第15話 遊びじゃないぞ
「これもこれも! 気を付けて積んどくれー」
サブリナがトランクボックスを次々に運んでくる。
「おいおい、これ全部積むのか?」
岩田さんは、うず高く積まれたトランクボックスを見て苦笑いする。
一緒に行くことになったサブリナが用意した荷物は、思った以上の量だった。
「いつ何時、何が起きるか分からないだろ?だからリスクヘッジしておくのが、プロフェッショナルってもんだい!」
サブリナが腰に手を当て胸を張る。
「はーい、おしゃべりしない。どんどん積んで!」
詩織さんが手を叩き、僕はせっせと軽バンに詰め込んでいく。
「サブ、いくら軽バンでも限度あるぞ。人だって4人乗るんだからな」
岩田さんがぼやき、それに対し、サブリナは肩をすくめて言い返す。
「どうせ魔改造とかしてんでしょ! ダイジョブダイジョブ!」
結果、無理やり押し込んだ荷物で軽バンは満杯になり、僕たちは出発することになった。
帰り道でも、詩織さんとサブリナが旅行気分を満喫。
車内は終始、楽しい会話と笑いで満ちていた。
この二日間、急激な変化に疲れていた僕にとっては、ほっとする時間でもあった。
「サービスエリアに寄ろう!」
「行こう行こう! イワッチ、よろしく!」
詩織さんとサブリナの熱烈なリクエストで、サービスエリアに寄ることになった。
——すっかりサービスエリアの常連さん。
車を停めると、二人は販売所に駆け込んでいった。
僕はおなじみの喫煙所に向かい、タバコを取り出した。
すると、岩田さんが後についてきて、「一本貰えるか?」とタバコを吸うように二本指を口に当てる。
「岩田さんもタバコ吸うんですか?」
「一年前にやめた。ただ、こう面倒が続くとな…吸いたくなる」
岩田さんは苦笑しながら答える。
「メンソールでよければ、どうぞ」
タバコをケースごと差し出すと、岩田さんは一本抜き取った。
僕はライターに火を灯し、岩田さんは口にくわえたタバコに火を近づけ、ゆっくりと煙を吸い込む。
そして、夜空に向かってゆっくりと吐き出した。
白い煙が、夜の空気に溶け込むように消えていった。
「こんなに遅くまで連れ回してしまってすまなかったな」
岩田さんに言われ、腕時計を見る。いつのまにか夜中の11時を回っていた。
この調子だと、家に着くのは日付が変わる頃になりそうだ。
「こちらこそすみません。僕のために、ずいぶん時間を取らせてしまって」
「それはいい、これも俺の仕事だ。森川君が気にすることはない」
岩田さんは、タバコの火をじっと見つめながらつぶやく。
そして、タバコをくわえ直し、じっと僕を見た。
「仕事は、やっていけそうかい?」
「正直わかりません。まだ、何をするのか詳しく聞いていないので」
僕の答えに、岩田さんは「そりゃ、判らんわな」と笑った。
「梢社長のとこは常識外だからな! まあ、最初は何も分からんくらいがちょうどいいかもな」
そう言いながら、楽しそうに岩田さんは煙を吐き出す。
そして彼は僕の目をじっと見て言った。
「辞めたくなったか? こんなおかしな会社]
僕は視線を逸らし、夜空に向かって煙を吐いた。
「前の仕事では、効率が悪いと責められ、時間に追われる毎日でした。成果を出さなきゃって必死に働いたけど、ある時ふと『仕事って何だろう』と考えるようになって……気づけば、辞表を出してました」
僕は、自嘲するように笑い俯く。
岩田さんは何も言わずに耳を傾けてくれている。
「今思うと、現実から逃げただけだなって思っていて。結局、会社や周りのせいにしてたんだと思う。何のために働けばいいのか、全然わからなくなっていて…」
僕はタバコの煙を深く吸い込み、夜空に一息で吐きだした。
「だから…、梢社長が誘ってくれて嬉しかったんです。変な会社だと思いましたが、一緒に働こうって言ってくれた。それだけで断る理由なんてなかったです」
僕の言葉に、岩田さんは少し呆れたように肩をすくめ、「そうか」と小さく呟いた。
「まあ、梢さんのところは、逃げようとしても逃げれんがな」
彼は悪戯っぽく口角を上げて僕を見てくる。
僕も「ですねー」と笑って返した。
その後、僕と岩田さんは黙ってタバコを吸いつづけ、夜の静けさを味わった。
二本目のタバコに火をつけようとしたところで、車を停めた方から、僕らを呼ぶ声が聞こえた。
目を向けると、五平餅を片手に持ち、もう片方の腕に大きな袋を下げた詩織さんと、サブリナが手を振っている。既視感のある姿に、つい笑ってしまう。
「なーに、ムサイ男二人で哀愁しちゃってんだよー!」
サブリナが大声でやじってくる。
「だめだよー! 帰るまでが遠足だからねー、気を抜いちゃだめー」
詩織さんも、わけのわからないことを言ってくる。
——そもそも遠足じゃないし。
「じゃあ行くか」と 岩田さんは、煙草を殻入れに放り込み、呼ぶ二人の方へ歩いていく。
僕も煙草をポケットにしまい後を追う。
「急げ―、日が変わるぞ! モリッチ、駆け足!」叫ぶサブリナと、「ダッシュだダッシュ! 遊びじゃないぞー」と手を振る詩織さん。
——どう見ても遊んでるのは二人だよな。
盛大に溜息をつく僕を見て岩田さんが肩をポンと叩く。
「だから言ったろ。もう逃げれないって」
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