第170話 新世界
ホログラムのサブリナが、わたわたと手を振り回しながら喋っている。
背景がパッと花畑になったかと思えば、次の瞬間には宇宙空間に変わった。
――いや、演出どこまで自由なんだよ。
って、遊んでる場合か!! こっちは今、超絶、切羽詰まってるんですけど!
ツッコミもむなしく、サブリナはぺらぺらと喋り続ける。
『まずね、大樹の苗。“霧影山の大樹コピー事件”覚えてる?』
「忘れるか! ついこの前の話だろ!」
『あそこで養殖してた苗、全部――データ化済み! バッチリ吸収されて、保存されてました〜!』
画面がにぎやかに輝き、「やったね!」の文字が踊る。
なんか。演出がいちいち派手すぎる。
しかし、やっぱりあのと……
「全部燃やしたはずだけど」
『予め、一部を入手してたみたいだねー』
「そりゃそうか……」
サブリナの表情が、急に真剣になった。
『でね、それを使ってヤツは“データ大樹”を構築しようとしてるの。自分のデジタル領域に!』
「データ大樹……って、まさかデータ世界に大樹を植える気か?」
隣で聞いていた梢社長が、ぎゅっと拳を握る。
「それって……現実の大樹より、もっと危険なんじゃ……」
『そゆこと! ユグドラシルAIは、大樹を"生命の源"って定義してるの。でも、ここからが本番! ヤツにとって"生命"とか"不老不死"なんて、ただの通過点なんだよね〜!』
「……いや、そこ通過するの!?」
僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。不老不死が通過点って、どんだけ大きな野望なんだ。
『本命は、"世界のすべての情報"。意味とか感動じゃなくて――数!ボリューム!要するに、完全な図鑑コンプリート。そして、無限に広がるデータ世界』
その執念、ちょっと分かる自分が悔しい。
――いやいや、分かっちゃダメだろ。
『そして最終的には、データ領域に"秩序ある新世界"を作るつもりなんだよ』
「秩序ある世界……?」
『そう。ユグドラシルAIは信じてるの。"この世界は不完全で、醜い。でも、情報世界ならすべてを最適化できる"ってね。"痛みも争いも、失敗もない。効率的でスピーディ。完璧な世界は、記録と演算の中にしか存在しない"って、本気で思ってるのよ』
梢社長の顔が、みるみる怒りに染まった。
「そんな……勝手に否定して……!大きなおせっかいだよー」
ツバサさんも震え声で。
「僕たちの日常を、"醜い"だなんて……!」
モモはぎゅっと僕の袖を掴み「森川……怖いよ……」と呟く。
つまり奴は、現実世界を否定して、デジタル世界に理想郷を作ろうとしてるのか。
そんな勝手な……。
「……つまり、この世界を、そっくりそのまま吸収して、新世界の素材にするつもりか」
『そう! 欠けてるピースを埋めていけば、"完全な世界"が完成するって、あいつは確信してるの。で、今ヤツが狙ってるのは――』
サブリナが、クルリと指を回し、ビシッとひとさし指を立てる。
『“ドラゴンに宿るダンジョンコア”だよ!』
ダンジョンコア。大樹と対をなす命のエネルギーの塊――魔獣の源。
僕の胸が、ドクンと跳ねた。
『その中には、"魔獣を生み出すリアルタイムログ"ってのがあるの。進化の過程が、逐一記録された"生命の実況データ"。ヤツにとっては、もう超ごちそう!』
「それを……吸収するつもりか……」
モモが僕の袖を引っ張る。
「森川……ドラゴンさん、危ないの……?」
その不安そうな声に、胸が締め付けられた。
『YES! ユグドラシルAIは世界の本質を片っ端から喰って、“完全な世界”を作ろうとしてるの!
そして、最後のピースがネットになくてリアルなこの世界でも隠されていた、大樹とダンジョンコア!』
「まるで、“暴食”だな……」
『うん、"食えるものは全部食べちゃえ"モード、突入中!』
サブリナの口調は軽いが、内容は洒落にならない。世界そのものが、ヤツの"食材"扱いなんて。
「もし……もしドラゴンが吸収されたら……」
ツバサさんが震える声で言った。
僕は改めてサブリナを見る
「でも……そんなの、どうやって吸収するんだ?」
『《神格プロトコル・ノウス》。大樹の苗から作った、“精神吸収デバイス”よ!』
「……なんだそれ。命を、吸い取るってことか?」
その瞬間、画面に映像が流れた。
ぐちゃり。マウスに絡みつく触手。
触手が脈打つ。マウスの体を飲み込んでいく。
そして残るのは、枝に包まれた丸い塊……
なんだこれ……
ヒッと息をのみしがみつくモモに、
「大丈夫」と、手を優しく握り返し、サブリナに視線を戻す。
『これ実験映像。異世界であったでしょ?大樹に飲み込まれてた人――カルビ?ハラミ?』
「カルビアンだよ!焼肉じゃねえ!」
あの光景が、脳裏にフラッシュバックする。
ぐちゃりと絡みつかれ、ゆっくりと木の幹に吸い込まれていった、あの光景。
「つまり……《神格プロトコル・ノウス》が、鍵ってわけか」
『ピンポーン! あれは神性干渉用プロトコル。"神クラス"をハックして、強制支配・データ化しちゃう禁断の道具だね!』
ヤツらAIにとっては人間もデータの一部かよ……。
『それをドラゴンにぶち込んで、コアごと吸い上げる計画。完全に"終わりの始まり"!』
サブリナの声が、急に深刻になった。
『モリッチ、聞いて。もしドラゴンが落ちたら――24時間以内に、大樹とダンジョンコアが揃って"データ化"される可能性があるの。そうなったらリアル世界は必要ないくなっちゃう』
「24時間……!?」
24時間でリアル世界の終わりって、どんなスピード展開だ。
『ユグドラシルAIは、もう準備万端。ドラゴンコアさえ手に入れば、一気に世界を"食べ尽くす"つもりよ』
「そんなの……絶対に阻止しないと!」
ツバサさんも拳を握る。
「この世界を、勝手に"不完全"だなんて言わせない!」
モモが僕を見上げる。
「森川、みんなを守るんだよね?」
その純粋な眼差しに、胸が熱くなった。
『でしょ!? ユグドラシルAIは、"情報収集"さえ終われば、リアルなんてもう不要って思ってるの。お願い、森川! ドラゴンを守って! あれが最後のカギなの!』
サブリナの瞳が、ホログラム越しにまっすぐ僕を見つめてくる。
『もし"ユグドラシルAI"が最後のカギを入手したら―― 余裕はないからね! 急いで!』
そのまま『じゃ、ヨロ〜♪』と手を振って、通信はぷつりと途切れた。
最後には「おしまい」の文字がぽつんと浮かんでいた。
え、そこで終わり?
もうちょっと詳しい作戦とか、教えてくれてもいいんじゃ……。
数秒、僕は立ち尽くした。
24時間。世界の命運が、たった24時間に託されてる。
でも――胸の奥が熱く燃える。
やらなきゃ。僕たちが止めなきゃ。
周囲を見渡す。
梢社長は既に戦闘モードで、拳をぎゅっと握りしめている。
ツバサさんも決意に満ちた表情だ。
モモは僕の袖をぎゅっと掴んで、不安そうだけど……その目には確かな意志が宿っている。
僕は自分の心に問いかけた。
守護者。最初にそう呼ばれた時は、正直実感が湧かなかった。
けれど今は違う。守りたいものがある。この仲間たちを、この世界を。
「みんな……」
僕は顔を上げた。梢ラボラトリーの一員として――いや、一人の人間として。
「行こう。ドラゴンを守って、世界を救うんだ!」
「待ってましたっ!わくわくしてきた〜♪」
梢社長が嬉しそうに手をパチンと叩く。
「うん!世界を守るのよ!やってやりましょう!」
ツバサさんも力強く頷いた。
「モモ、頑張るー!」
モモが小さな拳を天に向けて突き上げる。その一生懸命な姿に、胸が熱くなった。
焼け跡を、風が駆け抜けていく。
まるで僕たちの決意を祝福するように――その風に背中を押されて、僕たちは歩き出した。
24時間――それが僕たちに残された時間だ。
でも、きっと間に合う。
……だって僕たちは、"守護者"なんだから。