第181話 終わりじゃなかった
無数の“ちびドラゴン”が、ダンジョンコアの穴から噴き出すように現れ、空へと舞い上がった。
あたりはたちまち不気味な黒煙に包まれ、地獄絵図のような光景へと変わっていく。
「キィィィィ! キィィ!」
甲高い鳴き声が響きわたる中、手のひらサイズの小さなドラゴンたちが、うねるように旋回していた。
一匹なら、どこか可愛げもあるが、これだけの数が群れをなし飛び交えば、それはもう完全に“恐怖”だ。
「このまま増えたら、街中“ちびドラゴン”まみれになっちゃう!」
梢社長が魔力を練りはじめた。だが、大型ドラゴン戦の疲労がまだ残っているのか、手が震えてうまく発動できないみたいだ。
「あれ? あれ?」と繰り返しながら、必死に魔力を整えようとしていた。
オフィーはウィンドスピアを掲げ、風の魔力を槍先に集中させる。青白い光輝き、狙いを定めるが――
「……散った!?」
放とうとした瞬間、ちびドラゴンたちが魔力の気配を察知し、一斉に射程外へと逃げた。
「速い……! 大型とはまるで別物だな!」
オフィーが舌打ちする。
「しかし、なんちゅう数じゃ……キモいのう……」
あの大樹卿でさえ、眉間にシワを寄せていた。
ちびドラゴンの群れは、まるで鳥の大群のように連携し、しかも狡猾。統率された軍隊のような動きだ。
そのとき、別の方向から悲鳴が上がった。
「なんなんだ、これは!」
「やめろ! くるなっ!」
装甲車や黒バンのあたりにも、混乱が広がっている。
――このままじゃ、街全体がパニックに飲まれる……!
辺りを見渡し、すぐに悟った。
こいつら……ただのモンスターじゃない。考えて動いてる……!
無秩序ではない。網を張るように、効率的に街へ侵攻している!
「完全に統率されてる……」
『ユグドラシルAIの防御システム《SYUGOSYA》にコントロールされてるね!』
サブリナの声が通信越しに飛び込んできた。
――やはり《SYUGOSYA》! 最初にハッキングしてきた、あのAIか!
「ヤベぇな……こいつら、こっちの動きを先読みしてやがる……」
普段は飄々とした“良いおじ”キャラのルオさんが、険しい声を出した。
――そりゃ、司令官がAIなら、予測も余裕だよな。
「ここまで空中に散らばると、魔法じゃ対応しきれないし。範囲攻撃も味方を巻き込んじゃうもんね」
ソラさんの美しい顔にも、珍しく焦りが浮かんでいた。
「分散して対応するか?」
ギーブの提案に、ドン殿下が即座に否定した。
「危険すぎる。一人じゃ、ただの的になる」
その瞬間――
「キィィィ!」
ちびドラゴンの群れが、空から一斉に急降下してきた!
「来るよっ!」
梢社長の叫びに、心臓がドクンと跳ね上がる。
――な、なんか……狙われてる!?
「グリー!」
『喚くな! わかってる!』
ブレスレットが緑色に輝き、僕の周囲に防壁が展開された。空気を震わせる透明なバリアが、僕を包み込む。
次の瞬間――
ガギィン! ガギン! ガギン!
ちびドラゴンたちが猛突進してきて、防壁に爪を突き立てる! 火花が散り、きしむ音が響く。
防壁の隙間を狙うように、別の個体が左右から滑り込んでくる!
『こいつら、連携してやがる! ずりーぞ!』
グリーが苛立ち気味に叫んだ。
『こりゃ、ノリと勢いで押す森川には、最悪の敵だね』
……はい、そのとおりです。
そして――
防壁の隙をついて、ちびドラゴンたちが殺到してくる!
――ヤバい、やられる!!
「アストラバレット!」
梢社長の魔力弾が、群れの一部を吹き飛ばす!
が、ちびドラゴンたちは即座に散開。隊列を立て直して、また突っ込んできた!
「チッ、ちょこまかと……!」
その間にも、被害はどんどん広がっていく。
銃声、爆発、悲鳴……。焦げた空気と火薬の臭いが、風に乗って鼻をついた。
「じり貧じゃな……!」
大樹卿がポツリと呟く。
目前の一体すら仕留められず、じわじわと押し込まれていく。
「……くそっ! ちまちまと……!」
焦り、怒り、自己嫌悪――ぐちゃぐちゃな感情が、頭の中で煮えたぎる。
今までは一体の大型モンスターだった。でも、今は違う。数、スピード、そして……僕の力が、まるで足りない!
「街の方に行ったぞ!」
誰かが叫んだ。
五体のちびドラゴンが商店街方面へ。しかも、ひと回り大きい――強化個体だ!
「街へ行った奴らは私がやる! ここは任せたぞ!」
オフィーが叫び、風のように駆け抜けていく。赤髪がたなびき、次の瞬間にはもう姿が消えていた。
「え? どこに……」
ツバサが戸惑いながら訊ねるが、誰も返事を返せない。
その隙を突き、再びちびドラゴンが殺到してくる!
プシュー! 炎のブレスが頬をかすめる! 熱っ!
ガリッ! 爪が肩に食い込む。痛い!
ドンッ! 体当たりで胸を打たれ、息が詰まる!
小さな体に似合わず、攻撃のバリエーションが豊富すぎる! こっちに反撃の暇なんてない!
――完全に、奴らのペースだ。
そのとき。
「えーい、落ち着かんか!」
大樹卿の怒鳴り声が戦場に響く。
その威厳ある一喝に、混乱していた仲間たちが一瞬動きを止めた。
「一匹ずつでも構わん! 着実に潰していけ!」
「でも、それじゃ時間が……!」
ツバサが不安げに叫ぶ。
「焦るから混乱するのじゃ! 二人以上で組め! 互いの背を守り合え! 隙を作るな!」
そして、大樹卿が僕をにらむ。
「森川! おぬしは、とっとと暴走したコアを破壊せい! それが“大樹の守り人”の本分じゃ!」
――コアの破壊、それが僕の役目……!?
「わかったよ!」
自分でも驚くほど、力強い声が出た。
胸の奥で何かがカチリと切り替わった気がした。
「では、散開!」
大樹卿の号令と同時に、仲間たちは各々の戦線へと走り出した。ドラゴンたちもそれに呼応するように分散していく。まるで、獲物を狩る猛禽のように。
僕は、ダンジョンコアのある中央へと走り出した。
「背中は任せなさーい! 今度は完っ璧に守るからね!」
梢社長の魔力弾が、次々と後方から撃ち出される。“だいたい”だった支援が、“完璧”に変わっていた。
――梢も、本気だ。なら僕も、応えなきゃ!
仲間たちはすでにそれぞれの戦場へ。
ツバサさんは東、大樹卿とモモは西、ドン殿下と冒険者たちは北。
「みんな……ありがとう!」
街中には戦闘音が響き渡る。爆発、悲鳴、崩落音……。空には、まだ無数のちびドラゴンが舞っている。
――まずは、ダンジョンコアを破壊する!
これは消耗戦だ。奴らは僕たちの体力も戦意も、すべてを削りにきている。
「とにかく……これ以上、増やさせるわけにはいかない!」
自然と声が漏れた。もう逃げない。もう諦めない!
ちびドラゴンの群れをかいくぐり、前へ――
そして見つけた。
黒く渦巻く穴。そこから禍々しいオーラが立ち昇っていた。
「見つけた!……ダンジョンコア!」
左手をかざし、集中する。グリーの力が、脈打つように体中を巡る。
ちびドラゴンが迫る――!
「ほいっ、ほいっ!」
背後から、梢の魔力弾が次々と飛んできて、的確に撃ち落としてくれる。紫の光弾が空を裂き、カッコよすぎて惚れそう。
左手に集まった緑の粒子が、渦を巻くように光りはじめる。
――みんなのために。街のために。そして、自分のために!
「これで決めるっ!」
叫びとともに、全力の一撃を解き放つ!
――グリーンフラッシュ! 行けええぇぇぇ!!