第17話 喫茶こかげ、ふたたび
「こっちこっち!」
生徒を引率する先生みたいに、手を振りながら進む梢社長。
なんだか、ピッ、ピッ、ピッ、と笛の音まで聞こえてきそうだ。
事務所を出て、向かいにある二つの扉のうち、入口に近い方を開ける。
社長が壁のスイッチを押すと、中は倉庫みたいな広い空間だった。
雑然と積み上がった物の山を抜けた先、ガレージのような空間が現れる。
「すごい…」
そこには、手入れの行き届いたバイクが2台並んでいた。
しかも、そのうち1台はサイドカー付きだ。
さらに横には、大型SUVとワゴン車が、ピカピカに磨かれた状態で置かれている。
どれも、手入れが行き届いているけれど、どことなく古めかしい角ばったフォルムをしている。
「よく分かんないけど、ガンちゃんたちが検査だの点検だのしてくれてたから、多分動くと思うよ? 一応、保管魔法もかけてたし、汚れもないはず!」
愛おしそうに車体をなでる梢社長。
サブリナも「おー、すげー!」とテンション高く、車やバイクの周りをぐるぐる回っている。
僕も一緒に眺めながら思った。
バイクには大学時代に乗っていたから、多少は分かる。
どちらも名車と呼ばれる旧型モデル。
たぶん、車のほうもヴィンテージの類だろう。
「綺麗ですけど、古い型ですよね」
「そーなのかなー?」
梢社長は顎に指を当てて、首をかしげる。
「種類とか分かんないけど、私が来る前からあったからねー。結構古いかも」
「いーじゃん! かっけーよ!」
目を輝かせるサブリナ。
「カギこれだよ!」
社長が差し出した鍵を受け取り、バンのドアを開けた。
当然、キーレスでもスマートキーでもない。
しかもマニュアル車だ。
——まぁ、バイトで乗ってたし、なんとかなるか。
梢社長が壁側のシャッターを開ける。
サブリナは早くも後部座席に乗り込んでいる。
僕はイグニッションにキーを差し込み、エンジンをかけた。
軽やかなエンジン音と、心地よい振動が体に伝わる。
サイドブレーキを下ろし、そっとクラッチを繋ぐと、車体はスムーズに動き出した。
——うん、大丈夫。
ガレージを出たところで一旦停止し、「行ってきます」と声をかけようとした瞬間──。
「乗せてー!」
梢社長が、助手席に滑り込んできた。
しかもニット帽で耳を隠して、完全にお出かけモードだ。
「え、社長も行くんですか?」
「私だけ仲間外れにする気〜? ひどくなーい!」
ぷくっと頬を膨らませる社長。
「でも、会社、誰もいなくなっちゃいますけど……」
「大丈夫だよ! いやー車でお出かけなんて久しぶりー!」
梢社長、体を揺らして、めっちゃ嬉しそう。
——いや、ついこの間、僕の車乗ったばかりですよね?
「じゃあ、シートベルトお願いします」
声を掛け、ゆっくり会社を出た。
車は思った以上にきびきびと動いた。
運転していても、古い車とは思えないくらいの爽快感がある。
きっと手入れが行き届いているのだろう。
──もしかしたら、魔改造されてるかもだけど……。
陽気に騒ぐ二人を乗せたドライブは順調に進んだ。
いや、途中で何度か道を間違えたけれど、それでもなんとか『喫茶こかげ』に到着した。
道さえ間違えなければ、10分もかからなかったはずだ。
駐車場に車を停めると、梢社長は助手席からぴょんっと飛び降り、「久しぶりー!」と叫びながら店に駆け込んでいった。
サブリナも、その後を追うように続く。
僕は店の前に立つ。
まだ一日も経っていないのに、何度ここに来たのだろう‥‥‥。
不思議な気分を感じながら、ドアに手を掛けた。
店内では、梢社長と詩織さんが両手をつないで大騒ぎしている。
「ぎゃー! ひとみちゃん久しぶりー!」
「だよーだよー!」
悲鳴とも歓声ともつかない声で叫びながら、ぴょんぴょん跳ねるふたり。
まるで女学生のようなはしゃぎっぷりだ。
とても……。
──ヤバいヤバい。梢社長、心を読むんだった。
それにしても、年齢不詳な人、多すぎません?
そんな中、カウンター越しにサブリナが叫んだ。
「昨日の荷物、車に積んでー!」
それに応えるように、「僕が運びます!」と声をかけると、淳史くんが苦笑いしながら出てきた。
「昨晩ぶりっすね。荷物こっちです」
結局、僕と淳史くんで、荷物を車へ運び込むことになった。
その間、女性三人組はカウンターに腰を下ろし、賑やかに話に花を咲かせている。
そんな三人を横目に、淳史くんが「森川さん、どうぞ」と、僕にコーヒーを淹れてくれた。
香ばしい香りとともに差し出されるコーヒー。
……癒やされる。
こうして改めて見ると、女性陣はみんな強烈なキャラクターばかりだ。
それに比べて、岩田さんも、淳史くんも、やたらと真面目で、どこか苦労性っぽい。
──強キャラ女性陣に、振り回される男性陣。
未来の自分の立ち位置を想像すると……。
不安しかない。
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