第138話 再生
「生き返ったのか?」
神戸氏が眉をひそめてつぶやくと、山城はその声に反応し、首をグイと突き出してきた。
「貴様……確か、継案局にいた男だな。神戸とか言ったか!」
「おや、覚えていてくれたとは光栄ですね」
肩をすくめながらも、神戸氏は鋭く山城を見据える。
「あなた、『神木の種子』を飲みましたね? なるほど、種子は一つじゃなかったと……」
声がわずかに低くなる。
「でも、よくそんな不確かなものを口にしましたね。適合するかどうかもわからないのに。……そうか。お孫さんを使って検証していたんですね。いやぁ、なかなかの鬼畜ぶりだ」
その一言に、山城の笑いがピタリと止まった。
ギラリと鋭い視線を向け、低く唸るように言う。
「……何とでも言え。もはや私は、人間を超越した存在だ」
口元に歪んだ笑みを浮かべ、今度は矢吹さんに目を向けた。
「おい、そこの女。妻から手を放してくれないか?」
不気味な声に、矢吹さんは無言で後ずさる。
その瞬間——
山城の翳した手から、木の枝のようなものがニュルリと伸び、一直線に矢吹さんへと襲いかかった!
「っ……!」
すんでのところで身をひねり、枝をかわす矢吹さん。
その隙を突き、抑えられていた山城夫人がスルリと身をかわし、夫のもとへと駆け寄った。
——あれは、教祖のときと同じ……!?
枝のような腕は、すぐ元の形に戻る。山城はそれを愛おしげに撫で、ニタリと笑った。
「フン……霧影自若の不完全体より、ずっと立派じゃないか。所詮、あいつは出来損ないだったな」
空気が、じわじわと狂気に染まっていく。
「——あなたたち! モモちゃんを実験台にしたってこと!?」
ツバサさんが怒声を上げた。
声は震えていたが、それ以上に怒りが滲んでいる。
山城は訝しげに、声の主へと目を向ける。
「……貴様らはなんだ?」
言いかけたところで、隣の夫人が耳打ちする。
「この人たち、昨日モモと一緒にいた連中よ。道で会ったじゃない、梢の奴らよ」
「あーあー、あの貧相な男か」
思い出したように手を叩き、鼻でフンと笑う山城。
グリムと言い、コイツと言い、人を貧相呼ばわりしやがって……俺ってそんなに貧相なのか? ……いや、今はそこじゃない!
本当に、こいつらは最低だ!
怒りに拳を握りしめ、山城を睨みつけると、彼はまるで玩具をからかうような目でこちらを見返してきた。
「そうか、お前らが“梢ラボラトリー”か。孫が世話になったな、フフ……」
その笑いには、感謝の欠片もなかった。ただ、醜く歪んでいるだけだ。
「答えなさいよ! モモちゃんを実験台にしたの!?」
ツバサさんが叫ぶ。
山城は肩をすくめ、こともなげに答えた。
「実験台? わざとじゃない。ただ、たまたま血縁者が近くにいたから試しただけだ」
まるで料理の味見でもするような、軽い口調だった。
「残念だったのは、息子の方さ。拒絶反応で、持たなかった」
——こいつ、自分の息子にも試したのか!
場にいた全員が、言葉を失った。
だが山城は、愉快そうに続ける。
「さすがに息子で失敗したときは、諦めかけたがな……こっちももう、身体がガタガタだった。選択肢なんてなかったのさ」
そして、勝ち誇ったように笑った。
「ま、結果は僥倖。やればできるもんだ」
その言葉に、ツバサさんの目が見開かれる。
次の瞬間——
「この鬼畜野郎っ!!」
ツバサさんの口から、普段の彼女からは想像もできない叫びが飛び出した。
そのあまりに激しい怒気に、思わず僕は目を見開く。
彼女は顔を真っ赤に染め、全身を震わせながら、手を前へ突き出した。
その指先に、小さな火球が生まれかけている。
——ヤバい! ファイヤーボールを撃つ気だ!
慌てて彼女の腕を掴み、ぐいっと引き寄せた。
コート越しにじりじりと熱が伝わり、焦げた匂いが鼻をつく。
「ダメだよ……いくら鬼畜野郎でも、ツバサさんが殺しちゃダメだ」
低く諭すように囁く。
ツバサさんは唇を噛みしめ、僕の胸の中でもがいた。
その光景を見下ろしながら、山城はニヤリと笑う。
「ほう……そっちの嬢ちゃんは妖術使いか。なんだ、同類じゃないか」
「なんだと……!」
今にも飛びかかりそうな勢いのツバサさんを、必死で押さえる。
神戸氏がパンパンと手を叩き、間に割って入った。
「はいはい、そこまで。山城さん、一度事情をお伺いしたいので、当方の聴取を受けていただけませんか?」
穏やかな口調だったが、その声には一切の隙がなかった。
だが山城は、一瞬目を丸くしたあと、腹の底から大声で笑った。
「聴取と来たか! ゴミくずどもが神となった我が身を聴取すると? この下等生物どもが!」
そう言うと手を前に差し出す。
そこから、鋭く尖った触手が伸び、神戸氏へと襲いかかった。
神戸氏は身をひねって避けたが、完全には躱しきれず、肩を貫かれる。
「ツッ……!」
痛みに顔をしかめながら、肩を押さえる神戸氏。
「ほう、避けたか……だが次はない」
冷たく言い放つ山城。再び手をかざす。
「もう、まともに話すこともできませんか」
そう呟くと、神戸氏は諦めたように頭を振り、腰の鞘から刀を引き抜いた。
刃は、先の教祖との戦で折れたままだ。
「なんだそりゃ、折れちまってるじゃないか」
山城が嘲るように笑う。
だが、神戸氏は薄く笑みを浮かべた。
「折れてる? バケモノを斬るくらい、これで十分ですよ」
そして、スッと一歩踏み出し、折れた刃を横に薙ぐ。
当然、空を切る。
——だが直後!
山城の背後から、黒い警戒棒が突き出された!
矢吹さんだ!
見事な連携……になるはずだった。
しかし山城は、目にも止まらぬ速さで警戒棒を掴み取り、軽く腕を振っただけで、矢吹さんの体を宙へと放り投げた。
「っ……!」
抵抗する間もなく、矢吹さんは地面に叩きつけられ、無惨に崩れ落ちる。
その隙を逃さず、神戸氏が刀を逆手に持ち直し、渾身の一撃で山城の胸元へ突き刺した!
ズブリ。
刃は山城の胸へと沈んだ。
だが——
「……ハッ」
山城は嗤い、刀ごと神戸氏を軽く払いのけた。
神戸氏の体は壁まで吹き飛び、鈍い音を立てて崩れ落ちる。
「……ぐっ……!」
呻きながら崩れ落ちる神戸氏。
山城は、何事もなかったかのように自らの胸から刀を引き抜き、そして——
傷口は、みるみる塞がっていった。
「ハッハー! これだ、これこそ——不老不死を纏った神の体だ!」
狂気じみた笑い声が、がらんどうの空間に響き渡る。
僕の胸の中で、ツバサさんがぽつりと呟いた。
「……バケモノ……」
その一言に、山城が嬉々として反応する。
「バケモノ? 違う、違うぞ! これぞ神の体だ! お前たち凡愚には理解できまい!」
その顔に、人間らしさは、もう微塵も残っていなかった。
僕たちはただ、目の前の異形を、呆然と見つめるしかなかった——。
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