第140話 第三章エピローグ ~そして祈りはめぐる。
炎が、ゴォッと音を立てて部屋を呑み込んでいく。
僕たちは、のじゃロリを先頭に階段を駆け上がった。
階段を登りきって小屋に戻ると、のじゃロリが足を止め、振り返る。
「うむ、念のため、もう一発、特大のファイヤーボールを叩き込んでおくかの!」
その言葉にツバサさんが頷くと、階下へと手を向けて詠唱する。
「ファイヤーボールッ!」
ドォン――!
空気が震え、熱気の波が襲ってきた。僕らはそれに背を向けて小屋を飛び出し、開けたスペースへと走り抜ける。
次の瞬間――
ズガァァァァァンッ!!!
爆発音が地面を揺らし、小屋全体が炎に包まれた。
火は隣の屋根にも燃え移り、黒煙が夜空へと立ち昇る。
「……やっちゃいました?」
ツバサさんがチラッと僕を見る。
「ふふ、大丈夫じゃよ。これで——すべて、断ち切れたのう」
のじゃロリが、炎に包まれた屋敷をじっと見つめながら呟いた。
僕たちは正面の駐車場まで避難し、屋敷の燃えゆく姿を見守った。
「まずかったですかね……?」
恐る恐る神戸氏の顔をうかがうと、彼は目を閉じ、しばし考え込んだ後、首を振った。
「……まぁ、多少は問題になりますが、結果的には、よかったんじゃないですかね」
そう言って、彼も炎に包まれる屋敷を見上げる。
そのとき、数台の車が敷地内に滑り込んできた。神戸氏の部下たちが飛び降り、矢吹さんが指示を飛ばしながら走り出す。
続いて見慣れた車が到着し、梢ラボの面々がどやどやと降りてきた。
「ちょっ、なにこれ!? え、屋敷燃えてない!?」
サブリナが目を丸くして叫び、後ろから梢社長とオフィーが現れる。
「えええっ!? 大樹卿まで一緒!? 屋敷燃えてる!? ……もしかして新手のキャンプファイヤー??」
社長がとぼけた調子で言うと、オフィーが苦笑しつつ肩に手を置き首を横に振った
その後ろからやってきたルリアーナさんが、怒ったように叫ぶ。
「セーシア! 余計なこと言ってないで、森の延焼防止に結界張るの手伝って!」
「なによー、いきなり怒鳴らないでよ!」
ぷくっと頬を膨らませた梢社長が、僕をじろりと睨む。
「……森川くん。後でじっっっくりお説教だからね」
「えっ、僕!?」
ルリアーナさんと一緒に駆け出していく梢社長を見送りながら、僕は盛大にため息をついた。
その炎は、結局朝まで燃え続けた。
▽▽▽
朝風呂につかりながら、秋の空をぼんやりと見上げていた。
「……なーんか、いろいろあったなぁ」
ついポツリと漏らしたら、横で淳史くんが笑った。
「ほんと、森川さんって引き強いっすよね」
頭の上に手ぬぐいを乗せたまま、ケラケラと笑う。
「結局、俺たち何しに来たんだか……。温泉だけは最高だけどな」
岩田さんが湯を手ですくって顔にかけ、ふぅ~~っと唸る。
「すんません……」
僕は、なぜか反射的に謝っていた。
「でも俺は、けっこう楽しかったっすよ? これが旅行の醍醐味ってやつでしょ。非日常!」
淳史くんがニカッと笑う。
「……お前の日常の方が心配だわ」
岩田さんが即ツッコミを入れる。
「しかし、あの大樹卿って人、やっぱバケモンだな」
岩田さんがぽつりとつぶやいた。
——やっぱり、普通の人でも感じるんだ……
「一升瓶、5本は空けてたからな」
——って、そっちかよ!
「酒だけじゃないっすよ。今朝のバイキングでも何往復もしてたし。いやー、うちにも来てほしいっすね〜」
絶対連れてかない! 支払いこっち来そうだから!
竹の目隠し越しに、女湯からは笑い声とにぎやかな会話が聞こえてくる。
「おぬし、見た目によらず、ボンキュッボンじゃのう!」
「ほんとだねー」
——えっ、誰が?
「いやー、それほどでも……」とサブリナの声。まさか……?
「いやいや、おぬしじゃないわ! おぬしは見たまんまだ!」
「失敬な!!」
……うん、聞き耳立てちゃってるな、僕。
ふと横を見ると、岩田さんも淳史くんも耳ダンボで顔真っ赤。
——もぅやーねー、二人ともいい年して、おぼこいんだから!
「おーい、森川たちもこっちに来て一緒に入ろうぞ!」
のじゃロリの無責任な声が飛んできた。
「何言ってんですか!」と女性陣の怒声。
「行ってみます?」
僕が冗談で言ったら、二人にジト目で睨まれた。
「一応聞いただけです」
僕はそっと肩をすぼめ、湯から空を見上げた。
冬の風が、ひゅうっと肩を撫でていく。
——このまま、今年が無事に終わればいいな。
僕の“願い”は、空に溶けていった。
▽▽▽
【 sideモモ 】
焼け焦げた幹の前で立ち止まった。
かつて“御神木”と呼ばれたそれは、今ではただの焼け跡として残っているだけ。
先日、この場所で、教教祖と呼ばれる者たちとともに、その最後の欠片は散り、煙となった。
けれど——そこに、確かに残っていた。
生きようとする力が。
まだ、終わっていないという証が。
ゆっくりとしゃがみこみ、焦げた地面ににそっと手を当てた。
その指先が触れた場所に、微かに震えるものがあった。
——ぴくり。
炭の隙間から、緑の芽が顔を出していた。
柔らかく、それでいて、凛とした命の色。
瞳から涙がこぼれ落ちた。
「……ほらね、やっぱり……生きてた」
新しい芽吹きが、静かに、光の方へと伸びていく。
「モモちゃーん、いるのー?」
「もう帰るぞー! みんな待ってるからなー!」
坂の下から、ツバサさんとサブリナさんの声が聞こえてくる。
「すぐ行きまーす」と返事をして、立ち上がる。
雲が流れ、空に風が舞い上がる。
私はもう一度、「さよなら」と呟き、くるりと振り返った。
そして、もう一度空を見上げ、そっと微笑んで——丘を後にした。
**第三章 完**
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