第18話 登場!、ふたたび
カウンターに腰を下ろした梢社長は、まるで根でも生えたように動こうとしない。
その隣では、淳史くんが忙しく動きながら、チラチラとこちらの様子を気にしていた。
社長はというと、詩織さんたちと笑いながら完全くつろぎモードで談笑中。
このペースだと、お昼過ぎまで粘りそうな勢いだ。
客が来るたび、「いらっしゃいませ!」と張りのある声を上げる淳史くん。
その声には、どう聞いても「そろそろ席、空けてくれません?」という無言の圧が込められていた。
明らかにカウンターの三人娘に向けられた圧なのに、本人たちは気にする様子ゼロ。
「社長、そろそろ…」
僕がおずおずと声をかけると、梢社長は「そうだね、そうだね」とようやく腰を上げる。
よし、やっと帰れる――と思ったのも束の間。
今度は詩織さんとのお別れトークが始まり、また長引く気配。
そのタイミングで、淳史くんがスッとバスケットを差し出してきた。
「これ……お昼の代わりになるか分かんないけど、どうぞ」
中には、ぎっしり詰まったサンドイッチ。
グッジョブ淳史くん!
これはもう、「これやるから、帰ってくれ」のサインに違いない。
心の中で盛大に拍手を送りながら、僕は車に乗り込んだ。
……が、車の中でもまだ、社長と詩織さんの名残惜しい挨拶は続いている。
そんなときだった。
「森川! 森川だろ!」
突然、道の向こうから大声が響いた。
そちらに目をやると、スーツ姿の大柄な男がこっちに向かって手を振っていた。
……誰だよ。
男は、真っ白な歯を全開にして、満面の笑みでこっちに駆け寄ってくる。
黒スーツは筋肉に引きちぎられそうなくらいパツパツ。
無理に“陽キャ”演出してるけど、キャラが全然馴染んでない。
ぎこちなさが逆に浮いてて、ちょっと怖い。
「森川だろ! 俺、俺だよ!」
……知らんがな。
「大谷。おととい電話したろ?」
あー……大谷か。岩田さんが言ってた「怪しい奴」大谷くんね。
「いやー、こんなとこで会うなんて偶然だな〜!」
偶然? あるわけない。
こんな奥まった喫茶店前に、スーツのサラリーマンが偶然いる確率、何パーだよ。
大谷は運転席のドアに手をかけ、僕をガン見。
当然、チラチラと梢社長とサブリナの存在も確認してる。
記憶の引き出しを総ざらいしてみたけど……顔はまったく記憶にない。
「森川は変わってないな〜」
そう言って、満面の笑みを浮かべる大谷。
……うん、顔見て確信した。
やっぱお前、誰だよ。
そして、大谷は車内を覗き込みながら叫んだ。
「なんだよー! すっげぇ美人、二人も乗せて! 会社の人か? 紹介しろよ〜!」
……いや、お前、その発想すごいな。
この個性の塊みたいな二人を見て、会社の人だと思えるお前、すげぇよ……。
一人はジャージだぞ? ジャージ。
——はい、怪しい人確定!
後部座席ではサブリナが口元を押さえ、笑いをこらえてる。
……サブリナさん、笑うとこじゃないっす。
「なー、いいだろ〜? 紹介してくれよ〜」
キラッキラの目で食い下がる大谷。まるで大型犬。しっぽ、見えてるぞ。
「森川くんのお友達?」と、隣の梢社長が微笑む。
「……みたいです」と僕は苦し紛れに返答。
「ひでーなー、友達だろ?」
グイッと顔を近づけてくる大谷。そのとき、梢社長がにっこりと微笑んだ。
「そうですよー、お友達にそんなこと言っちゃダメです。メッ、ですよー」
にっこり微笑んだ梢社長が、人差し指を立てる。
そして、まるで演劇の一幕のように胸に手を当て、自己紹介。
「はじめまして。私は異世界から来たエルフです。よろしくね♪」
梢社長はわざとらしくウインクをする。
僕は凍り付き、大谷はぽかんと口を開けたまま、ゴツンと後頭部をドアにぶつけた。
後部座席ではサブリナが、もはや限界突破して腹を抱えてウヒウヒ爆笑している。
「さ、森川くん、行きましょう。では、ごきげんよう」
ご機嫌な梢社長の声に急かされ、僕は慌ててエンジンをかけた。
バックミラーには――
呆然と立ち尽くす“大谷(仮)”の姿が、いつまでも映っていた。
▽▽▽
その後もしばらく、サブリナは腹を抱えて笑い続けていた。
「見た!? あいつの顔! 目ん玉まん丸、口も全開! ウヒヒヒヒ!」
「サブちゃん、あんまり笑うとお腹痛くなっちゃいますよ〜」
そう言いながらも、梢社長はバスケットの中を覗いて「おいしそ〜です」とご満悦。
「それにしてもさ、あの男、完全にハトが豆鉄砲くらった顔してたよね! ウヒヒヒ!」
……豆鉄砲って。サブリナさん、それ、今どき誰も使わないって。
ホント、あなた何歳なんですか。
てか、豆鉄砲ってなんなんだよ。
「でも社長、あんなこと言っちゃってよかったんですか?」
運転しながら、ちらっと横目で社長を見る。
「なんで?」
しれっとした顔で聞き返してくる。
「なんでって……異世界とかエルフとか、あんなストレートに。ホントのことですよね?」
しかも、アイドル顔負けの笑顔で。
「大丈夫だよ。どうせ彼も、分かってて聞いてきたんだから」
そう言って、僕の左手首のブレスレットを指差す。
「それには隠蔽魔法が掛けてあるんだよ。相当、意識してなければ森川くんだって気付かないよ。それでも声かけてきたんだから、あの人、判って聞いてるんだよ」
……マジで? この中二病アクセ、実はガチでチートアイテムだったんだ。
「下手にウロチョロさせても面倒でしょ? お友達だから、手間を省いてあげたの♪」
満足そうに笑う梢社長。
「いや、だから友達じゃないですって」
「そーだぞヒトミッチ! モリッチは友達いないんだから〜! ウヒヒヒヒ!」
サブリナ、黙れ。
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