第178話 守護者の殺戮
「やばいやばい! こっち見てる!!」
ドラゴンと目が合った瞬間、僕は反射的に後ずさった。
モモのノートPCに映るサブリナが、相変わらず他人事みたいな調子で言う。
『みんなー、ターゲットは、どうやら“全員”になったっぽいよ〜。大樹を狙う前に、邪魔者は片付けとけって話になったらしい。てか、さっきよりヤバそうなブレス溜めてるんだけど〜?』
――のんきに報告してる場合かッ!!
その軽口に、背中を冷たい汗が伝った。
空にうねる巨大なドラゴン。
その眼が、確実に僕たちをロックオンしている。
口の奥で何かが渦巻き、今までとは比較にならない、超弩級のブレスが迫っているのがわかった。
「やるしかないね」
隣でオフィーが静かに大剣を抜く。
その刃先は一直線にドラゴンへ向けられる。
風が巻き起こり、砂埃が渦を巻く。舞い上がる彼女の長髪が、まるで戦場の女神のように幻想的だった。
――トクン。
……って、いやいや、見惚れてる場合じゃない!
「森川さん! 私たちも行きますよ!」
ツバサさんが真剣な顔で空に手をかざす。
その瞳に宿る強い意志が、僕の迷いを吹き飛ばしていった。
――よし、覚悟を決めるか。
僕は拳を握りしめ、上空のドラゴンを睨み返す。
ツバサさんの掌には、すでに紅蓮の火球が浮かんでいた。
ごうごうと燃え盛る炎は橙から赤、そして白へと色を変え、凄まじい熱量を放っている。
オフィーの大剣は風を巻き起こし、風刃が幾重にも重なって竜巻のような螺旋を描いている。
僕も左手に意識を集中。指先に力を注ぎ込むと、緑の粒子が手のひらから溢れ出す。
その光が脈打つ。調子は、悪くない。いや、今までで一番スムーズだ!
「行くぞ!」
オフィーの合図とともに、三人の魔力が解き放たれる!
トルネードスピア!
ファイアーボール!
グリーンフラッシュ!
三つの魔法が束となり、閃光のように一直線にドラゴンの顔面を貫く!
風が空気を裂き、炎が夜を昼のように照らし、緑の光が世界を白く塗り替えた。
合撃の一撃で、ドラゴンの顎が跳ね上がり、溜めていたブレスは逸れ、遥か夜空の彼方へと消えた!
「よし、追撃するぞ!」
ドン殿下が前に出て叫ぶ。その足元から風が立ち上がり、彼を包み込む。
エアースラッシュ!
同時に、ソラさんが杖を天に掲げ、先端が赤く輝く。周囲の空気がゆらめき、熱を帯びていく。
フレアボム!
風と炎の連携攻撃がドラゴンの胴体を直撃!
爆ぜた火球が翼を焼き、黒焦げの羽根がハラハラと舞い落ちる。
ドラゴンは体勢を崩し、その巨体を傾けながら、地面へ墜落!
ドゴォン!
大地が揺れ、土煙が立ち上る。
「すごいすごいっ! みんな、ほんとにすごいよー!!」
梢社長が満面の笑みで手を叩き、ぴょんぴょんと跳ねる。
完全に見物モード……かと思いきや――
「じゃあさー、私も行っとく?」
手を軽く振った瞬間、空間が“ピキッ”と裂ける。
その裂け目から斬撃が放たれ、ドラゴンの体が真っ二つに!
「うーん、やっぱり硬いな〜。半分にしかならなかった」
首をかしげる梢社長。って、今の一撃で“半分”て何!? ノリが軽すぎるんだけど!?
「追い打ち、かけます!」
ツバサさんが手を掲げ、魔力が槍の形に収束していく。
――ファイヤーアロー!
灼熱の炎の槍が一直線にドラゴンの胸を貫通!
着弾と同時に、地面が一瞬で焦げる。
「ええっ!? ツバサちゃん、ファイヤーアローまで使えるようになったの!? しかも、威力おかしくない!?」
「はいっ、最近習得しました! 自主練ですっ!」
にっこり笑って胸を張るツバサさんに、梢社長は満足げに頷いた。
「フン、やるなツバサ」
オフィーも負けじと構える。風の渦がさらに激しくなり――
ウィンドスラッシュ・改!
唸る刃が、ドラゴンの体を切り裂く。先ほどの倍の威力!
「負けてられませんね」
ドン殿下が風を集める。
――エアーカッター・連弾!
無数の風刃がドラゴンに休む間もなく降り注ぐ!
「えーっ、私のも見てくださいよ〜!」
ソラさんの杖からは、炎の球が一つ、二つ、三つ――
――フレアボム・トリプル!
なにこれ、もはや魔法の見本市?
「わしも! わしも混ぜてー!」
突撃してきたのは、のじゃロリ大樹卿。その手から飛び出したのは――
ロックバレット・マシンガン!
岩弾が雨あられとドラゴンに降り注ぐ。
――もう、完全にトドメ通り越して、暴行だよこれ。
「あのー……もう、いいと思います。ドラゴンさん、すでに挽き肉です……」
僕のぼそっとしたツッコミは、夜風にかき消された。
なんかこれ、正義の味方っていうより、悪の組織の処刑現場じゃない?
そこへ、とことこと歩いてきたモモが、僕の袖をつんつんと引っ張る。
「ん? どうした?」
モモはノートPCを差し出す。画面の中のサブリナが、深〜いため息をついて睨んできた。
『あー……みんな。ドラゴンの中に“ダンジョンコア”があること、忘れてない?』
――あ。
場の空気が、ピタリと止まる。
「そーじゃった、そーじゃった!」
ぽんっと手を叩く大樹卿。
「でしたね〜。もう、大樹卿〜、やりすぎですよ〜」
梢社長がニコッと笑って小首をかしげる。
「ついつい、調子に乗ってしまったわい」
「やりすぎです!」「ですね〜」「ま、ちょっと過剰だったかな」「これもまた一興」
アーハハハハハハ!!
――え、なにこの狂気のテンション。
『おい森川。そこのバーサーカーども、ちゃんと管理しろ!』
「……はい、すいません」
思わず謝罪する僕。
そして――最悪の事態が、起きた。
ズドン……ッ ズドン……ッ
肉塊と化したドラゴンの一部が、不気味に脈打ち始める。しかもその鼓動は、どんどん大きくなっていく。
「……え?」
肉が――動いた。ずるり、と。
光を帯びた肉片が磁石のように集まり、骨と皮膚が再構築されていく。
その光景は、まさに――悪夢。いや、それ以上に――グロい……!
『……あーあ。ホラーだよ、再生始まっちゃったよ……』
静寂の中、サブリナの乾いた声が響いた。