第171話 白い死神
何はともあれ、まずは飛び去ったドラゴンの捜索だ。
僕らはヘリに乗り込み、12月の夜空へ舞い上がる。
操縦は引き続き、神戸さんの部下が担当してくれた。
「師匠から最新情報!」 モモが叫ぶ。
どうやら、サブリナがドラゴンの現在地を補足したらしい。
表示された座標の場所は――都市の象徴、ハイエンドタワーだった。
「……あそこか」
思わず唇を噛む。
あの高層ビルは、かつて傭兵部隊と死闘を繰り広げた因縁の地。
見た目はスタイリッシュな近未来型インテリジェントタワー。でも中身は、怪しげな無国籍企業が入り乱れる、裏の顔もゴリゴリな場所だ。
「縁があるねぇ。因果ってやつ? それとも……特異点かな~?」
梢社長が、いつもの調子でのんびりと微笑む。まるで他人事みたいに。
「……いました」
パイロットが指さす先に、夜空に浮かぶ巨大な影。
ハイエンドタワーの頂上に、王者のように翼を広げたドラゴンがいた。
しかも、ビル全体がイルミネーションで彩られ、巨大なクリスマスツリーのように輝いている。その頂上に鎮座するドラゴンは、まるでツリーの先端を飾る星のオーナメントのようだ。
……高層ビルにドラゴンって絵面がシュールすぎるだろ。
しかし、これで、街中にドラゴンが出現してしまった。大樹だの異世界だの、世間に隠し通せるものじゃなくなってしまった。
この世界は――これからどう変わっていくんだろう。
ちらりと、横に座る梢社長を見る。視線に気づいたのか、「ん?」と楽しそうに微笑む。
この人、マジで不安とか感じないのか……。
――まあ、そのおかげで突っ走ってこれたんだけど。
とにかく、まずは目の前の災厄だ。
僕はインカム越しにサブリナへ報告する。
「ドラゴン発見。ハイエンドタワーの屋上だ」
『知ってるよ~ん! なんせ、そこにユグドラシルAIの"お届け物"が向かってるからねー』
その瞬間――夜空のグラデーションに、白い光の点がいくつも浮かび上がった。
「来た……! 見て」
ツバサさんが窓の外を指差す。僕も慌てて目を向けた。
そこには、純白のドローン編隊。まるで一つの巨大な生き物みたいに、整然としたフォーメーションで空を滑空している。
『それそれ! あれが“神格プロトコル・ノウス”搭載のイノセントキャリアたち!』
サブリナがやたらテンション高く説明してくれる。
『正式名称は“浮遊戦術型AIドローン”、でも通称は――“白い死神ホワイトリーパー”!』
なにそれ、名前が物騒すぎる。
「あれ、燃やす?」
ツバサさんがさらっと言う。
「上空で爆発させたら洒落にならないって!」
僕はあわてて止める。
一方で梢社長は頬に手を当て、首をかしげる。
「でも、手でつかめる距離じゃないしねぇ」
「でしょうね!!」
そんなやりとりの間にも、ドローンたちは空中でダイヤモンド型の編隊を組み、ビル周囲に蜘蛛の巣のような光のラインを描き始めた。
「うわ、これ……儀式っぽい」
モモが不安そうな声を漏らす。
儀式系、彼女にとってはトラウマ案件だ。
『……ヤバい。中央のコアドローンがエネルギーをチャージしてる』
サブリナの声にも緊張が走る。
中央に位置する、ひときわ大きなドローンから金属パーツが静かに展開された。細長い羽根状のパーツ、その先には針のような装置が。
「来るぞ!」
バシッ、と空気が震えた。次の瞬間、光を帯びた“筒”が発射される。
弾丸のようなそれは一直線に――ハイエンドタワーの屋上、ドラゴンの胸部へ。
『発射確認! ユグドラシルの神格兵器、始動した……!』
サブリナの声が震える。
「避けろ……ドラゴン!!」
僕の叫びも虚しく、ドラゴンは動かない。まるで運命を受け入れたかのように、静かにそこに立ち尽くしていた。
そして“筒”が突き刺さる。
くぐもった音とともに、そこから何かが芽吹いた。
枝? いや、神経のような、有機的な金属の枝だった。
その枝がドラゴンの全身を這い、鱗に金属光沢を与え、翼は透明なガラスのように変化する。
まるで、生きた宝石になっていくようだった。
――これが……“神格プロトコル・ノウス”
カルビアンを侵した木質構造、カルト教団の教祖が身にまとっていた異形の樹皮。それらに似て非なるもの。
底知れぬメタリックな進化形――まさに、現代科学と神話の融合体。
『やばいねぇ、起動してる。完全にね』
サブリナの声がインカム越しに低く漏れる。
その直後――夜空を切り裂くようにドラゴンが咆哮した。
高く、そして長く。怒りや威嚇じゃない――哀しみの祈りのような声だった。
「あの声……助けを求めてるみたい」
梢社長が眉をひそめ、いつもの余裕ある笑顔が曇る。
「ドラゴンちゃん、痛がってるのかなぁ……」
モモが震え声でつぶやく。
「やっぱり燃やしましょう!」
ツバサさんが拳を握る。
『ちょっと待って……これ、マズいかも』
サブリナのキーボードを叩く音が早くなる。
『どんどんデータが流れ込んできてる! 止まらない。ドラゴンのコアに直接アクセスされてる! これ、逆に取り込まれてるんじゃない!?』
「どういうこと?」
『神格プロトコルとドラゴンのダンジョンコアが干渉しあって、暴走してるの! 読み取るどころか、融合しかけてる!』
「止めなきゃ……!」
気づけば、僕はそう呟いていた。
でも――どうやって?
ホワイトリーパーたちは空中に陣形を保ち、神の枝は着実にドラゴンを包み込む。
それはまるで――聖夜の贈り物のように。
そして。
『緊急事態! 緊急事態よ!!』
サブリナの声が突然金切り声になった。
『ドラゴンのバイタルデータが……消えた!? いや、違う――変換されてる! これ、もうドラゴンじゃない! 何か別の存在に……』
そして、変質を終えたドラゴンが――いや、もはやドラゴンではない"何か"が、ゆっくりと首をもたげた。
その瞳は、もう温かな緑色ではなく――冷たく光る、機械の青だった。
日付が変われば、クリスマスイブ。
今年は――絶対に忘れられない夜になる。
そんな予感がした。