第139話 終わりと始まり
蘇った山城は、狂気にとりつかれたように笑い続けた。
その体からは、いくつもの触手が伸び縮みしながら、宙を彷徨っている。
あまりにも異様な光景に、僕は呆然と見ているしかなかった。
その一瞬の隙に、ツバサさんが僕の胸元からするりと抜け出す。
そして——
「ウィンドスラッシュ!」
叫ぶと同時に、彼女の腕がしなやかに振られ、鋭い斬撃が風を裂いて山城の体へと走る。
バクリ、と腹部が裂け、真っ赤な臓腑が露わになる。
——が、その傷もまた、瞬く間に塞がっていく。
「くっ……!」
ツバサさんが再び手を構え、追撃しようとした——その瞬間。
山城の腕が音もなく伸び、彼女めがけて襲いかかった!
「危ない!」
咄嗟に僕はツバサさんを抱きかかえ、横へと飛び退く。
直後、山城の腕が壁に突き刺さり、コンクリートが爆ぜて大穴が穿たれる。
——ヤベェ……こっちの腹に穴が開くとこだった。
「なんだ、梢ラボの連中もこんなものか」
山城が鼻で笑いながら、楽しげに僕らを見下ろす。
「よく見よ! これぞ神の力ぞ! これからはここに育つ御神木の加護を使い、死を超越する新しい世界を築くのだ。そして私がその世界を導く!」
高らかに宣言し、狂ったようにギャハギャハと笑う山城。
その異様な光景に、頭の芯がカッと熱くなる。
——こんな狂気、ここで終わらせなきゃダメだ。
僕は周囲を見回す。
矢吹さんは地面に倒れ込み、ピクリとも動かない。
神戸氏も壁際に崩れ落ち、口元から血を垂らしている。
ツバサさんは、肩を上下させながらも、なお山城を鋭く睨みつけていた。
そして——
扉の前には、あの“のじゃロリ大樹卿”が、静かに佇んでいた。
……佇んで?
「‥‥‥」
の、のじゃロリ……⁉
な、なんで!? いつの間にここに!?
混乱する僕をよそに、大樹卿はうんざりしたように顔をしかめた。
「夜中にギャハギャハ笑いおって……うるさいわ! 近所迷惑という言葉を知らんのか!? 貴様の穢れた気配のせいで、ゆっくり眠ることもできんわ!」
ふてくされたように一歩踏み出すと、背後から音もなくルリアーナさんが現れ、耳打ちする。
「大樹卿。あやつが……」
「分かっておる、みなまで言うな。邪気がダダ漏れじゃわい」
ピシャリと切り捨て、大樹卿は僕たちへ視線を向けた。
「おぬしらもちっと“学ぶ”ということをせぬかの。子供はとっくに寝る時間じゃぞ?」
にこり、と微笑む。
実に上品で、柔らかな笑顔。
——だが、その奥には、底知れぬ威圧感が確かに漂っていた。
「なんだこのガキ! 気色悪い顔しやがって!」
山城が目を細め、のじゃロリを睨みつける。
だが、彼女はピクリとも動じなかった。
「ガキとは失敬な。おぬしなんかより、ず〜〜っと年上のお姉さんじゃわい! ……ま、顔はプリチーじゃがな」
そう言って、のじゃロリは手を掲げ、静かに呟く。
「——フリーズ」
瞬間、山城の動きがピタリと止まった。
まるで彫像のように、完全に凍りついている。
「もう十分じゃろう。いい夢を見れたのだからな。不老不死など、身を滅ぼすだけじゃ。静かに眠るがよい」
手をひと振りすると、幾重もの斬撃が山城の体を切り裂き、赤い傷を刻んでいった。
だが——今回は、傷は塞がらない。
「もう戻らんぞえ。体の“時間”を止めてあるからな」
のじゃロリは微笑み、矢吹さんと神戸氏の方へ手を向ける。
淡い緑の光が二人をそっと包み込んだ。
「……ケホッ、くっ……」
二人は苦しげに咳き込みながらも、意識を取り戻す。
そして——
「あなた……あなたっ!」
泣き叫びながら、凍りついた山城の体を必死に揺さぶる夫人の姿があった。
その光景は、昨晩、モモに縋りついていた自分の姿と重なって見えた。
けれど、不思議ともう、同じ感情にはなれなかった。
夫人はそっとポケットから小瓶を取り出す。
「…あいつ、もう一本持っていたのか!」
神戸氏が苦しそうに呻いた。
瓶の中身を山城に振りかけた瞬間、黒い霧のような湯気が山城の体から立ち昇る。
そして、腹部には黒々とした渦が現れた。
「……こりゃ、ちとヤバいのう」
渦はダンジョンコアのように脈動し、皮膚の上を蠢いていた。
そのとき——
「ゴハッ」と呻き、山城が顔を上げる。
その瞳は、真紅に染まり、血のように妖しく光っていた。
「ギィィィィイイイイ——!」
腹の渦から、無数の触手が噴き出す。
それは、あの教祖の身体から現れたものと、同じだった。
「……結局は、そうなるのう」
のじゃロリが静かに呟く。
「どういうことだ……?」
「大樹の加護など、人の身には納まりきらんのじゃ。大樹が生まれれば、対となる邪気もまた生まれる。それが“大樹と共にあるダンジョンコア”じゃ。……だが、奴の体には、その両方が宿ってしまったのじゃ」
——体が……ダンジョンになっていくってことか。
そんな会話の最中にも、触手は幾重にも伸びてくる。
「防御結界!」
ルリアーナさんが手をかざし、青白い結界を展開。
触手はそれに弾かれ、ひゅるんと空を切った。
「どうすれば‥‥‥」
僕が言葉に詰まった瞬間、のじゃロリがにっと笑う。
「おぬし、あの陽気なニックネームの技、使えるかの?」
——陽気なニックネームって……
「グリーン☆フラッシュのこと?」
「そう!それそれ! 相変わらずこじらせとるのう。それを奴の腹に叩きこめ!」
くっ……馬鹿にされるのは癪だけど、やるしかない!
左手に熱を集める。
緑色の輝きが螺旋を描き、手の周りを回転しはじめた。
「結界、外すわよ」
ルリアーナさんが呟き、僕は頷く。
結界が消えた瞬間、触手が一斉に襲いかかってきた。
だが、ツバサさんがそれをウィンドカッターで切り払い、道を作ってくれる。
——山城さん。あんたの孫は、梢ラボでしっかり見守ってやるからな。
そう心の中で誓い、力を放った。
「逝けや!! グリーンフラッシュ!!」
閃光が走る。
緑の稲妻がねじれながら飛び、渦を巻く山城の腹に、真正面から突き刺さる!
「が……っぁぁあああああああ!!」
山城の体がビクンと跳ね、光の中心でのけぞる。
腹の黒い渦が赤く染まり、音もなく裂けていった。
「大樹の力だけじゃない……これは、おぬしの“想い”か……」
のじゃロリが、静かに呟いた。
「祈りの力。……これこそ限りある命にこそ宿る輝きじゃな」
山城の顔に苦悶の表情が浮かぶ。
その瞳に、一瞬だけ人間らしい迷いがよぎる。
「孫……? ああ……そうか、私は……」
その言葉を最後に、光は収束し、山城の体は——ゆっくりと崩れ落ちた。
黒い渦もまた、まるで最初から何もなかったかのように、消えていた。
そして——
「エアロストーム」
のじゃロリが呟くと、四方から鋭い風が巻き起こり、山城の体を細かく切り刻んでいく。
もはや、それは肉塊にすら見えなかった。
「ツバサよ。大樹の炎で、燃やしてやれ」
のじゃロリの言葉に、ツバサさんが頷く。
「ファイヤーボール!」
手のひらから放たれた火球が、山城の残骸に直撃する。
青い炎が燃え上がり、肉塊もろとも焼き尽くしていった。
炎は床に転がっていた苗木たちにも燃え広がり、あっという間に火の海となる。
矢吹さんが、山城夫人を肩に担い、炎の中から彼女を連れ出した。
彼女は泣きじゃくりながら、ただ呆然と燃え盛る部屋を見つめていた。
「さ、出ようぞ」
のじゃロリが背中を向け、ゆっくりと部屋を後にした。
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