第142章 冬のある日
最終章~第四章のスタートです!!
その日は、のんびりした日曜日だった。
空は雲ひとつない快晴。冬の空気はからりと澄み、肌を撫でる風も心地いい。
朝から洗濯をして、昼過ぎには駅前まで一週間分の買い出しに出かけた。
年末が近いせいか、商店街はどこもにぎやかで、街全体がそわそわしていた。
あちこちから聞こえてくるのは、おなじみのクリスマスソング。
店のディスプレイは煌びやかで、イルミネーションも気合が入っている。
そして、やたらと目につくカップルの姿。
──来週は、もうクリスマスイブか。
ふと、ツバサさんの顔が浮かんだ。
イブの夜、思いきって「どこか行きませんか」って誘ってみる……とか?
……いやいや、ないない!
突然、イブの夜に誘うなんてないでしょ! そんなこと言えるかって!
あの人、そういうの一番ガード固そうだし。
誘った瞬間、「はい失格」とか言って、残念な人を見る目で刺される未来しか見えない。
でも──プレゼントくらいなら、ありか?
ほんのちょっとしたものでいい。
いつも助けてもらってるお礼なんだ。渡しても不自然じゃない……よな?
これはあくまで “感謝の気持ち” だ。
決してイブだからとか、下心とか、そういうのじゃない。……たぶん。
それに、ついこの前までは無職だったけど、今は一応、“社会人”。
まあちょっと……いや、かなり変わった会社だけど、肩書きは会社勤めの “社会人”!
「大人として、お礼をするのは当然! しなきゃ社会人失格!」
自分にそう言い聞かせながら、人混みをかき分けて歩いていく。
たしかこの先に、小物雑貨の店があったはず。
女性向けの可愛い雑貨が多くて、雰囲気もよかった記憶がある。
目的が決まると、自然と足取りも軽くなる。
なんとなくスキップでも踏みたくなるような、そんな気分だった。
……が、その店が見えてきた瞬間、出鼻をくじかれた。
店の前には、10代くらいの女の子たちがスマホ片手に群がり、キャアキャアと騒いでいる。
……アイドルでも来てるのか?
これは……無理。
このタイミングで、おっさんが女子の群れに突っ込んだら、プレゼント買うどころか通報案件になりかねない。
よし、やめよう。戦略的撤退だ。別の店を探そ──
「ユーイチ!」
どこかで聞いたことのある男の声が耳に飛び込んできた。
気のせいだろ、とスルーしかけた直後──
「ユーイチ! 森川裕一!」
フルネームで呼ばれて、さすがに足が止まった。
振り返ると、女子たちの輪の中心に、見覚えのあるハンサム男がいた。
「……ドン殿下?」
彼は「ちょっとごめんね」と笑い、女子たちをかき分けてこちらへ歩いてくる。
その一挙手一投足に、黄色い声が飛び交う。
「やあ、久しぶり!」
ただのベージュのセーターと細身のデニムなのに、まるで雑誌の表紙みたいな存在感。
そんな彼が、冴えない男に親しげに話しかけるもんだから、「誰あのオッサン?」とか「金でも脅されてんの?」とか、聞きたくない声が飛んでくる。
「ご無沙汰してます。殿下、こっちに来てたんですね」
「うん。昨日着いたばかり。年末はこっちでのんびりしようと思って」
「本国の方は……大丈夫なんですか? その、後継問題とか……」
彼はふっと目を伏せ、少し寂しげに笑った。
「僕はもともと継承権を放棄してるから。……大丈夫だよ。兄さんのことで少し揉めたけどね」
そう、彼――ドン殿下は、ロイマール帝国の第三王子。
そして、第二皇子カルビアンは“あの事件”で、大樹に取り込まれ亡くなった。
──まあ、そのとどめを刺したのは、僕とツバサさんなんだけど。
「殿下……お兄さんのこと、本当に……」
「君が謝ることじゃないさ。
むしろ、国を救ってくれた君に、僕は感謝してる」
その笑顔は優しくて……でも、どこか切なげだった。
「今日は、またどうしてこんなところに?」
「いや、あっちじゃ気軽に散歩なんてできないからさ。こっちなら……って思ったんだけど、ご覧のとおり」
彼は肩をすくめ、女子たちの熱視線を受けながら苦笑する。
──まあ、このルックスと王子様フェロモン全開じゃ、無理もない。
心なしか、背景にキラキラした花が舞ってる気さえする。
僕はそっと、その場から離れようと後ずさる。
「じゃ……そろそろ行きますね」
こっちはプレゼントを買うという重大ミッションがある。
さらば、ドン殿下!
そう思って踵を返しかけた瞬間──
ガシッと手を掴まれた。
「ねえ、せっかくだし一緒に食事でもどう? セーシアからお金も貰ってるし、奢るから!」
そう言って、ドン殿下はポケットからキラリと輝く金貨を取り出した。
——ちょ、梢社長!? なんで金貨渡してんの!?
なぜだろう、梢社長のケラケラ笑う顔が脳裏にフラッシュバックする‥‥‥。
「殿下、それ日本じゃ使えませんから! しまっといてください!」
「あっ……」
素直に金貨をポケットへ戻し、バツが悪そうに笑う王子。
「ていうか、王子様と食事ってプレッシャー半端ないんですけど……」
「ユーイチ。頼むよ」
その一言と、切なげな目。
ズルい。断れるわけないじゃん。
「……じゃあ、“こかげ”にでも行きます?」
「いいね、それ! ちょうど日差しも強いし、休憩したかったんだ」
──“こかげ”は喫茶店の名前で、避暑地じゃないぞ!
「得意先なんです。ランチ、うまいですよ」
「やった!」
少年のような笑顔で、王子がパアッと輝く。
……なんか、ほんとに花が舞ってる気がした。
「行こう行こう! おっと、その前に……」
彼は女の子たちのほうを向き直り、笑顔で手を振った。
「じゃあ、またね〜!」
その直後、なにか小さく呟いた。
途端に、女の子たちの視線がふわっと宙を彷徨い始め、「あれ? どこ行った?」と戸惑う声が上がる。
「さ、今のうちに!」
ドン殿下は僕の腕を引き、駆け出した。
「ちょ、ちょっと殿下!? 今の、まさか記憶消去とかじゃ……」
「ちょっとした“隠形魔法”さ。すぐ切れちゃうけどね」
にっこりと、満点スマイルの王子。
隣で走ってるだけなのに、なんだこの華やかさ。やっぱり……背景に花が舞ってる。絶対。
──そりゃ、嬌声も飛ぶよな。このルックスだもんな。
ほんと、なんなんだよこの王子様。
……うらやましすぎ、どこの乙女ゲーだよ。
とはいえ、来週は僕も、男を見せる……かも、しれない。
──たぶん。
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