第132話 願いの種子
触手が四方にうねり、教徒や兵士たちを次々になぎ倒していく。
最後まで機関銃を撃ち続けていたグリムも、弾が尽きた瞬間に触手に絡め取られ、宙を舞い——そして、吹き飛ばされた。
「我が種子を宿す者よ。さあ……再生の時だ」
教祖のかすれた声が響き、黒い触手の束がモモへと迫る。
「渡すもんかよ!」
サブリナがモモを抱きかかえ、背中で庇うように覆いかぶさる。山城夫人、詩織さんたちも、次々と体を張ってモモを守るように飛び出した。
梢社長が前へ出て、即座に防御障壁を展開。迫る触手の動きを、ぎりぎりで食い止める。
神戸氏も刀を振り下ろして加勢するが——
乾いた音とともに、刀が真っ二つに折れた。
「……ッ!」
そのとき——轟音とともに、上空からヘリが現れる!
ヘリから機銃を構えるのは、矢吹さん!
「皆さん、下がってください!」
バリバリと掃射が始まる。触手に無数の穴が空き、肉片が飛び散る……が、それらはすぐに再生を始めた。
「……うそでしょ」
呆然とする矢吹さんへ、触手が伸びる!
「矢吹、下がれッ!」
オフィーが跳躍し、迫る触手を一刀両断!
美しき戦士たちの連携。まるで奇跡のような光景だ。
……けど、見とれてる場合じゃない!
止めなきゃ。今すぐに!
触手の狙いは、モモ一点に集中していた。
束となり、一斉に襲いかかってくる。
——そうか! モモの体内には、まだ“種”が残っている!
神木の再生の核。狙いは、それか!
「だったら、取り出す!」
僕がそう言うと、ツバサさんが振り返った。
「できるの?」
「わからない。でも、やるしかない!」
「やれ、森川! 背中は守ってやる!」
オフィーが親指を立ててニッと笑う。
ツバサさんも「信じてます」と頷いた。
「絶対に無理しちゃだめ! メ、だからね!」
梢社長が結界を張りながら、いつになく厳しい目で睨んでくる。
僕はモモへと駆け寄った。
サブリナが立ちはだかったが——目が合った瞬間、彼女はすっと道を開けてくれた。
モモの体に触れる。
額には汗が滲み、意識は朦朧としている……でも、確かに“何か”が中にある。
ズン、と心の奥に響く重い感触。
意識の深層に、“種”の気配を感じた。
そのとき——
「……どうすればいいの?」
目は閉じたままモモがつぶやいた。でも、声ははっきり届いた。
「ホントは、私が死ぬはずだったのに……。生きてるから、いけないんでしょ?」
「違うよ。モモのせいじゃない」
僕は優しく彼女の頭をなぜた。
これは“願い”を利用した誰かのせいだ。だからこそ、僕たちが終わらせなきゃいけない。
「モモ、お願いだ。君の中の“種”を——僕に渡して」
触手がモモに群がる。
オフィーが斬り払い、ツバサさんがウィンドスラッシュで斬り裂く!
——僕の左手。梢ラボの大樹から授かった“加護”。
この手なら、モモの中にある“御神木の種”を取り出せるはず——そう確信があった。
「待ってください!」
山城夫人が僕の手を掴み、縋るように叫んだ。
「その“種”を取り出したら……モモちゃんの命が……!」
そう——モモは、もともと長く生きられない体だった。
“種”は、延命装置のようなもの。それを抜けば——命も消えてしまうかもしれない。
だけど——
「大丈夫。僕の“加護”を、モモに分けます。それで、生きていけるように」
たとえ、自分の命が削れてもいい。
モモを救えるなら——それでいい。
——モモ、必ず助ける。
そのとき、モモがうっすらと目を開けた。
その瞳が、ふっと笑ったように見えた。
緑の光が、彼女の胸へと染み込んでいく。
そして——世界が震え、視界が暗転した。
▽▽▽
気がつくと、僕は何もない空間にいた。
空も、大地も、色彩すらもない。
ただ、静寂だけが満ちている。
……ここは、モモの心の中? いや、“種”の内側か。
「——あなたが、“神木の加護”?」
そう問いかけると、空間の中央に小さな光が現れた。
手のひらほどの淡い光。けれどその中には、強烈な「生きたい」という意志が込められていた。
——だって、モモが望んだから。
——願いをかなえるため、ここにいる。
——私は、願いから生まれた。
——もっと応えたい。願いに、希望に。
——それがここに存在する理由だから。
思考が、直接、心に流れ込んでくる。
「気持ちは……わかるよ」
僕は左手を差し伸べた。緑の加護が、ほのかに灯る。
「君がモモを生かしてくれたことには、感謝してる。でも——その願いに、ずっと縛られたままじゃ、彼女は自由になれない」
“種”が、かすかに震えた。軋むように、光が揺れる。
——それでも、私は……
「後は、僕らが繋ぐよ。だから——君を、ここで終わらせる」
“種”が叫ぶように、激しく輝いた。
でも——僕は、その光をそっと、左手で包み込んだ。
——ごめん。そして、ありがとう。
ぎゅっと手に力を込め、“それ”を握りしめる。
光は、ゆっくりと、そして静かに——消えていった。
そのとき、ふわりと風が吹いた気がした。
ほんの一瞬、花の香りが漂ったような、やさしい感覚。
それは、きっと——モモの“願い”だったものが、安らかに還っていった証。
僕の左手に、緑の大粒の種子が、ぽつりと残っていた。
ふっと、ため息がこぼれた——その瞬間だった。
パァン!
乾いた銃声とともに、左手に焼けるような衝撃が走った。