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第186話 世界樹暴走


 ズズズ……!


 地の底が唸り、大樹の幹が震える。その身に絡みついた異形のチビドラは、まるで寄生虫だ。無数の細い触手が樹皮を這い、隙間を探っては喰い込み、根の奥へと侵食していく。


 ——あいつがいる限り、大樹はずっと苦しみ続ける。


「大樹が……悲鳴を上げておるのじゃ……!」


 振り返ると、のじゃロリ大樹卿が立っていた。

 いつもの茶目っ気はどこにもなく、頬を涙が伝っている。


「このままでは、大樹は……朽ち果ててしまうぞ……!」

 

 朽ち果てるって……

 大樹が死ぬ? そんなの、絶対に嫌だ!


「僕が止める! あいつを引きはがす!」


 叫びながら、幹に絡まる触手へ向かって走る。

 だが、手を伸ばした、その瞬間——


 バキィィンッ!!


 枝が鞭のようにしなり、目の前へ叩きつけられた。

 飛び退いた足元の地面が砕け、岩盤が裂ける。砂塵が巻き上がり、視界が真っ白になる。


「ゲホッ、くっそ……!」


 喉に土を吸い込み、咳き込みながら顔を上げる。眼前に広がる枝葉は、まるで意志を持って僕を拒んでいるかのようだった。


 ——違う。これは大樹が、痛みに耐えて苦しんでいるんだ。

 

 『痛い』『苦しい』『助けて』

 そんな声が、確かに聞こえた気がした。

 その切ない声に、心臓がぎゅっと締めつけられる。


 そのとき、背後で神戸氏の声が上がった。空を見上げ、サブリナに問いかける。


「サブリナさん! あのドローンは、何ですか!?」


 頭上には、白く滑らかな外殻を持つ数機のドローンが空に浮かび、編隊を組んで滑っていた。


「“神格プロトコル・ノウス”よ。AIが大樹を完全に支配するための最終兵器……。チビドラの侵食だけじゃ足りないから、今度はドローンで直接叩き込む気なのよ」

 

 サブリナが険しい表情でデバイスを操作する。

 その横で、神戸氏が眉をひそめた。

 

「でも……ユグドラシルAIって、大樹を処分する方針だったんじゃ……?」


「それがね。モリッチがダンジョンコアを潰しちゃったせいで方針転換したの。今度は、大樹を“代替管理システム”として乗っ取ろうとしてる」


「……そんな、都合良すぎる」


 神戸氏が歯噛みし、サブリナは苛立ちをあらわにする。


「AIには、しがらみも感情もない。ただ“最適解”を求めるだけ。それが、あいつらの“合理”よ。でも、だからこそ——大樹だけは絶対に渡しちゃダメ!」


 その言葉に「なるほど」と頷いた神戸氏が、拳を握りしめて怒鳴った。

 

「全員、ドローンを撃ち落とせ! 一機たりとも近づけるな!」


 矢吹さんが「了解」と応じ、「発砲! 狙いは上空のドローン!」と指示を飛ばす。


 ババンッ! パシュッ!


 銃声がこだまする。案局の隊員たちが一斉に発砲し、弾丸がドローンのローターをかすめた。

 ドローンは警戒しつつも回避行動を取りながら、着実に距離を詰めてくる。


「大樹を守るためだ、俺もやる!」


 岩田さんが愛銃イングラムを構える。慣れた手つきで空に向かって発砲する


「僕も! 援護します!」


 駆けつけた淳史くんも、手慣れた様子で銃を撃つ。普段は控えめな彼の目が、今は燃えていた。


 バシュッ、バシュッ!


 銃弾が、ドローンの装甲に火花を散らす。

 一機がローターを破損し、バランスを崩して墜落した。


「手をやすめるな! もっと撃て!」


 神戸さんの9ミリ弾がドローンのセンサーを直撃し、黒煙が吹き上がる。


 だが——敵も黙ってはいなかった。ドローンの下部スロットが開き、小型レーザー砲が閃光を放つ。


「散開しろ! 撃ち返されるぞ!」


 戦場が本格的な撃ち合いへと変わる中、僕は心を決めた。


 みんなが命を懸けてる。なら僕の役割は——!


「行くぞ、森川!」


「オフィー!?」


 大剣を掲げ、彼女が駆け寄ってくる。


「枝は私が払う! お前はひたすらまっすぐ突っ込め!」


 オフィーの剣が風を裂き、鋼の唸りが暴れ狂う枝葉を切り裂いていく。まるで嵐が森を切り拓くかのようだ。

 

 僕はその隙間を縫って駆ける。

 オフィーが枝をなぎ払い、道を開いてくれる。


 ——あと一歩!


 その瞬間、地面から伸びた根が足に絡まり、身体が宙へと吊り上げられた!


「森川っ!」


 オフィーが叫び、駆け寄ろうとした——その前に、新たな枝が目の前に立ち塞がる。


 一方、上空からは、巨大な枝が杭のように振り下ろされる——!


「ウインド・スラァァッシュ!!」


 風の咆哮が枝を裂き、絡まっていた蔦が千切れる。

 僕は宙から、地面へと真っ逆さまに落下した。


 そこに、ツバサさんが駆け寄ってくる。

 

「森川さん! 大樹を守ってください! 私たちの……大切な!」


 彼女の両手に展開した風の魔術が、まるで盾のように僕を包んでいた。

 

「ありがとう……!」


 僕は立ち上がり、再び走り出す。左右から、オフィーとツバサさんが護衛してくれる。


 そのとき——幹から無数の枝が襲いかかる!


「はああっ!」


 オフィーの旋回斬りが暴風のように枝葉を吹き飛ばす。


「行け、森川! 突っ込めっ!」


「うおおおおおっ!」


 全身が軋む。肺が焼ける。でも構わない。大樹を救うんだ。絶対に——!


「掴んだっ!」


 僕の手が、チビドラの尾を根元から掴みとった!


「離れろ……っ! 大樹を返せええええっ!」


 だがチビドラの触手が僕の腕に絡みつき、締めつけてくる。

 鋭い爪が皮膚を裂き、血が滲む。痛い。怖い。意識が、遠のいていく……。


 それでも——掴んだ手は、絶対に離さない。

 ここで放したら終わりだ。大樹がAIの道具に成り果ててしまう。


 そんなの、絶対に許せない——!


「モリッチ、後ろ!」


 サブリナの声。背後——上空のドローンが照準を合わせていた。

 レーザーサイトが、僕とチビドラの接続部を正確に狙っている。


 "神格プロトコル・ノウス"の矢が——放たれる!


「あと……少しなんだ!」


 僕は叫び、渾身の力で触手を——引きはがす!


 ——バチィィンッ!


 破裂音。チビドラと幹の接合部が裂け、黒い靄が噴き出す。

 チビドラが金切り声を上げ、狂ったようにのたうった。


「よしっ、外した……!」


 だが、その瞬間——


 ドローンから放たれた矢が、一直線に僕の背中を貫いた。


 ズゴォォンッ……!


 大樹の幹に叩きつけられ、身体が縫いつけられる。

 背中と腹を貫く激痛に、口から血が噴き出した。


 ——でも、これでいい。


 チビドラは外した。

 大樹は、少しでも……楽になったはずだ。


 空が遠ざかる。音が消えていく。


 キィィィィン……


 耳鳴りの中、オフィーとツバサさんが駆け寄ってくる姿が、滲んで見えた——


 それが、僕の最後の光景だった。


 意識は、闇へと沈んでいく。


 

 ……静けさの中、風がそっと吹いた。


 大樹の枝が、ほんの少し——やさしく、揺れていた。


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