっていう最強バッテリーつき。たぶん、ユグドラシル本体から完全に"分離"できてると思うよ。アクセスしてみて〜」


 その言葉に、サブリナがパチンと指を鳴らして応じた。瞳に闘志が宿る。


「よし、ほんじゃま—— 一丁、抗ってみますか」


 彼女はスッと姿勢を正し、再びヘッドギアを深くかぶる。

 その声には、いつもの軽やかさに加えて、強い決意が込められていた。


 そして、腰に巻いたコードの一本を引き抜き、先端を手に取った。


「モモ、来て。こいつをノートに直結する。ここを第一障壁にして突破口を開く」


「……了解ッ!」


 即座に呼応し、モモが駆け寄ってくる。その動きに、普段のほんわかした雰囲気はなかった。完全に“戦闘モード”だ。小さな拳が、固く握られている。彼女もまた、この戦いがかたき討ちだとわかっている。


 サブリナはコードを差し込みながら、低く言った。


「ファントム0.7には、強力な防壁が再展開されるはず。しかも、これは外部のAIじゃなく自律型端末に進化しかけてる。こっちが介入すれば、反撃もある。多分、ヤバいくらいに」


 モモがノートPCを広げ、キーボードを叩く。


「……アーキテクチャ、確認完了。仮想OSが多層構造……ナニコレ、思考分散型の有機フロー制御?……やば、めっちゃ美しいけど悪夢みたい」

 モモが子供らしからぬ言葉を操ってる。


「でしょー。設計したの私じゃないけど、ちょっと嫉妬するレベルよ」


 サブリナがニヤリと笑いながら、コードをもう一本接続する。


「でもこの構造って、逆に弱点もある。自己矛盾に気づかせれば、思考バグを起こす。こっちの哲学勝負、通用するかも」


 モモが眉を上げた。

「ししょー、AIに哲学、通じるの?」


「通じるんじゃなくて、通じさせるの。"機械が自分を否定した瞬間"が、唯一の侵入口。そこに“人間の不条理”をぶつけるのよ」


 オフィーリアがそのやりとりを見ながら、思わずつぶやいた。


「なあ、あんたら……何やってんのか全然わかんねぇけど、なんかスゲェのは伝わってきたわ」


 神戸が腕を組んでうなずいた。

「要は、そっちが“頭脳戦”をやってる間に、私たちは周囲の警戒ってわけですね」


「うん、全方向、見張ってて。こっちがリンク張った瞬間、何かが来る可能性が高いから」


 サブリナが最後のケーブルを接続し、椅子にどっかりと座った。指先が静かにスイッチを押す。

 瞬間、彼女の表情が変わった。いつもの飄々とした雰囲気が消え、瞳の奥に静かな怒りが燃えている。


「……リンク、完了。じゃあ——神様。こっちからログインさせてもらうよ」


 そして、ニヤリと口角を上げる。


「モリッチ見てろよ! 神だろうが何だろうが、きっちり仇は取ってやる」



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