第133話 大樹の守護者たち
パァン!
乾いた銃声と同時に、左手に焼けつくような痛みが走った。
「ぐっ……!」
反射的に開いた僕の手から、“種”が宙へと舞う。
それを、血に濡れた手が掴んだ。
「——よしっ! 種は手に入れたぞ!」
声の主は、満身創痍ながらも立ち続けるグリムだった。
血まみれの掌に握られた“種”を見つめて、彼はニヤリと笑う。
「返せ!」
僕は立ち上がり、駆け寄ろうとした。
だが——
ダダダダッ!
銃口がこちらを向き、連射された銃弾が一直線に迫る。
しかしすべての弾丸は、目の前に現れた光の膜に弾かれた。
透明な壁が、ふわりと僕を包むように展開されていた。
「そんなもの、持って行っちゃダメだよ」
凛とした声——梢社長だった。
いつもの軽口も、飄々とした笑顔もない。
張り詰めた眼差しと静かな怒りがそこにあった。
彼女はゆっくりと僕の前に立ち、まるで盾のようにグリムとの間に立ちはだかる。
「それはね……願ったって手に入るもんじゃない。呪いの種なんだよ」
「うるせぇっ!」
グリムが吠えた。
「これを持ち帰らねーと、金にならねーんだよ!」
その瞬間——
ズゥン……
地鳴りのような音と共に、グリムの足元から巨大な触手が這い出してきた。
気づけば、四方八方から触手が“種”を求めるように蠢いている。
「ちっ……!」
銃を乱射し、触手を必死に払いのけるグリム。
だが、止まらない。触手は銃を弾き飛ばし、足に絡み、肩を押さえつけた。
銃弾なんて、もう意味を成していなかった。
「やめろ……! 俺のもんだ! 種は……!」
最後の叫びとともに、グリムの姿は黒く咲き狂う肉塊の中へと呑まれていった。
種を握った手も、腕も、胸も、脚も——すべてが黒い波に飲まれていく。
それでも、最後の最後まで、彼は“種”を離さなかった。
その執念とともに、“種”は神木の本体へと還っていった。
グリムの断末魔が掻き消えると同時に、大地が唸り声を上げた。
——ゴォォォン……!
神木の幹がきしみ、枝がうねる。
幹の奥から淡く脈動が生まれ、まるで“心臓”が息を吹き返したようだった。
「これは……!」
黒い神木——それは、人々の醜悪な“願い”が凝縮し、具現化した姿。
木から囁くような無数の声が聞こえる。
「お願い……」「叶えて…」「想いを……」
「……これは、本格的にヤバそうですね」
隣に立つ神戸さんが、折れた刀を手にぼそりと呟いた。
「ここまで来ると、我々では手に負えません。貴社にお任せしても?」
そう言って僕の顔を見やり、肩をすくめる。
「……大丈夫です。任せてください」
そう返すと、神戸さんは満足げに頷いた。
「撤収! あとは梢ラボラトリーに任せる!」
彼は部下に指示を出し、ヘリのロープを掴んで上空へと消えていく。
「みんなも下がって! 丘を降りて避難して!」
梢社長が、岩田さん、詩織さん、淳史くんに向かって声をかける。
振り返り、心配そうにこちらを見つめる彼らに、社長は微笑みかけた。
「大丈夫よ。任せて」
岩田さんはツバサさんの手を取って叫ぶ。
「ツバサ! さあ、一緒に避難するぞ!」
しかしツバサさんは首を横に振る。
「大丈夫、だよ、兄さん。私は」
そっと彼の手を振り払った。
岩田さんは驚いたように目を見開いたが、すぐに息を吐いて背を向けた。
「……そうか。気をつけろよ」
去っていく彼の背中は、少しだけ寂しげだった。
詩織さんと淳史くんも、「お気をつけて!」「下で待ってるからね!」と叫び、退避していく。
残ったのは、梢社長、サブリナ、ツバサさん——そして僕。
「サブリナも、モモを連れて……」
「残るよ。最後まで見届ける義務がある」
サブリナが静かに言い、腕の中のモモも小さく頷いた。
「大丈夫。彼女たちは、私が守るから」
梢社長が優しく微笑む。
「だから森川くん。存分にやってしまいなさい」
僕は頷き、前を向いた。
そこに——教祖がいた。
神木と一体化したかのような、異様な存在感。
「見よ……これが完全な再生だ」
その声は、直接脳に響いてくる。
神木の幹は黒く染まり、脈動と共に力を増していく。
「私は神となった。祈りも、欲望も、命さえも——この神木の下で、すべて叶う」
空を仰ぎ、手を掲げるその姿に、怒りと悲しみが胸を灼いた。
左手が、淡く光る。
隣には、ツバサさんとオフィー。
それぞれが前を見据え、構えていた。
——ドオォォン!
黒く濁った光が神木の幹から噴き上がり、一瞬で空が闇に包まれる。
「森川くん」
ツバサさんが、僕の左手にそっと触れる。
「あなたに、大樹の“加護”があらんことを」
「……うん」
胸の奥が、熱くなる。
僕は左手を見つめた。
大樹の枝で繋がれたこの手に、今もその鼓動が宿っている。
だから——僕は語りかけた。
「なあ……君の一部が、人の願いや欲望を叶えようとして、こんな形になっちゃったんだ。 止めてあげなくちゃな」
左手が脈打つように光を帯びる
「終わらせよう。一緒に」
闇の奥、黒く染まった空間を見据える。
「僕は奥まで突っ込んで、“種子”を砕く!」
左手に、命を繋いだ“加護”の力が集まっていく。
やれる——いや、やるしかない!
「“教祖”は任せろ。私の剣で斬る!」
オフィーが刀を抜き、構えた。
その瞳は、静かに燃えていた。
「行くぞっ!」
僕たちは、闇の中へ駆け込んだ。
意思を持ったかのように、枝が襲いかかってくる。
一本一本が、かつて“願い”によって生まれた命の残骸——
オフィーの剣が、それを断ち切る。
「ウィンドスラッシュッ!」
ツバサさんの風魔法が触手を吹き飛ばし、道を切り開く。
「森川くん、行って!」
裂け目を縫うようにして、僕は神木の根へと走る。
バクン、バクン——
鼓動が聞こえる。
神木の……いや、“願い”そのものの震えだ。
近い。この奥に、“中枢”がある。
「行かせはしませんよ」
目の前に、教祖が現れた。
いや、“彼だったもの”の成れの果て——枝、肉、根が絡まり合った異形。
だが、その目だけは……人間のままだった。
「君たちには分からない……“願い”や“祈り”の重さが」
その声は、どこか悲しげだった。
「人の想いは脆くて、美しい。だから、叶えてやらなきゃならない」
「違う」
僕は、まっすぐに言い返す。
「願いは、自分で叶えるものだ。誰かに与えられて叶えるもんじゃない!」
左手が、まばゆい光を放つ。
教祖が眩しさに目を瞑った隙に——
僕はその脇をすり抜け、黒く光る幹へと走る!
「やめろ……やめろォッ!!」
教祖が叫ぶ。
でも——もう遅い。
差し出した左手の光が、“心臓”に触れた。
ドクンッ!!
爆発するような脈動。
光と闇が——ぶつかり合った!
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