第161話 ヘリと妖精と、突入!
ダムの地下通路を駆け上がる。鉄の踏み板を踏むたび、カンカンと乾いた音が響いた。
焦りと不安で、息が荒い。
──あのままじゃ、梢ラボが危ない。
ツバサさん、オフィー、社長……お願いだ、無事でいてくれ!
心で叫びながら、冷たいトンネルを一気に駆け抜けた。
「急ぎましょう!」
神戸氏がちらりとこちらを一瞥し、鉄扉を蹴り開けた──その瞬間、まばゆい探照灯とヘリのローター音が容赦なく襲ってきた。
耳をつんざく轟音。思わず手で光を遮る。
見上げると、真っ黒な軍用ヘリが頭上でホバリングしていた。
「……っ、伏せろ!」
神戸氏が叫び、スーツの内ポケットから銀色の拳銃を抜く。
「えっ、そんなの持ってたの!?」
「一応、紳士のたしなみですから」
返事もそこそこに、神戸氏はヘリへ狙いを定め──
と、開いた側面ドアから、見知った顔がひょっこり身を乗り出した。
「おーい!」
……え?
「浩司さん!?」
神戸氏が目を細め、ピタリと動きを止める。
「驚いた。税理士さんか」
拳銃を下ろし、神戸氏が呆然と呟く。
ちょうど着陸したヘリから、浩司さんが飛び出してきた。
「来てよかった! 兄貴から連絡が途絶えてて焦ったんだよ! 継案の奴らにダムにいるって聞いて、急いで来た!」
爆音の中、浩司さんが大声で叫ぶ。
操縦席には、以前霧影山で見かけた神戸氏の部下──あの無表情な黒スーツの男が座っている。
「梢ラボは!?」僕が叫ぶ。
「ヤバい! 傭兵部隊が襲撃してて、会社ごと爆破寸前!」
「映像で見ました! 今はどうなってるんですか!?」
「三発目の爆薬も仕掛けられたって……次で壁が吹き飛ぶかも!」
全身の血が凍るような感覚が走る。
神戸氏が拳銃をしまい、鋭く言い放った。
「急ぎましょう! あの施設には、ツバサさんや社長たちもいるんでしょう?」
「……マジか。ツバサの車があったから、まさかとは思ってたけど……やっぱり、あいつも中か……」
爪を噛みながら焦る浩司さん。
僕は彼の肩を叩いて言う。
「大丈夫。妹さんは、必ず助けます」
もう、迷う理由なんてなかった。
僕たちはヘリに飛び乗る。
ローターが再び唸りを上げ、機体が空へと舞い上がる。
窓の外、ダムの天端が遠ざかっていく。
「みんな……どうか無事でいてくれ!」
僕は拳を握りしめ、祈るように呟いた。
▽▽▽
上空から見下ろす街の灯りが、ぼんやりと滲んでいる。
その手前、広大な平野の中央に、梢ラボの社屋が不気味にライトアップされて浮かび上がっていた。
白く無機質な箱のような建物。そして、ガラスの壁の向こうに、大樹がそびえている。
だが今、その周囲には黒塗りの車や装甲が未知を埋め尽くし、建物の周りには武装した兵士たちが銃を構えて取り囲んでいた。
そして、上空には黒塗りのヘリが三機、低空でホバリングしている。
……まるで戦場だ。
さらに──ラボの一角。破壊された壁付近から、もくもくと煙が立ちのぼり、赤い閃光がときおりちらついていた。
その瞬間。
ドォォンッ!!
夜空に向かって火柱が一気に立ち昇り、黒煙が渦を巻いて空に消えていく。
……三発目。
「会社の前の駐車場に降りれませんか!?」
叫ぶ僕に、黒スーツの操縦士が即答する。
「無理です! ヘルハウンドが施設を完全包囲しています! 着陸の余地がありません!」
──なんで、自分の会社に帰るだけなのに、こんなに気を遣わなきゃならないんだ!
もう我慢の限界だった。
僕は左手のブレスレットに向かって叫ぶ。
「グリー! 出番だぞ! 奴ら、蹴散らしてくれ!」
シュボッ!
白煙と閃光。その中から──
可憐で麗しい妖精……が、めっちゃ不機嫌そうな顔で登場。首をゴキゴキ鳴らす。
『ったくよ〜〜……だからいつも急に呼ぶなって言ってんだろ〜〜が〜〜』
おなじみのドス声&ボヤき全開。
「さっきは全然役に立たなかっただろ。今回は頼むぞ」
『バ、バカヤロー! あれは状況が悪すぎただけだっつーの!』
「ふ〜ん」
『チッ……見てろよ!!』
文句を言いつつ、グリーは手をひと振り。
その瞬間──
ラボ前の駐車場スペースを囲む木々が、ざわ……ざわ……と音を立て、うねり始めた。
いや、揺れたんじゃない。生き物のように動き出した。
枝と幹が暴れまわり、傭兵たちを次々となぎ倒す。
銃を構える暇もなく、木の根が彼らを絡め取り、宙にぶん投げる。
「うわああああッ!?」
「な、なんだこれッ!?」
騒然とする中、駐車場の中央に、ぽっかりと空いたスペースが生まれた。
「着陸します!」
操縦士が叫び、ヘリは即座に降下態勢へ。
グリーはふぅっと息をつき、どや顔で鼻を鳴らす。
『ったくよ〜〜……おれっちが動けば、こんなもんよ……ん?』
視線の先に──潰れたベージュ色の軽自動車。
木の根に巻き込まれて、完全にスクラップと化していた。
——あらら、あの車は確か‥‥‥
「……あー、ツバサさんの車も再起不能だ、こりゃ」
ギョッとして僕を見るグリー。
『うそっ、あれツバサ姐さんの!? やべ、巻き込んだかも……』
──ん? いつから“姐さん”呼びになった?
「“かも”じゃなくて、完全に巻き込んでるよ、あれ」
ギョエーッと頭を抱えるグリー。
そして、なぜか僕を睨む。
『そういうの、先に言っとけよなあああ!』
「……知らないよ。後で謝れば?」
『いやあああああ!! ツバサ姐さんにバレたら焼かれる〜〜! 秒で森に埋められる〜〜!!』
──なんでグリーの中でツバサさんの魔女化が進行してんだ……
叫ぶやいなや──
シュボッ。
白煙とともに、グリーが煙の中へと消えた。
──逃げやがった! あいつ!