第179話 梢の本気
『だから言ったじゃん。再生できちゃうって……』
――うん、言ってたね……ごめんって。
画面越しのサブリナから漂う「ほら見なさいよ」オーラが、痛いほど刺さる。
そして、目の前の光景に僕らの顔は一瞬にして青ざめた。
「う、嘘でしょ……?」
ツバサさんの声が震える。握った杖も細かく揺れていた。
現実は、容赦なかった。
倒したはずのドラゴンが――ゆっくりと、しかし確実に、再生を始めていたのだ。
肉が盛り上がり、骨が軋み、闇の力がその巨体を新たな形へと捻じ曲げていく。
ただの再生じゃない。それは“異形の進化”だった。
鱗は金属のように鋭く輝き、筋繊維は異常なまでに膨張する。
関節は本来の可動域を超えて広がり、まるで歯車を組み替えた機械のように歪に動いていた。
その目は、もう生物のものじゃない。
――悪魔に乗っ取られた機械。冷たく、完璧に、そして悪意に満ちた存在。
「これ、本気でヤバくない?」
ドン殿下の顔から余裕が消えていた。
『ダンジョンコアがある限り、あのドラゴンは無限復活よ。
やられるたびに戦闘データを蓄積して強化される。ユグドラシルAIが自動で改良してるの。……ちゃんと説明したよね?』
サブリナの言葉には、明らかに「だから言ったのに」という怒りが滲んでいる。
「あれ〜、そうだったっけ? ……でもきっと大丈夫、大丈夫♪」
梢社長がはいつものように、両手を叩いて微笑んだ。でも、その余裕が逆に怖い。
さては、現実逃避か……?。
「どうしましょう……やっぱり、コアを狙うしかないですよね?」
ツバサさんが僕を見る。
けれど、そのコアがどこにあるのか、まるで分からない。
再構成されたドラゴンが首を持ち上げ、僕らを睨みつける。
その瞳は、さっきよりずっと凶悪で、しかも、間違いない。“知性”が宿っている。
――完全に、敵と認識されてるな。
「……怒ってるな。ていうか、根に持ってるみたいだな。面倒くさいヤツだ」
オフィーが剣の柄を握り直し、革巻きをしっかりと握り締めた。
『当然でしょ。あれだけボコられたんだから、AIだもん。戦術も学習して変えてくるわ』
サブリナの声には苛立ちが混じっていた。
そして――ドラゴンが咆哮する。
ガアアアアアアアアアアアアアッ!!!
空気が裂け、大地が震える。舞い上がる葉、耳をつんざく轟音。鼓膜が破れるかと思った。
「うわっ!」
咆哮と同時に、ドラゴンの口から小型のブレスが無数に飛び出した。
まるで散弾銃のように、僕らの足元を正確に狙ってくる。
「みんな、散れ!」
オフィーの声で、僕たちは一斉に飛び退いた。
ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ!
地面が次々に抉れる。一発の威力は小さくても、数が多すぎる。
しかも僕らの動きを正確にトレースしてくるような、精密射撃だ。
「やっぱり学習してる……! 今度は分断して各個撃破を狙ってる!」
今までの魔獣とはまるで違う。これは“戦略”を持つ敵だ。
ドラゴンが立ち上がった。最初の三倍はある巨体が、夜空をも覆い尽くす勢いで翼を広げる。
ズシィン……!
一歩踏み出すだけで、大地が揺れる。土煙が舞い、小石が跳ねた。僕はよろめきながら体勢を立て直す。
「森川、右だ!」
オフィーの声に反応し、とっさにしゃがむ。
直後、頭上を巨大な尻尾が音速で通過した。
「くそっ!」
ドン殿下がエアカッターを撃つが、鱗に弾かれて消えた。
「魔法が通じない……!?」
ツバサさんの炎の槍も同様だった。命中した瞬間、ガラスのように砕け散る。
――攻撃耐性まで強化されてる……!
『森川、マジでヤバいわ。コアを見つけて壊すか、全員で即撤退するか――学習される前に今すぐ決めなさい!』
通信越しのサブリナの声が、これまでにないほど緊迫していた。
ドラゴンが大きく息を吸い込む。その喉奥に、赤い光が集まり始める。
「来るぞ……ブレスだ!」
僕の叫びと同時に、全員が四方へ散開した。
ゴオオオオオオオオッ!!
焼けるような炎の奔流が、僕たちのいた場所を一瞬で焼き尽くす。
草も木も黒焦げになり、地面すら溶けてガラスのように光った。
ほんの一秒でも遅れていたら、間違いなく死んでた。
背中を冷たい汗がつうっと伝う。
――これ、本気で詰んでない?
風にかき消されたつぶやき。けれど、皆の顔を見れば、同じ想いであることはすぐ分かった。
ドン殿下でさえ歯を食いしばり、オフィーは唇を噛んでいる。
そして、最強と思われていた梢社長ですら――今は初めて、真剣な表情を浮かべていた。
そのとき、“のじゃロリ大樹卿”が杖を握りしめ、梢社長に声をかける。
「セーシア。こりゃ、ちと旗色が悪いぞ。ちーとは本気を出さんと、じり貧じゃて」
「えー、大樹卿が何とかしてくださいよー」
「バカモン! この場の責任者はおぬしじゃろが!」
そう言って、大樹卿は手にした杖で梢社長のお尻をパシッと叩いた。
「いたっ! もー、しかたないなー!」
ぷくっと頬をふくらませる梢社長。でも、その声色は、いつもと違っていた。
その軽さの裏に、“確かな覚悟”が潜んでいた。
「じゃあ、みんな、ちょっと下がってて」
その一言で、僕たちは思わず足を止めた。
「え……?」
「梢社長……?」
彼女はゆっくりと両手を前に伸ばした。
――次の瞬間、空気が変わった。
重力が反転したような異常な“圧”が場を包み込む。
風が止まり、音が消える。大気そのものが、彼女の存在に従って震え始めた。
「さすがに……ちょっと本気出しちゃおっかなー」
淡々とした声。しかし、その中に底なしの威圧感がこもっていた。
彼女の周囲に現れる、無数の光の粒子。
それは星屑のように美しく舞いながら、圧倒的な“力”の象徴として存在感を放つ。
その光景に、誰もが言葉を失い、ただ、見つめるしかなかった。
これが……梢社長の本気?
ドラゴンも異変を察したのか、明らかに警戒の色を浮かべ、一歩、後退する。
『……ちょっと、何よアレ!? 魔力量の数値、完全にバグってる! 計測不能よ!』
サブリナの叫びが、通信越しに響く。
空気が震え、空の色が変わる。
戦場のスケールが、一気に跳ね上がった。
そして僕たちは、ついに――
梢社長という“異常存在”の、本気の戦いを目の当たりにすることになるのだった。