第164話 災厄、再臨
──ドガァァァン!
「え!? 今度は何だよ!?」
天井がミシッと軋み、壁の向こうから土煙と悲鳴が入り混じった音が響いてくる。
まさか……ヘルハウンドの連中か!?
まだ攻撃してんのか!?
状況見ろって、頼むから!!
結界を内側に集中させすぎたせいで、外壁が手薄になっていた。そこへ、トカゲ型の魔物が群れで突進してくるのが見えた――
ドガァッ!
壁が吹き飛び、大穴が空いた。
その裂け目から、迷彩服の兵士たちが次々と雪崩れ込んでくる。
一人、二人……そして足が止まる。
「な、なんだ……この化け物……」
戦場と化した室内。銃を構えた兵士たちが、眼前の異形の群れに言葉を失う。
「突入っ! 大樹を奪還……え、なにこれ!? なにこれ!?」
「情報が違うぞ! なんなんだこのバケモンは!」
「ヒッ……! 来るな、食われる!!」
混乱した兵たちは、突入した瞬間からパニックに陥り、無差別に銃を乱射し始めた。
「隊長! どうします!?」
「撃て! とにかく撃ちまくれ!」
「でも民間人が――」
「構うな! 生きて帰るのが先だ!」
中には、侵入直後に腕を食いちぎられた者までいる。
銃声、火花、硝煙の匂い――まるでカオス。
「流れ弾に当たるなよ」
剣を振るう隣のオフィーが、低くぼそっと呟く。
「無理に決まってんだろ!!」
叫び返す僕。そもそも、銃弾なんて普通の人間に避けられるわけないだろ!!
と、その瞬間、耳元で派手な音がする。
音のほうに視線を向けると、防御結界に銃弾がめり込んでいた。
『一応、流れ弾からは守ってやっから、キビキビ動きな』
――ドリー! 助かる。
『別に……あんたのためじゃないんだから! 早くこのむさくるしいの何とかしろ!!』
――いや完璧、ツンデレ宣言ありがと!!
しかし、最悪なことに――銃声に反応して、魔物たちの動きが一気に加速する。
興奮してる!? いや、違う……これはもう、狂喜だ。
撃たれるたびに活性化し、痛みすら快感に変えているかのように、奴らは血の匂いに酔いしれながら突進してくる。
「やめろやめろ!! 逆効果だって!! 余計に興奮してるぞ!!」
そう叫んでも、混乱した兵士たちは止まらない。
撃てば撃つほど、奴らはさらに獰猛に――それはもう狂気そのものだ。
しかも、結界前でオフィーが大暴れしているせいで、進路を変えた魔物たちが次々と壁の穴へ向かっていく。
湧いて、暴れて、這い出して――そして、街へ。もはやどうにもならない。
「武装部隊、迎撃! 敷地外に防衛ラインを築け! 街へ出たら終わりだ! 全力で食い止めろ!!」
後方から、神戸さんの怒声が飛ぶ。その声が裏返るほど、必死だ。
だが、魔物の流出は止まらない。
「街が、崩壊する……」
魔物の群れは外へ溢れ出し、ついには壁の一角が崩れ落ち、空が覗いていた。
それはもはや"壁"の役割をなくしていた。
外からは、兵士たちの断末魔が絶えず聞こえてくる。
「社長! 壁のところ、結界で防げませんか!?」
「やってるよ! でも群れの勢いが強すぎて、手が追いつかないのっ!!」
制御不能化……。
何体の魔物が外に出たかなんて、もう分からない。
視界のすべてが、異形の塊で埋め尽くされていた。
「神戸さん! 街に避難警報を!!」
このままじゃ、街の人たちが――魔物に食われる!
神戸さんは即座に頷き、端末を操作して指示を飛ばすが、回線が混乱しているらしく繋がらない。
「クソッ……!」神戸さんが拳を握りしめる。
「私がここにいても足手まといになるだけだ……! すまない、街への被害を最小限に抑える! 魔物の封じ込めは……頼む!」
悔しそうに歯を食いしばり、神戸氏は走り去った。
けど、こちらも好きで逃がしてるわけじゃない。防ぎきれないから、溢れてるんだ。
胸の内で盛大に舌打ちしてしまう。
「森川! 壁の穴に群がってる魔獣を、左手で蹴散らせ!」
オフィーが叫ぶ。
けど、俺が力を使えば……ヘルハウンドの連中まで巻き込むかもしれない。
「ダメだ、人がいる! 巻き込むわけにはいかない!」
「そんなこと言ってる場合か! 黙って見てたら、あいつら全員ただのエサだぞ!? やれ!!」
叫ぶと同時に、オフィーは俺の肩を掴み、結界の外へ強引に引きずり出す。
彼女は大剣を前に翳し、静かに――確実に気を高めていく。
俺も、左手に意識を集中させた。じんわりと熱を帯びる感覚。
やがて粒子が手のひらを中心に渦巻き、力の塊へと変わっていく。
「結界、いったん解除してくれ! ツバサは後ろに下がって!」
オフィーの声に応じて、大樹卿と社長が頷き、前方の結界が音もなく消える。
「行くぞ、森川!」
その声に頷き――
「トルネードスピアッ!」
「グリーンフラッシュッ!!」
二条の閃光が渦を巻き、轟音と共に魔物の群れを飲み込む。
暴風のように。雷鳴のように。
魔獣たちは血煙とともに吹き飛び、断末魔を上げながら消えた。
暴風のように。雷鳴のように。
魔獣たちは血煙とともに吹き飛び、断末魔を上げながら消えた。
壁際にいた兵士数名も、魔物もろとも吹き飛ばされて気絶している。
「うわ、やっぱり巻き込んだ……」
「仕方ない。あのまま放置してたら全員死んでた」
オフィーの冷静な声に、複雑な気持ちになる。正解なんて、きっとない。
一瞬の静寂――
だが次の瞬間、穴の奥から太い唸り声が響く。
今度は単体。しかも、さっきまでの魔獣とは格が違う気配だ。
そして穴からゆっくりと現れたのは――小型だが、明らかに上位種の魔獣。
牛のような風貌、ミノタウルス。あんなのまでいたのかよ!
「ミノか……チッ……まだ出てくるのか」
オフィーが焼き肉の部位のような言い方で叫ぶ。
ミノタオルスに続き、初めて見る魔物が湧き出してくる。
「ダメだ、きりがない……!」
俺の呟きに、隣のオフィーが苛立たしげに舌打ちを返した。
「やはり、ダンジョンコアを破壊するしかないのう」
声を上げたのは、ロリ姿の異界の管理者――大樹卿だった。
彼女はセーシアとルリアーナに向き直り、短く告げる。
「セーシア、ルリアーナ、わしらで潜るぞ」
「私も行く!」
即座に叫ぶオフィー。だが――
「おぬしらは、外に出た魔獣の殲滅を頼む。人間どもじゃ、どうあっても殺しきれんからのう」
大樹卿は、にっこりと笑って言う。
「なーに、コアを潰すのは異界の管理者の務めじゃ。任せておけ」
頼もしい笑顔――が、次の瞬間、彼女の顔が険しくなる。
「……なんじゃ? この気配……」
低く呟き、ダンジョンの穴を睨む。
ギィ……ガァァン!
地鳴りと共に、巨大なかぎ爪が穴の縁を掴む音が響く。
ズズンッ!
その爪が自らの身体を引き上げ、さらなる地響きが広がる。
「……あれは……」
脳裏がざわつく。
この姿、この気配……俺は、知ってる。
異世界で。王城で。カルビアンが"大樹召喚"を行ったとき、あの穴から出てきた――あの化け物だ。
黒き鱗、血のように赤い目。鋭い角と牙。禍々しい威圧感。
──ドラゴン。
ただの魔獣じゃない。
そこに現れたのは、"災厄"という名が相応しい、かつての巨悪だった。