第185話 目覚める
かつて、ずっと昔。
まだ、この地が一面の野原だったころ。
そこに、一本の大樹が立っていた。
人々はそれを“奇跡の樹”と呼び、その恵みにあずかろうと集まってきた。
やがて、ある日。
そしてそれに応えるかのように、 その樹は、雪のように白く、美しい花を咲かせ実を付けた。
その実を口にすれば、不老不死が得られる——そんな伝説まで生まれた。
人々は群がり、時の王までもが居を構えた。
都が築かれ、文明は栄華を極めた。
しかし、そこに悲劇が訪れる。
ある日、樹の根元に黒い穴が開いた。
そこから這い出してきたのは、見るもおぞましい“異形のものたち”。
やつらは人々を喰らい、引き裂き、街は一夜で地獄と化した。
叫び声と鮮血が溢れ、王たちは打つ手もなく、崩壊は止まらなかった。
そして絶望のただ中、逃げ惑う人々の前に現れたのは——
光る鎧を纏った、異界の使徒たち。
彼らは圧倒的な力で異形を殲滅した。
その後も樹を守るためこの地に残り、土地を管理する者と共に“禁足の地”として封印を施した。
それが、梢ラボラトリーの原点となる。
——そして今。
封印された“歴史”が、再び目を覚まそうとしていた。
▽▽▽
地面が震える。
不規則で、まるで這い上がってくるような嫌な振動だ。
ズズズ……と、重低音が響く。
『やばいぞー! 俺もう知らんぞー!』
肩に乗っていたグリーがバタバタ地団駄を踏み、頭を掻きむしる。
『悪いがここまで! ドロンでござる!』
ポシュッ! 白煙を残して、グリーは消えた。
……いや、なんなんだよ、あいつ。
「いよいよ……なのか? いや、これは……違うのか?」
のじゃロリ大樹卿が大樹を見つめて呟く。
その言葉に引き寄せられるように、俺も大樹を見上げた。
……風もないのに、枝葉がざわめいている。
「……あれ、大樹……?」
ツバサさんの声が震えていた。あの元気な彼女が、怯えている。
無理もない。今の大樹は、いつもの優しいそれとはまるで違う。
異様な気配。禍々しい“何か”が、確実に目を覚ましつつあった。
「ギィ……ギギィ……」
軋むような音。まるで、何百年と眠っていた巨人が目を覚ましたかのように。
「うそ……なんで……!?」
冷や汗が背筋を伝う。
梢さんはMP切れで戦闘不能。大樹卿でさえ、呆然と立ち尽くすだけ。
こんなの——どうすればいい!?
「……もしかして、さっきの超音波が……」
サブリナが空中を見つめ、しきりに指を動かしている。
どうやら、ヘッドギアでファントム0.7に接続しているようだ。
「ユグドラシルAIが干渉してる……」苦々しく呟く。
「ダンジョンコアと霧影山で手に入れた大樹苗のデータから作ったプログラムを大樹に向かった走らせてるみたい……。大樹も抵抗してるみたいだけど」
「それって、」
言いかけた、その時——
ドン!!
大地が跳ねた。
大樹が、その“脚”を大地に叩きつけたのだ。
足元から這い上がってくる衝撃が、内臓を震わせる。
「うわっ! やばいやばい、味方じゃなかったの!?」
ツバサさんが、叫ぶ。
「モリッチ! なんとかしろ! 大樹は友達なんだろっ!?」
サブリナも焦ったように怒鳴る。
「……いや、あれはもう……」
俺は唾を飲み込んだ。喉がカラカラに乾いている。
「味方じゃない……あれはAIに乗っ取られてる!」
僕が指差した先、大樹の幹に何かが張り付いていた。
——チビドラゴン。さっき戦った、あの敵の一匹だ。
そこからは、無数の触手のような血管が幹の中に入り込んでいた。
脈動するその触手は、大樹の“命”を吸い取っているように見えた。
「……あれじゃな。あれから嫌な気配を感じる」
のじゃロリ大樹卿が、低く呟いた。
俺はそれを引きはがそうと大樹に駆け寄る——
だが次の瞬間!
ドガァァン!!
大樹が、巨大な枝を振り下ろした!
地面が砕け、土砂と石が吹き飛んだ。
衝撃波で視界が真っ白になる。
咄嗟に伏せたが、木片が頬をかすめ、熱いものが流れた。
血だ。これが……味方だった存在の攻撃なのか……?
ようやく勝てると思った直後、今度は“守護神”が牙を剥いてきた。
「誰か! 梢さんなんとかしてー!!」
「無理よ! 魔力すっかららかんで、なにもできなーい!」
仲間の声が、焦りと絶望で染まる。
暴走した守護神の枝葉が、ゆっくりと、しかし確実に僕らに迫る。
一振りで建物ごと破壊できそうな圧。
もはや“守り”ではなく、“破壊神”。
逃げるべきか……戦うべきか? だが、どうやって?
「やばいな……今度こそ、詰んだかも……」
サブリナが空を指さした。
上空には“白い死神ホワイトリーパー”。
さっきハイエンドタワーで、ドラゴンを襲った純白のドローン編隊。
「あいつら撃ち落としてください!」
神戸氏が継案局の皆にに指示を出す。
後ろに引変えていたメンバーが一世に発砲を始める。
ただ、ドローン変態は悠々と空を舞い、一機も撃ち落とせない。
隣ではドン殿下とオフィーがウインスラッシュを放つ。
いくつかの機体は撃ち落とせても、頭上にはその白い悪魔が続々とやってくる
――チビドラ始末したと思ったら、今度はドローンかよ!
継案局の隊員たちから声が漏れ聞こえる。
「もうだめだ。ここ一帯を爆撃してもらいましょう」
「すうです。もはや世界樹だって暴走してるんだ。早く手を打たないと」
その諦めの響きが、胸に深く突き刺さる。
「まだです。まだやれることがあるでしょ」
神戸氏が隊員たちを諫める。
そうだ——俺たちは、まだ終わってない。
「攻撃は待ってください! 大樹まできずついてしまう!!」
チビドラを引き剥がせば、大樹卿は元に戻るはずなんだ
だが、どう近づく?
あの触手は、大樹の幹と一体化している。
一歩間違えば、仲間もろとも吹き飛ばされる。
——それでも、やらなきゃならない。
この“守護神の暴走”を止められるのは、もう僕ら梢ラボしかいない。