第162話 またそれ?
「相手が混乱してるうちに行きましょう!」
神戸氏の掛け声に、僕と浩司さんは頷き、ヘリから飛び降りた。迷わず梢ラボの正面扉へと駆け出す。
「森川です! 開けて!」
「合言葉は?」
「そんなもん知らんし!! 遊ぶなって、こっちはマジでヤバいんだから!」
ついにキレて、扉を思いっきり叩く。
「早く開けろ!」
「つまんないの〜」
社長の声とともに、扉がわずかに開いた。その隙間に体を滑り込ませる。
入った瞬間──
ガガガガッ!
背後の扉に銃弾が降り注ぎ、金属音が耳を打った。
──ギリかよ! 間一髪じゃねーか。
息を呑み、しばらく外の様子に耳を澄ます。
一方、社内は意外なほど静かだった。
扉を開けてくれたのは、やっぱりというか、ニコニコ顔の社長。その隣には剣を担いだオフィーが立ち、扉の後ろを守っている。
さらに奥では、ツバサさんが警戒を解かぬまま身構えていた。
「ツバサ! 無事か!?」
「……お兄ちゃん?」
浩司さんが駆け寄ると、ツバサさんがきょとんとした。
「なんで森川さんと一緒にいるの? まさか、変なことに巻き込まれた?」
――ひどい言いがかり!!
ジロリと睨まれる……僕? って、どちらかと言えば僕が被害者のような……。
「いや、今回は巻き込まれたっていうか調停者として──」
「ハイハイ、説明は後!」
社長が手をパンと叩いて割って入る。
「サブちゃんは?」
社長がのんきな調子で僕に尋ねる。相変わらず、マイペースにもほどがある。
「サブリナは、まだダムにいます」
「……ダム?」
「ああ、えっと……ファントムの本体がある場所です。ダムの地下に──」
ここを出たこと。監禁されたこと。岩田さんたちに助けられたこと。そして、ユグドラシルAIを止めるため、サブリナがファントムに接続したこと──簡潔に説明した。
その間にも、神戸氏がポケットからスマホを取り出し、通話を始めていた。
「サブリナさんの様子はどうです?」
相手はおそらく矢吹さん。画面は見えなくても、空気でわかる。
「サブリナさんがそう言ったんですね?……了解。それで……」
短いやり取りののち、神戸氏が携帯を切ってこちらを向いた。
「ユグドラシルAIは、完全に干渉能力を失ったようです」
「へぇ〜! さっすがサブちゃん、やるねぇ!」
社長が素で感心して手を叩き笑うけど──いや、ホント分かってる?
ツッコミを飲み込んで、僕は真顔で問いかけた。
「……こっちは大丈夫なんですか?」
真剣なつもりだったけど、社長はあっけらかんと笑ったままだった。
「それがさー、結構ヤバいんだよね〜」
……ヤバいのかよ!
「爆弾の被害とか?」
「ちゃうちゃう。建物は結界で守ってあるから平気。でもさ〜、さっきからダンジョンがやたら騒がしくって」
「ダンジョン?」
「そそ。このままだと──スタンピっちゃうかも〜」
またそれ? “スタンビる”──つまりスタンピード、魔物の氾濫現象だろ?
……って、待って! このダンジョンのラスボスって確か──
「ほんに、世話が焼けるのう〜」
奥の方、大樹の部屋の方から聞こえてきたのは──あの特徴的な声。
「……のじゃロリ?」
「だれが“のじゃロリ”じゃ!!」
バタバタと足を鳴らし、一撃くらいそうな勢いで怒鳴り返す。
姿を現したのは──見た目は完璧な美少女。だが中身は後期高齢者。いや、大樹連のトップにして守護者、《大樹卿どの》。
そしてもれなく、その後ろにはルリアーナ姉さんも登場。なぜかいつも一緒にいるコンビだ。
「まったく……おぬしたち、どこへ行っても魔物の暴走と縁があるのう」
のじゃロリ──もとい大樹卿が、肩をすくめながら嘆息する。
「邪気が満ちれば、聖気が生じる。逆もまたしかりで、生気が集まれば、邪気も引き寄せられる……この理、万象に通ずるものじゃ」
なにそれ、スピリチュアル解説?いらんけど。
「異世界じゃないんだ! ここは日本ですよ!? 魔力も魔法もない、常識の国なんですけど!?」
「だって、あふれちゃったんじゃもん」
無邪気に言われても、納得できるか!
「"じゃもん"じゃねーよ! 今すぐ、ダンジョンの核を破壊しないと──!」
僕が声を荒げた、その瞬間。
──ドンッ!
外で爆発音が響き、建物全体がぐらりと微かに揺れた。
「また爆弾で破壊しようとしてますねー」
あちこちに電話をかけまくっていた神戸氏が、通話を外して周囲を見渡す。
衝撃で建物が震え、天井から細かな粉がパラパラと降ってきた。
「っ……! 何個爆弾持ってんだよ!」
イラついて叫んでしまう。
その直後、地鳴りのような重低音が辺り一帯に響き渡った。
それは、まるで地下の奥深くから突き上げるような振動。
「なんだこれ……地震か……?」
「結界が悲鳴を上げとるな。ダンジョンの核が、内圧を限界まで高めておる」
のじゃロリの言葉に、オフィーが剣の柄に手をかける。ツバサさんも顔をしかめ、大樹の部屋──ダンジョンの方を見やった。
社長はというと、相変わらずヘラヘラしながらも、腰に手を当てて唸っていた。
「ここまで騒がしくなると、外部にも波及するなぁ。いっぱい出てきたら、もう止まんないねー」
「……社長、本気で言ってます?」
「いやー、困った困った。ま、なんとかなるっしょ! いや、なせねばなるまい!」
なんともならない気がする!
僕は、拳をぎゅっと握りしめた。
「仕方ない。今すぐ核を壊しに行こう──オフィー手伝って」
そう言ったところで、のじゃロリが、諦めたように微笑んだ。
「ア〜ア〜、間に合わんかったのう……」
悔しそうに指をパチンと鳴らし、眉をひそめるのじゃロリ。そして、大樹の部屋の方をじっと見つめた。
「始まったぞい。核の暴走じゃ──」