第147話 忍び寄る何か
サブリナがPCからマイクのコードを勢いよく引き抜いた。続けざまに、電源も強制シャットダウン。
「ちょっとちょっと、まだおしゃべりしたかったのに〜」
梢社長が唇を尖らせ、子どもみたいに拗ねてみせる。
「ダメだって。あいつ、全部聞いてる可能性が高い。これ以上話せば、得る情報より漏れる情報のほうが多くなる」
「え〜? でもさ、もうバレてるんなら関係なくない?」
あまりにも無邪気すぎる一言に、思わず苦笑が漏れた。……相変わらずマイペースすぎる。
と、そのときだった。
バツンッ。
突然、照明が一斉に落ちた。事務所が一瞬で暗くなる。
「……あら? 停電かしら」
梢社長が天井を見上げる。
「違う!」
サブリナが低い声で言い放った。
「電源が、元から切られてる……外部から操作されてんだよ」
「そんなこと、できるのか?」
僕が尋ねると、サブリナは小さく首を振った。
「普通は無理。でも、給電システムまで掌握できれば可能。この辺りの施設、ほぼ全部うちの関連だから……狙い撃ちってわけ」
「な、なんなんですかそれ……」
ツバサさんが肩を抱え、小さく震えながら辺りを見回す。
ほんの数分前まで“日常”だった空間が、急に何かに包囲されたような、重たい空気に変わっていく。
そんな中——ドン殿下とオフィーが、息を切らして事務所に駆け込んできた。
「おい、廊下の電気が全部落ちたぞ! 何があった!?」
オフィーが周囲を見回し、「……停電か?」と呟く。
二人とも木刀を手にしていた。どうやら朝稽古中だったらしい。
ただならぬ雰囲気を察し、ドン殿下が声を潜める。
「これは……何か起きたね? 非常事態かな?」
「どうやら、通信と電力を誰かに乗っ取られたみたいなんだ」
サブリナが冷静に答える。
「乗っ取られたって……どういうことだい?」
ドン殿下の問いに、サブリナが短く説明する。
「何者かがシステムに侵入して、うちを攻撃してるの」
オフィーとドン殿下が顔をしかめる。オフィーは壁のスイッチをパチパチと押してみるが、無反応だった。
「だめだな、こりゃ……」
普段通りの口調だけど、緊張は隠せていない。
そして——
コン、コン、コン……!
玄関のドアが、叩かれる音。
全員の動きが止まる。
オフィーが無言で木刀を構え、玄関脇の壁に滑り込む。
僕たちも、それに続いた。
扉を叩く音は止まらない。オフィーが目で合図を送ってくる。
僕は一歩前に出て、声を上げた。
「どなたですか?」
すぐに、聞き覚えのある声が返ってきた。
「神戸です! 森川さんですよね? ……大丈夫ですか?」
——大丈夫って、何か知ってるのか?
警戒しながら、もう一度問いかける。
「えーと……何か御用でしょうか?」
今度は、少し深刻そうな声で返ってきた。
「実は、うちの事務所がサイバー攻撃を受けまして……犯人が“梢ラボを攻撃した”って言うもんだから。急いで来たんです」
声に嘘は感じられない。いつもの胡散臭さすら、今は影を潜めている。
「よかったら、少しだけでも話せませんか? 中に入れなくても構いません」
僕は後ろを振り返り、梢社長に尋ねた。
「どうします?」
梢社長は腕を組んでしばらく考え込み、それから少し大きな声で応じた。
「梢です。今、外にいるのは神戸くんと……誰?」
「矢吹です。ドアの前には僕ら二人だけ。……敷地の外に部下が数人待機していますが、接近はさせていません」
「じゃあ、その二人だけ、中に入って」
「了解しました」
返事は即座に返ってきた。
梢社長が僕に目で合図を送る。
僕はゆっくりと鍵を開け、慎重にドアを押し開けた。
そこに立っていたのは、神戸氏と矢吹さんの二人。
背後に怪しい気配はなく、誰かが潜んでいる様子もなかった。
「どうぞ。ゆっくり入ってください」
声をかけると、二人は警戒しながらゆっくり中へ足を踏み入れた。
背後でドアが閉まりきったのを確認して、僕は再び鍵をかける。
カチリ。 その音が、やけに大きく響いた気がした。
オフィーが無言で二人の背後に立つ。木刀を構えたまま、ぴくりとも動かない。
室内の空気は、静かだけど、ピリピリと張りつめていた。
そんな中、神戸氏が珍しく真顔で口を開く。
「……そちらも、ただ事じゃなさそうですね」
「おまえらの仕業じゃないのか?」
オフィーが低い声で問い詰める。木刀を神戸氏の腰にあてる。
神戸氏は肩をすくめて、苦笑した。
「まあまあ、我々も被害者なんですよ? むしろ、味方だと思っていただきたい」
背後の矢吹さんが、鋭い視線でオフィーとドン殿下を警戒している。
それに気づいた神戸氏が、彼に小さく目配せを送った。
「落ち着け、矢吹。ここで潰し合っても誰も得しない」
そう言ってから、今度は梢社長に顔を向けた。
「先ほどもお伝えしましたが……我々の事務所のPCが、何者かにジャックされました。全端末の画面に“梢ラボラトリーを排除する。協力しろ”と表示されたんです」
「それで?」
梢社長が先を促す。
「“脅迫には乗らない”と突っぱねたんです。すると、次の瞬間……端末がすべて沈黙しました。OSごと潰され、通信も電源も完全にダウン。本当、一瞬でした。悪夢のようでしたよ」
僕が口を挟む。
「梢ラボを攻撃したって言ってきたんですよね? 詳しく教えてもらえます?」
神戸氏はまた肩をすくめ、苦笑まじりに応じた。
「ええ。うちへの攻撃が終わった直後、“次は貴社を攻撃した”とメッセージが届いたんです。だから急いで駆けつけました」
今度は矢吹さんがオフィーから視線を外さず、補足する。
「最初は事故かと思いましたが、セキュアラインを含め、全通信が封鎖されていました。明らかに“人為的”な干渉です」
サブリナが、やや顔をしかめながら問いかける。
「セキュアラインまで……つまり裏ネットワークまで潰されたの?」
サブリナが、やや顔をしかめながら問いかける。
「セキュアラインまで……つまり裏ネットワークまで潰されたの?」
神戸氏が息を漏らす。
「ええ。外部連絡も監視もすべて無力化。あれだけ広い帯域を一瞬で封じる技術、私たちの知る限りじゃ……」
「つまり、やばいやつが本気で動いてるってことか」
僕が呟くと、場の空気がさらに重くなる。
神戸氏が手を組み、真顔で続けた。
「現時点で、お互いに情報が不足している。敵の正体も目的も不明。ただ一つ言えるのは——行動が速く、容赦がない。だからこそ、一度、情報交換しませんか? あなた方にとっても、我々にとっても、それが一番の防御になる」
そう言って、どこか芝居がかった動きで両手を広げ、ついでにウィンクまでしてみせた。
……ウザい。
「おい、ウィンクやめろ。ゾッとする」
オフィーが低く唸った。
「すみません、クセで」
……いや、それ絶対クセじゃない。どう考えても確信犯だ。
でも、話の内容に嘘はなさそうだった。
この状況で、神戸氏ほど確実な情報源も他にない。
僕は、ちらりと梢社長を見る。
彼女は腕を組んだまま、じっと神戸氏を見つめていた。
そして、ため息をついて言った。
「……わかりました。情報交換、しましょう」
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