第157話 コード:リブート
男はくるりと身を翻し、目の前のドームに向かって両手を広げた。
「見なよ、この美しき制御核! 理性と狂気の狭間で、ただ純粋にコードの夢を見る──我らが“幽霊”、ファントム0.7!」
……あー。ホントにヤバい人だ。
その瞬間、みんなの気持ちがスッと引いていくのが、手に取るようにわかった。
奇人、変人、狂人──どの単語でも足りない。
まさに最強クラスのマッドサイエンティスト。今後は“ヤバ男”と呼んでやる!
モモが「この人、こわい……」と小さく呟き、サブリナの腰にしがみつく。
……とはいえ、ヤバ男の言う事は、確かな知識と、そして何より、強烈な情熱が感じ取れた。
「本来なら、とっくに実用段階をクリアしてるはずなのに……この子の魅力を知らない人が多すぎて、いまだに“待った”のままなんだよ! このままだと、目覚める前に潰されかねない!」
フーフーと鼻息を荒くしながら、ヤバ男が顔をぐいっとこちらに突き出してくる。
ギラついた目で、僕たちをじろじろと見回した。
「ちなみに、“コード:オーバーライド”を出したのは──僕だよ」
白衣のボタンを留め直し、細い体をふんぞり返らせる。まるで“よくやった、僕!”と言わんばかりの得意げな顔だ。
「は……?」
全員が一斉に固まった。
「あなたが……?」神戸氏が眉をひそめる。
「そう! 僕がコード『オーバーライド』を発動したんだ!
ファントムの純潔を守るためにね! あんな汚れた愚物に触れさせたくなかったんだよ!」
そう叫ぶと、ブツブツと「ダメダメ絶対……」と繰り返しながら、髪をかき乱し始めた。
「でも、それももう風前の灯さ……奴らは物量で押し寄せてきて、
腐ったバームクーヘンみたいに、じわじわと周りから侵食を始めてるんだ……!」
「見て見て!」と、ヤバ男がモニターを指差す。
ファントムの起動バーが、じりじりと進行していた。
「もう制御だけでは止めきれない。
ファントムコアにアクセスするには、“生体リンク”──つまり、脳波同期で目覚めさせるしかないんだよ!
さあ、早くこの子を起こしてあげよう!」
「……何言ってんすか、このキモオヤジ」
淳史くんが眉をひそめ、ボソッとつぶやく。
代わりにサブリナが、冷静に状況をまとめた。
「……つまり、外部からファントムを守る手段はもうない。
だから、ファントム自身に防衛行動を取らせるしかない。
そのためには、意識レベルで目覚めさせる必要がある──ということね」
「なるほどなるほど。要は、寝起きドッキリっすね」
──いや、そんなこと言ってませんけど!?
ヤバ男は銀色のケースを開けた。
中には、無数の神経端子がついたヘッドギア型装置が収められていた。
中央のコアユニットが、青白く脈動している。
「さ、これを使って!」
ヘッドギアを差し出しながら続ける。
「これを装着すれば、君の脳波がファントムと同期する。
君の“意識”が、そのままコードになるんだよ!」
「……これ、実証済みなの?」
「君が初めてだよ!」
「……つまり、私が実験体ってわけね」
「もちろん! ようこそ、人体リンクテスト第1号!」
「……ヤベーな、キモオジ」
淳史くんがまたぼそっとつぶやいた。
しかしヤバ男は、そんな反応には全く動じない。
銀色のケースからコードを引っ張り出しながら、にこにこと作業を続ける。
「量子演算体は、機械の言葉じゃ反応しない。人間の“脳”で話しかけるしかないんだよ」
ギアにコードを繋ぎながら、語る口調は真剣そのもの。
「生体アクセスプロトコルで、量子インタフェースに──ダイブするんだ」
サブリナは軽く息を吐き、ギアを受け取った。
「……まあ、悪くないオモチャね」
いたずらっぽく口元をゆがめ、ニッと笑う。
そして、くるりと振り返る。
「──でもその前に、一度電源を落として。
今のままでは、外殻で信号が跳ね返される。だから、先に制御を奪う。それでいい?」
「そうだね! そうだね!」と、ヤバ男は小刻みに頷いた。
「リブートまで10分。その間にすべて終わらせてくれ。──まあ、君なら余裕だろうけどね!」
そして、こちらに向き直り、満面の笑みで言う。
「ブレーカーパネルは隣の部屋だよ。一度すべてを遮断したら、10数えて再接続。急いで!
残り時間は20分を切ってる!」
神戸氏が即座に指示を飛ばす。
「矢吹、岩田さん、淳史くん。発電ルートを遮断してくれ! 時間との勝負だ!」
「了解!」
矢吹を先頭に、三人が駆け出す。
しばらくして、隣の部屋から声が飛ぶ。
「確認しました! こっちはいつでもいけます!」
サブリナは椅子に座り、ヘッドギアを装着していた。
装置から伸びた複数のケーブルが、コアユニットに接続されている。
端子の状態を手早くチェックし、彼女は頷いた。
それを見て、神戸氏も頷く。
「よし、電源カット!」
バチッ。
照明が落ち、室内は一瞬で闇に包まれた。
コアユニットだけが、氷のように青白く光を放つ。
隣の部屋から、カウントダウンの声が響く。
1、2、3、4、5、6、7、8、9──
「電源、入れました!」
ブウゥン──。
明かりが戻り、各モニターが一斉に再起動を始めた。
ヤバ男がスイッチに指をかけ、振り返る。
照明が戻り、各モニターが一斉に再起動を始めた。
ヤバ男がスイッチに指をかけ、振り返る。
「──さて。いつ始められるかい?」
サブリナはギアを締め直し、冷静に言い放つ。
「今すぐ」
ヤバ男は満足げに頷き、スイッチを押す。
──再起動タイマー:10分。
モニターに、カウントダウンが表示された。
このわずかな時間に──
我らが天才ハッカーが、“幽霊”に挑む──。